三十八、決戦のヤマト⑩―ニギハヤヒの告白!さらに“謎の侵入者”が!!―

「…ふう…」


 ミナカタはニギハヤヒの全ての“告白”を聞き終えると、思わずため息をついた。

 ニギハヤヒによればそれが“真実”ということになるらしい。

 ニギハヤヒは順番に語っていった。

 ヒルコと共によって高天原から下り、ヤマトまでやって来たこと。

 ヤマトに着いてしばらくしてからヒルコと鬼たちによって宮殿に幽閉された上に、ヤマトでの実権を奪われたこと。

 ヒルコはヤマトについてからすぐに自分に気づかれないように裏でトミビコと結託して、自分から権力を奪い取るつもりだったらしいこと。

 その後ずっと、つい先ほどまで幽閉されていたが、隙を見つけてトミビコを殺すことに成功したこと。

 ヒルコもできれば殺したいと思っているのだが、それはいまだに果たせていないということ。


「…だからさあッ!俺はヒルコとトミビコに騙されただけなんだッ!やつらは俺をおだてて利用して結局捨てたんだッ!つまり俺は被害者なんだよッ!お前は友達なんだから俺のことを信じてくれるだろッ!俺を助けられるのは、頼れるのはお前だけなんだッ!」


 ニギハヤヒは再びミナカタの両肩を両手で強く握る。

 さらに両目から涙を流しながら、ミナカタの顔に自分の顔を近づけ、すがりつかんばかりの調子で訴える。

 対するミナカタは戸惑いを隠せない。

 そしてうつむいて、ニギハヤヒの顔を直視できない。


 ミナカタとしてはニギハヤヒを信じたい気持ちは当然ある。

 最後は喧嘩別れのような形で袂を分かったとはいえ、高天原では親しく交わった仲でもある。

 だがトミビコを惨殺するという血生臭い話には正直暗澹あんたんたる気持ちになった。

 それにミナカタはニギハヤヒの話にある種の“違和感”を感じていた。

 確かにニギハヤヒの話は、一応理屈は通っているとは思う。

 しかしうまく表現はできないが、どうしても心の中に残るもやもやした感じをミナカタは拭い去ることができない。


「…お、俺は…」

「…俺はなんだッ!」


 ミナカタは一度話し始めようとしたが、すぐに止めてしまう。

 そのミナカタをニギハヤヒは厳しく問い詰めるように叫ぶ。


「…うっ…」


 ニギハヤヒに対して何も言えなくなってしまったミナカタは助けを求めるようにスサノオのほうを見る。

 スサノオは部屋の入り口付近の板壁に背をもたれかけ、両腕を組んだままじっとミナカタたちのほうを見ている。


(…フム…)


