第11話 新たな勤務先
「イトーには冒険者になって貰うわ」
街に着くなりファルがそんなことを口にした。
「これからどうするか」という前置きをすっ飛ばして仕事の話とは話のわかる上司だ。
けどよりにもよって冒険者か……。
上司の決断に異を唱える訳にはいかないが、少し不安なのは否めない。
ファンタジーな世界での憧れの1つでもある冒険者。
時には前人未到の地へと踏み込み凶悪な魔物を倒し未来への道を拓き。時には危険な地域にしか生えない薬草を採集し病に伏せる患者を救い。時には功績が認められ世間に二つ名が広まって有名になったり。一方で飼い猫が迷子になったからと捜索するほのぼの感を出してみたり……等など、とても夢や自由や可能性を感じられる職業。
しかしそれ故に社畜精神に侵されている俺には向いてないのではないか。
そう考えてブラック企業探しをしている時に冒険者ギルドを見かけても尋ねることなくスルーしたのだが……ま、俺は上司の決定に従うだけだ。あれこれ考えるのは――。
「冒険者じゃ不満かしら?」
……考えを切り替えるのが遅かったらしい。
表情に出ていたのか、ファルに感付かれてしまった。
ここはハゲ上司相手に鍛えられた対人スキルで乗り切ろう。
「いいえ不満なんてとんでもない。いい考えだと思います」
「部下の癖に上司に隠し事する気? それに言葉遣いも気持ち悪くなってるわよ」
まったく乗り切れなかった。
ファルの冷たい視線が突き刺さる。
「まぁ不満というか……冒険者なんかで忙しく働けるのかと疑問はある」
今更取り繕う方が失礼な気がして思い切って本音をぶち撒けてみる。
上司と部下という関係なのでつい敬語を使いたくなってしまうが、ファルが嫌がるので頑張ってタメ口にするのも忘れない。
「そうね……夜の満席状態の酒場みたいな瞬間的な忙しさを求めるのなら冒険者は間違った選択なのでしょうけど、イトーは継続的な忙しさを求めているんでしょう?」
「そうだな。休憩時間は短く、勤務時間は長いのが理想だな」
出来れば休日も少ない方がいい。
「ならやっぱり依頼次第で何処にでも行って、何でもやる冒険者が合ってるわね。目的地や依頼次第では仕事に何日も掛かる場合があるし、一人での行動なら周りを気にせず自分のペースで仕事ができるわよ」
「……なるほど」
そういう考え方もあったのか。
前世で仕事を終わらせても終わらせてもなぜか増え続けていた仕事。それを冒険者ならひたすら依頼を受けることで再現も可能ってことか……。
……冒険者……アリだな……。未知なる激務への冒険がありそうだ。
「それじゃまずはギルド管理局にいきましょうか」
「ギルド管理局?」
「ええ。イトーの国じゃどうだったかは知らないけどここでは――」
そう言ってファルは道すがら、この国の冒険者ギルドについて教えてくれた。
この国では冒険者として働きたい場合、冒険者ギルドに所属する必要があるらしい。そして冒険者ギルドは一つだけではなく、同業他社が多数存在する競争業界であるとのことだ。
どのギルドも他のギルドよりも業績を上げようと、優秀な冒険者を囲い込んだり育てたり引き抜いたり引き抜かれたり、請け負う依頼の種別を多くしたり逆に魔物狩りや素材収集などに特化するなどの特色を出して差別化を測ったりと、日々ギルド同士シノギを削っているとのことだ。
とはいえルールもなく競争を続けると依頼料などの値下げ合戦による共倒れや、相手のギルドの仕事を妨害するような輩も出てきてしまう。
そこで出番となるのがギルド管理局。
冒険者ギルドは民間経営だが管理局は国営。故に与えられた権限も多く、状況に応じて依頼料の値下げ限度額を調整したり、不正を働いたギルドにはペナルティを与えるなど冒険者ギルド業界において経済と治安維持には欠かせない存在で、他にもどのギルドに入ればいいか悩んでいる新人冒険者の相談に乗ったり、新人以外にも別地域から引っ越して今までの所属ギルドに通えなくなったり待遇や業務面に不満があったりなどで移籍を考えている人への相談も担当したりなどなど。
とにかく冒険者に関わるあらゆる業務を行っている機関が、ギルド管理局ということらしい。
◇
そんな訳で冒険者になる為、俺とファルはギルド管理局にやってきた。
ファルは何か用があるらしく早々に受付へと向かったので、その間暇になってしまった俺はギルドメンバー募集掲示板とやらを眺めながら良さそうなブラックギルドがないものかと探していた。
『来たれ魔物に恨みを持つ者よ―― ギルド<魔狩りの鎖>
魔物討伐に特化したギルドです。メンバー数22名。
戦闘経験豊富なBランク冒険者在籍。
新人冒険者歓迎。まずはゴブリン狩りから手厚くサポートします。
B級以上の魔物討伐経験者優遇。基本月給1.5万~4万』
『依頼者様の望みを第一に! ギルド<アリスティア>
素材採集から迷い猫の捜索まで。幅広い業務内容が魅力です。
戦闘が苦手な方も探索が苦手な方も大歓迎!ぴったりの仕事あります!
メンバー数12名。C~Dランク冒険者が中心のギルドです。
基本月給1万~3万(ランクにより変動、別途ボーナス有)』
へぇ……ほんとに色んなギルドがあるんだな。
けどどれも小会社ってレベルの規模でそんなに大きなギルドはなさそうな……って。
『ボールス地方ナンバー1ギルド ギルド<ロイヤルブラッド>
メンバー数171名。Aランク冒険者在籍。
ベテラン2名以上とパーティが組めるので早期のランクアップ可能。
多数の素材商人との専属契約により依頼がなくとも安定した収入を約束。
基本月給2万~7万(ランクにより変動。別途年2回ボーナス有)』
凄いな。ここだけ規模が他と全然違う。
前の世界で例えるなら一流企業ってところか。それだけ入るのも大変そうだが……まぁ色んな意味で俺には縁のないギルドだな。
しかし求人を見ていった感じでは、どこも普通っぽい条件でブラックそうなギルドはないように見える。日本みたいに求人票に書かれている条件と実態が全く違うってのなら納得できるのだが、そうだとしても情報がなさすぎて見分けるのは難しい。
一体ファルはどういうつもりでここに来たんだ……?
「待たせたわね」
求人票を前にうんうんと唸っていると後ろから声を掛けられた。
振り向くと、何やら書類の束を抱えたファルが立っていた。
「それじゃ早速ギルドに行きましょうか」
「行くって……ここのを見た限りじゃ良さそうなところはなかったぞ?」
「大丈夫。ここには載ってないギルドよ」
そう言ってごく自然な動作で書類の束を押し付けられたので、俺もごく自然な動作でつい受け取ってしまった。そしてその時、見るつもりはなかったのだが偶然にも一番上に載っている書類の内容が目に入ってきた。
「ギルド設立認定書……?」
責任者の欄にはファルの名前が書かれてある。
というか認定書ってことは既に設立が認定されているってことだから……。
「変人のイトーが満足する職場なんてどこ探したってないもの」
俺が把握した頃に、全てお見通しとばかりに声を掛けるタイミング。
他の職場を探すことなく一気に目的へと突き進む行動力。
そして、この世界では変わり者らしい社畜である俺への理解力。
「だったら――作るしかないでしょう?」
どこまでも頼もしい上司とこれからの展開に、期待を抱かずにはいられなかった。
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