三十七、決戦のヤマト⑨―ついにヤマトの宮殿へ到着!そこに待ち受けるものとは!!―

「…静かだね…」

「うむ」


 スサノオはスクナビコナの言葉にうなずきながら同意する。


 スサノオたち四名は後鬼の軍を破ってからすぐに集落へと向かった。

 その中にスクナビコナを加えた理由は三つほどあった。

 一つ目は鬼たちとの一連の戦いで思いのほかイワレビコ軍の死傷者が少なかったため、治療の役目はオオクニヌシだけでなんとかなりそうだったこと。

 二つ目はオオクニヌシの手伝いが必要ないなら集落の案内役としてスクナビコナがいたほうがいいのではないかということを、前鬼軍を破ったあとのスサノオが考えたこと。

 三つ目がその話をスサノオがスクナビコナに振るとスクナビコナが猛烈に自分もスサノオたちといっしょに行きたい、と主張したことだ。

 こうしてスクナビコナもスサノオたちといっしょについて行くことになったのだ。

 またミカヅチ、タヂカラオ、サルタヒコは再び鬼たちの“残党狩り”のために集落の周辺へと散っていった。

 もしあたりに鬼たちの姿を見かけなくなったら、先に集落の中に向かったスサノオたちと合流する手はずになっていた。



 途中スサノオたちはひょっとしたらニギハヤヒ軍と出くわすかもしれない、と警戒していたのだがそれは全くの杞憂に終わった。

 結局一行は敵の抵抗らしい抵抗に会うこともなく実にあっさりとヤマトの集落へと入ることができた。


「なあ、お前が前にここに来たときもこんな感じだったのか?」


 ミナカタがスサノオの腰帯と服の間に挟まっているスクナビコナに尋ねる。


「いや、前に来たときはもっと大勢人がいたんだけど…」


 スクナビコナは首をひねりながらミナカタの質問に答える。


 集落の中には人はほとんど見当たらない。

 たまにいたとしても老人や女などである。

 また彼らはスサノオたちの姿に気づくと、かなりおびえた様子であわてて自分の家へと入っていってしまう。

 どうやら“敵兵”であるスサノオたちに何かされるのではないかと警戒しているらしい。


「…それにしても…」


 ミナカタは首をかしげながらつぶやく。


「…もうヒルコも鬼も逃げ出しちゃったのかなあ…」


 ミナカタが周囲を見回しながら言う。


 集落に入ってから人の気配こそ少しはあったが、鬼に関しては姿も形も一切見かけない。

 まるで鬼たちだけがこつ然と消えてしまったかのようである。


「…まあ、いずれにせよ宮殿に行けば何かがわかるのではないかな」


 スサノオは冷静な口調でそう言いながら、スクナビコナのほうを見下ろす。


「うん、僕に任せて!」


 一行はスクナビコナの案内で宮殿を目指すのだった。



「ふざけおって、どいつもこいつもッ!」


 ヒルコは激しく憤りながら吐き捨てる。

 今は集落の宮殿へと戻る途中である。


 終わってみればこの戦いの結果はヒルコが考えうる限り最悪のものだった。

 ヒルコはこの戦いでほとんど全てのものを失ったのだ。

 事前の戦力差では圧倒的に優位に立っていたのにも関わらず、だ。

 最初に前鬼がなんの考えもなしにイワレビコたちのほうに突っ込んだのがケチのつき始めだった。

 あれで軍勢の大半が失われた。

 さらに悪いことにいざというときに集落に待機させていた後鬼の軍までもが前鬼たちと同様にイワレビコ軍に突撃してしまった。

 ヒルコは後鬼の軍勢が集落から猛烈な勢いで出てくるのを見た瞬間、後鬼たちがイワレビコたちのほうへと向かっていると直感した。

 そのためなんとかそれを押し止めようと声の限りに叫んだのだが、すでに完全に頭に血が上っていた後鬼には無駄なことであった。

 そして後鬼の軍までもがほぼ全滅してしまったのである。


「これではもう勝負することすらできんではないかッ!」


 もはやニギハヤヒ、つまりヒルコの敗北は確定している。

 全く想定していなかった状況にもはやヒルコの頭も混乱していた。


「…とにかく宮殿に戻って…、ニギハヤヒのヤツに会って…、話はそれからだッ!」


 何しろ後鬼の軍がいなくなってしまった今、ヤマトの集落がどういう状況になっているのかすらわからない。

 ヒルコは全力でヤマトへの帰還を急ぐのだった。



「あっ、見えてきたー!」


 そう叫びながら、スクナビコナは前方に見えてきた集落で一際大きな建物を指差す。

 スクナビコナによればそこは集落のほぼ中央部らしい。


「フム、あれか」


 スサノオは表情を変えることなくつぶやく。


「まあ、とりあえず行ってみようぜ」


 ミナカタの言葉に他の者たちは無言でうなずきつつ、馬を走らせるのだった。



「…これが宮殿か、意外にしょぼいというか…」


 馬から降りて宮殿の入り口近くに立ったミナカタが拍子抜けした様子で率直な感想を漏らす。


「うん、僕もこれよりでかい建物を知ってるよ。出雲大社とか高天原の宮殿とか…」


 スクナビコナもミナカタの意見に同意する。

 目の前の“宮殿”と称する建築物は正確には“少し大きめの高床式住居”とでも表したほうがよさそうな代物である。


「…確かにすごく立派な建物とは言い難いがな…」