 スサノオはミナカタに、わかった、とでも言うようにうなずく。

 そして板壁から背を離すと、ミナカタたちのほうに向かって数歩前に出る。


「…どれ、このスサノオが思うところを話すとするかな」


 スサノオはゆっくりと口を開く。

 その声は広い部屋の中にもよく通るうえに、低く威厳に満ちたものである。


「…貴様の話を一言で言うとするなら―」


 スサノオは鋭い視線をニギハヤヒに投げかけながら言う。


「“良くできたもっともらしい話”といったところか」

「何いッ!」


 ニギハヤヒは怪訝そうな表情でスサノオの顔を見ながら叫ぶ。


「…け、結局お前は俺の話を信じるのか、信じないのか、どっちだッ!」


 ニギハヤヒはさらにスサノオに対して叫び続ける。

 その調子はスサノオへの不信感に満ちている。


「フッ、ニギハヤヒよ。確かに貴様はミナカタの友達ではあるらしいが…」


 スサノオはニギハヤヒのほうを指差しながら言う。


「…このスサノオの友達ではない」


 スサノオは厳しい調子を崩すことなく続ける。


「よって貴様に対する“気遣い”は一切ないと思えッ!」


 スサノオはニギハヤヒに対してきっぱりと言う。

 その断固たる姿勢にひるんだのか、ニギハヤヒはその場に立ち尽くしたまま黙ってしまう。


「…さて貴様の話を信じるのかどうか、改めてこのスサノオの見解を述べるとしようか―」


 スサノオは再び冷静な様子に戻って話を続ける。


「結論から言うと貴様の話は全てが間違っているとは言わんが、疑わしい部分が多々あるな。ゆえに“良くできたもっともらしい話”だ」

「クッ、コイツやっぱり俺のことを信じてないなッ!」


 ニギハヤヒはスサノオの言葉に激高して叫ぶ。


「フン、まあ最後までは話を聞かんか」


 対するスサノオはあくまで落ち着いた態度を崩すことなく続ける。


「まあ、先ほども言ったように貴様の話には疑問点も多い。ただ正しいことも証明できないが間違っていることも証明できない。それに―」


 そう言うと、スサノオは部屋の中でうつ伏せに倒れたままの物言わぬ死体を見る。

 その身体には無数の傷が生々しく残り、傷跡からはおびただしい量の血がいまだに流れたままになっている。


「―本来己の知る真実を語る資格のある者の命も失われた。よって“疑わしきは罰せず”とするよりほかない」


 スサノオは変わらぬ冷静さで“結論”を述べる。


「…じゃ、じゃあ!」


 スサノオの言葉を聞いたニギハヤヒは口元を緩めながら叫ぶ。


「もとより貴様の処置はこのスサノオが決めるものではない。あくまでイワレビコ殿が最終的には決定するべきものだが…」


 スサノオはニギハヤヒのほうを見ながら諭すように言う。

 そのときである。


「ミナカターッ!」


 そう叫びながら突然一人の男が宮殿の入り口から部屋の中に駆け込んでくる。


「エッ!」


 男の姿形を見てミナカタは驚く。

 その外見はニギハヤヒと完全に瓜二つなのである。


「騙されるなッ!そいつは偽者だッ!」


 男はニギハヤヒのほうを指差しながら再びミナカタに対して叫ぶ。


「ふざけるなッ!偽者はお前だッ!」


 ニギハヤヒは即座に男に対して言い返す。


「エッ、エッ、ニギハヤヒが二人…?」


 ミナカタは困惑しながら男とニギハヤヒを交互に見る。


「ミナカタッ!コイツは人殺しだぞッ!」


 男はなおもミナカタに対して訴える。


「ウッ!」


 一方ニギハヤヒは男に何も言い返すことができない。


「俺が人殺しをするようなヤツじゃないってことはお前が一番よくわかってるだろッ!」


 さらに男はたたみかける。

 相変わらずミナカタは二人を交互に見ながら戸惑っている。


「ミナカタ、アイツはヒルコが化けてるんだッ!お願いだ、信じてくれッ!」


 ニギハヤヒは必死にミナカタに訴えかける。


「ハッ、人殺しが何をぬかしてやがるッ!お前の方こそヒルコが化けてるんだろうがッ!」


 男の方はニギハヤヒを追いつめるように罵る。


「…ど、どっちの方が正しい?」


 ミナカタはなおも双方の様子を見比べつつも、どちらが本物のニギハヤヒかを決めかねている。

 確かにあとから現れた男が言うように、最初宮殿にいたニギハヤヒはトミビコを殺している。

 だがそれはあとから現れた男が“本物のニギハヤヒ”であるという決定的な理由になるのか?

 もちろんミナカタとしてはニギハヤヒが殺人を犯してないとしたら喜ばしいことには違いない。

 だがそれを根拠に男を“本物のニギハヤヒ”と決めてしまうのは何かが違う気がする。


 そのとき、ミナカタたちの様子をジッと眺めていたスサノオの服を何者かが強く引っ張る。


(…ん…?)


 その感触に気づいたスサノオが思わず下を見る。

 するとスクナビコナがスサノオの胸元を指差している。


「…ふむ、そうだな…」


 スクナビコナの意図を理解したスサノオはうなずきながらつぶやく。


「どれ、このスサノオが“真のニギハヤヒ”を見極めるとしようかなッ!」


 スサノオは部屋中に響き渡るような大きな声で叫ぶ。


「貴様ごときが何をぬかしやがるッ!」

「助かったあ、俺が本物のニギハヤヒだってことを証明してくれッ!」


 “二人のニギハヤヒ”が口々にスサノオの方に向かって叫ぶ。


「…とりあえずそちらのニギハヤヒに一つやって欲しいことがある」


 スサノオはあとから宮殿に入ってきた男を指差しながら言う。


「ミナカタのすぐそばまで近づいてみてくれないか?」


 スサノオは冷静な調子で男の方を向きながら言う。

 するとそれまで勢いよく叫んでいた男は石像のように固まってしまう。

 その様子を見てミナカタはハッとする。


 そう言えば初めから部屋にいたニギハヤヒは何度も自分のそばに近寄ってきた。

 それに対してあとから来た男は一度も自分のそばに近づくことはなかった。

 自分のほうにさかんに色々と訴えることがあったが、それはあくまで距離を置いてのことだ。

 ということは?


「…どうした、ミナカタに近づくことになんの不都合があるのか?」


 スサノオは男を追いつめるようにさらにたたみかける。

 対する男は無言で口惜しげにスサノオをにらみつけながら歯ぎしりしている。


「…ひょっとして貴様が恐れているのは“これ”ではないのか?」


 そう言うや否や、スサノオは首にかけていた勾玉を外す。

 そしてそれを右手に持ちゆっくりと男の方に近づいていこうとする。

 ここに至り、ミナカタの完全にスサノオの意図を理解する。

 ということはやはりこの男が?


「…クックックックッ…」


 突然男はくぐもった声で笑い始める。


「何がおかしいッ!」


 スサノオは歩みを止めて叫ぶ。


「…ハーッハッハッハッ!」


 男はスサノオの言葉を無視するかのように大声で高笑いする。


「よくぞ見破ったあッ!」


 男はそう叫ぶと“正体”を現す。

 頭に大きな笠をかぶり、首から下は黒い布一枚、そして深くかぶった笠の間からわずかにのぞく黒くただれたような皮膚。

 そんないでたちの者など“あれ”以外あり得ないだろう。


「フン、この程度のことなどこのスサノオにとっては造作もないこと。貴様の手口があまりにも浅はかなだけだ」


 スサノオは一切顔色を変えることなくヒルコに対して言うのだった。

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