第2階層 我が試練の塔 2層 決闘者対竜皇帝

 鉄球が草原を揺らす。



 首長ゴブリンさんは極端に柄の短い曲刀を抜いた。ほら、曲刀だよ。泥水ちゃんと同じ曲刀使いだよ。不利な状況にも透き通った面差しで佇む一流の戦士だよ。



 鉄鎖が風を切る。



 駄目だ。楽に勝負を着ける気満々だ。もったいない。



「ああ、そうだな。もったいねえ」



 おお?心の声が通じたか?鉄球を叩きつけて地面を揺らすと例の拳鍔シミターをポーチより抜き放った。



 戦士の中の戦士という2つ名に恥じぬ立派な志だ!



「良い剣だ。せっかくの得物を血グソまみれにするところだった」



 立派な下心だった!あの腐った汚泥のような目。売る気だ。首ゴブさんの剣、戦士の魂を、悪魔に売る気だ。




 志は違いがあるが、眼差しは互いに獣そのもの。



 触れれば爆発するような、そんな張り詰めた空気が限界に達し、



「《罠・発動》」



 地に半ば埋まった鉄球が、触れずとも爆発して、首ゴブさんをハリネズミに致した。



 首ゴブさんの剣に傷を付けない位置取りは流石泥水ちゃんである。



 背中側をズタ袋にされた首ゴブさんは、そのまま流れるように首を飛ばされ、首級ゴブリンさんと成り果てた。



 ううん。セリフは弄れても戦い方まではなぁ。それこそ志に泥を塗ることになる。仕方ないよね。



 勝つことに貪欲と言えば誉め言葉にもなろうか。あ、そうだ、今日の晩御飯はカツ丼にしよう。





 ぼっちの頃にポーチの肥やしだった超巨大鍋で懲りていたので揚げ物鍋も丼物鍋も常識サイズ。次々延々作っていく。



 首長ゴブリン一族朗党がてんでバラバラに入ってるけと、これも親子丼の一種なのかな。



「お米どっから湧いてくるんすかこれ」



 いやぁ、意地でも超鍋を使ってやろうと思って度々炊いてたんだよね。その度食べきれないから収集ポーチの容量が超過しないか心配だったよ。《神乳》の乳脂とカツ丼の植物油脂のダブルパンチだ。さぁさぁどんどん食べたまえ相棒。



「おかしい。からだは万全なはず。それでは心胆からの震え?この、わたしが…ああ、こってり、油が、あぶら、あぶらかたぶら…」



 おおお、意に沿わない仕打ちにも異を挟まない、いつも涼しい泥パック顔の泥水ちゃんが、折れず曲がらず鈍らず曇らず、無銘の名刀と名高い泥水ちゃんが、参ったって言わねえ限り敗けじゃねえ、みたいな不良生徒臣民根性丸出しの泥水ちゃんが、恐ろしい。死してなお祟るか首ゴブ一族。





 変化はその晩、占領した天幕にて起こった。



 泥水ちゃんの、心が折れても食べ続けて青ざめていた肌は、そのまま変わり果て鮮やかな水色に。



 衣が揚がる音を聞かないようにと押さえた耳は、指の隙間から突き出て尖り。



 脂汗が滲むリサイクル精神溢れる背中からは蝙蝠の羽が。



 油分に富み光沢のある翼は、美しいはずだが、本人の不調のためかギトギトとした下品な物に感じてしまった。



 その肌色と耳は最弱の醜妖精、翼はその家畜由来の、似非サキュバス。下品なのも当然か。



 彼女の才能では、これだけ人間から遠退いても生徒臣民内では成績下位の不良だ。



 しかしその実、今ここで、他を大きく引き離して圧倒的優位に立った。



 初代竜帝は己の試練の塔、《竜帝国の塔》で竜の血を浴びて現在の尾長の礎となった。



 より大きな力を得るために塔内で生涯に渡って竜の血肉を食らい続け、いつしか自身も竜となったという話は、学園帝国の内外を問わず有名である。



 孤児の凡人と皇家の天上人では、低層の魔物と無双の竜種とでは、二日と一生では天と地ほどの差があるが、



 それでも人間をやめるという一点のみ、泥水ちゃんは竜帝に並んだのだ。我がスキルはたった二日で二者の差を埋めた。



 全てに置いて並ぶためにはどれだけのものを捨てていかねばならないかわからないが。



「あ、もう《丸耳の耳長》とは呼べないね。どうしよう」



「いえ、どうしようと言われましても」



 ふむ…くびなが…駄目か。


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