 ミナカタのすぐ横に立っているスサノオが口を開く。


「…それでもここが“全てが決まる場所”になるかもしれぬ。この一連の戦いの最後の場所になるやもしれんのだ。そのことは忘れるなよ」


 スサノオの言葉はその口調こそ柔らかいものだったが、響きには威厳が満ちている。

 その言葉を聞いて先ほどまで少し緩み気味だったミナカタの表情が一気に引き締まる。

 そうだ、ここにはおそらくニギハヤヒがいる。

 そしてこの男との再会がきっと自分にとっても“決着”を意味するのだ。

 スサノオの言葉を聞いてミナカタはそのことを再確認する。


「…うーん、でも…」


 スクナビコナが首をかしげながら言う。


「なんだよ」

「やけに静かだよね。それに入り口に誰もいないし…」


 ミナカタの言葉にスクナビコナが答える。

 それは当然の疑問である。

 この宮殿は本来この集落の首領がいるべき場所のはずだ。

 その周辺が静まり返っており、なおかつ入り口に見張りすら立っていない。

 これはかなり異様な状況である。


「…一応中に呼びかけてみようかな?」


 ミナカタが確認を求めるようにスサノオの方を見ながら尋ねる。


「フム、いいだろう、そうしてみろ」


 スサノオは表情を変えずに腕組みをしながら答える。

 そんなスサノオにミナカタは無言でうなずく。


「おーい!誰かいないのかあー!」


 ミナカタはそう叫びながら入り口の扉を二度ほどドン、ドンと叩く。

 そしてしばらくの間皆でなんらかの反応がないのか、と待ってみる。


「…うーん、やっぱり誰もいないのかなあ…」


 スクナビコナが首をひねりながらつぶやく。


「…まあいずれにせよ―」


 スサノオは相変わらず表情を変えることなく扉を凝視しながら口を開く。


「中に何があるのかは全く予想がつかんな。案外ニギハヤヒ以外にヒルコがいる可能性も…」

 スサノオはそう言いながら少しだけ顔をしかめる。


「大丈夫だよー」


 やや緊張している様子のスサノオの顔をスクナビコナが見上げながら言う。


「スサノオ様って昔ヤマタノオロチっていうとんでもないバケモノを退治したこともあるんでしょ!だったらヒルコなんかに負けるわけがないよー!」


 スクナビコナはスサノオを勇気づけるように笑顔で言う。


「ハハッ、そうだよな!あと一応俺もいるし」


 ミナカタがスクナビコナに続く。


「私も忘れないでちょうだい!」


 さらにウズメも笑顔で言う。


「フン、まあいい。貴様らも頑張るんだぞ」


 スサノオはニヤリと笑いながら言う。

 そのスサノオの言葉に他の者たちが、うん、わかった、ええ、とそれぞれ応じる。


「よしッ、行くぞッ!」


 スサノオが宮殿の入り口の扉に手をかけて、ゆっくりと扉を開けて“暗闇”の中へと一歩踏み出す。

 ミナカタがそのあとに続くのだった。



「…暗いな…」


 スサノオは扉を開けて数歩中へと踏み出したあと、あたりをじっくりと見回しながらつぶやく。

 部屋の中はなかなか広いようで薄暗いこともあり、室内の様子を完全に確認することができない。


「…どれどれ…」


 続いて部屋の中に入ったミナカタが周囲を見回していると―


「誰だッ!」


 ―部屋の奥のほうから何者かが叫ぶ声がする。

 それは明らかにこちらを警戒し、とがめているような声色である。


(やはり何者かが潜んでいたのかッ!)

「クッ!」


 スサノオもミナカタも瞬時に部屋の奥をにらみつけながら身構える。


「…何しにここに来たッ!」

「ん?」


 ミナカタはこの部屋の奥から聞こえる声を聞いたとき、わずかに引っかかるものを感じる。


(…この声、ひょっとして…)


 ミナカタは自分の頭の中に思い浮かんだ人物の名を呼んでみる。


「…ひょっとして、ニギハヤヒなのか?」


 ミナカタは恐る恐る部屋の奥の“暗闇”に向かって尋ねる。


「まさかッ!」


 部屋の奥からそう叫ぶ声が聞こえた刹那、一つの影が部屋の奥から猛烈な速さで飛び出してくる。


「ミナカタかッ!」

「ワッ!」


 突然部屋の奥から現れた見覚えのある“人影”にミナカタは驚く。


「ニギハヤヒッ!」

「ああ、よかったぜッ!」


 ニギハヤヒはミナカタの存在に気づくと、その両肩を握って強く揺さぶりながら叫ぶ。


「…お、おいッ…!」

「助かった!これで俺は助かったんだあッ!」


 戸惑うミナカタにかまわず、ニギハヤヒは相変わらずミナカタの肩を両手で激しく揺さぶる。

 ミナカタの顔を見つめる両目からは涙が流れている。


「…ちょ、ちょっと待ってくれッ!」


 ミナカタはニギハヤヒの両手を強引に自分の肩から引き離しながら叫ぶ。


「俺にもわかるように説明してくれ。お前が俺の前から消えてからこれまでのことを、全部」


 ミナカタはニギハヤヒの目をじっと見ながら諭すように言う。


「…わかった。話すぞ、全ての真実を」


 ニギハヤヒもミナカタの目を見返しながら、改めて今までのことを話し始めるのだった。

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