第11話 「忠義」の盗賊団

 ところで、盗賊団が大規模になると反乱軍になるわけですが、反乱軍が王朝を作ってしまうこともあります。

 反乱軍の樹立した王朝はやはり未熟で脆弱なことが多く、中国史上の統一王朝としては、成功例は漢・後漢とみんぐらいしかありません。

 その明を滅ぼしたのも民衆反乱軍で、李自成りじせいという指導者が指導していました。この勢力は「じゅん」(自称「大順」)という王朝を名のっていましたが、明を滅亡に追いやりながら、満洲まんしゅう人王朝のしんに敗れて滅亡しています。

 王朝でなければ、中国史上で、「反乱軍」から全国政権になった政権は……ありますけどね。

 あまり詳しくは言いませんが。


 でも、全国政権は取れないにしても、秦の陳勝ちんしょう呉広ごこうの乱で反乱軍が「張楚ちょうそ」という王朝を樹立した例から、19世紀の「太平天国」まで、反乱軍が王朝を樹立する、ということは中国史の「伝統」になっていたわけです。


 実際に、『水滸伝すいこでん』にも、大規模化して王朝化した盗賊団が登場します。

 宋江の軍団も、規模が大きくなると王朝軍のような組織を整備します。しかし、宋江は、領域支配をしないので「王朝化」はしません。

 宋江の軍団も、最終的には、幹部だけで百八人、それ以外に戦闘員や事務員を大量に抱える組織に成長しますので、領域支配しないとしたら、どこから財源を、少なくとも食糧を調達しているんだ、という問題が出て来たりするのですが。

 それは、悪役人が蓄財していた悪の財宝を、悪役人をやっつけて取り上げている、ということなんだろう、と思いますけど。

 なお、宋江集団の本拠地になったのは「梁山りょうざんぱく」という場所で、湖のなかの山地とされています。いろいろ潤色じゅんしょくされていますが、いちおう実在の場所です(現在は湖はありません)。「水滸伝」の「水滸」は「水のある場所(湖)のほとり」という意味で、梁山泊を指します。


 実在の宋江の盗賊団が王朝化を目指さなかったかどうかは、そこまで詳しい記録が残っていないので、わかりません。

 たぶん、現実に王朝化するほどまで勢力を拡げられないままつぶされてしまった、または宋王朝に降伏した、ということなのでしょうけど。


 『水滸伝』を読むと、宋江の集団(軍団)が、ずっと「正義の盗賊団」のままで、自分から王朝化しない、というところが、さまざまな物語を受け入れていけた重要なポイントなのではないかと感じます。

 「忠義水滸伝」というタイトルがあるくらいで、宋江は皇帝に対してはあくまで「忠義」のひとということになっています。「王朝の悪役人」とは戦うし、悪役人が派遣してきた王朝軍とも戦うけど、皇帝とは戦わない、むしろ皇帝のために悪役人をやっつける(「君側くんそくかん」を排除する)という論理をとっています。

 もっとも、過激な暴力愛好家の李逵りきをはじめ、宋江の「皇帝への忠義」に不満な幹部がいる、ということも描かれていますけど。むしろ、『水滸伝』での登場場面の多い人気メンバーは、宋江への忠誠心はあっても、「皇帝への忠義」についてはぜんぜん積極的でない印象があります。

 それと、人がよくて聡明な名君、でも致命的なところでその聡明さを発揮しない「名君」としての徽宗きそう皇帝、というあり方がセットになっているのでしょうけど。


 『水滸伝』では、王朝化しない軍団だから、それぞれのメンバーを自由に描ける、ということがあったのではないかと思います。

 もっとも、「反逆者なのに皇帝には忠義」という設定が、制約として働いている、というのもたしかですけどね。

 でも、「制約のない物語」なんて、たぶん、ないわけですし。


 なお、『水滸伝』の宋江のモデルには、盗賊団の宋江以外に、王朝の将軍で、同姓同名の別人の宋江も存在したのではないか、という説もあります。これについては、ネタバレになるので、詳しくは書きません。

 詳しく知りたい方は(『水滸伝』の後半がネタバレしますが)日本語版ウィキペディアの「水滸伝の成立史」をご覧ください。

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