三十三、決戦のヤマト⑤―イワレビコ軍の勝利!だがまだやるべきことが!!―
「あらかた退治したのではありますまいか?」
「はい、私もそう思います」
スサノオの言葉にイワレビコはうなずきながら同意する。
イワレビコの周囲にはスサノオ以下ミナカタ、タヂカラオ、サルタヒコ、ミカヅチ、ウズメ、スクナビコナらが勢揃いしている。
前鬼が逃げ去ったあと、イワレビコたちは“相手をすること”を前鬼に命じられていた鬼たちと戦った。
しかし前鬼が不在の上にヤタガラスによってすでに“弱体化”させられていた鬼たちに、もはやイワレビコたちに対抗するだけの力は残されていなかった。
その上前鬼がいない影響か、ニギハヤヒ軍の人間の兵士たちは皆戦場から離脱してしまった。
つまりニギハヤヒ軍は完全な無秩序状態に陥ってしまったのである。
こうなってしまってはいかに数が多くても単なる烏合の衆である。
イワレビコ軍の前にニギハヤヒ軍の鬼たちは実にあっけなく討ち取られていった。
こうして今イワレビコたちの目に見える範囲からは、ニギハヤヒ軍の兵士と思われる者の姿は、鬼も人間もすっかり見えなくなってしまっていた。
「それにしてもミカヅチ殿、あなたのおかげで助かりました!」
イワレビコはミカヅチに笑顔で礼を言う。
「それにあなたの刀にも救われた!」
そう言いながらイワレビコは右手のフツノミタマを握って前に出して示す。
「このミカヅチとしては当然のことをしたまで。あなた方にはこたびの戦に勝ってもらわねば我らとしても困る」
ミカヅチはかすかに微笑を浮かべながら答える。
「実はあなた方が高天原で話し合われている様子を夢で見たのですが…」
イワレビコはわずかに首をひねりながらミカヅチに尋ねる。
「確かあなたはもともとこの戦いには参加しない予定だったのでは?」
「確かに当初はそのつもりでした。ところが―」
ミカヅチはイワレビコの疑問に答える。
「―こたびの戦はおそらくあなたがヤマトに入れるかどうか、そしてニギハヤヒに勝てるかどうかの極めて重要な戦い。ゆえに我らはこのミカヅチを高天原の守りに使うよりもこちらで戦うほうが良いと判断したのです」
「そうでしたか」
イワレビコはミカヅチの返答に納得して笑顔を見せる。
「それにしても残念でしたな…」
スサノオが両者の会話に割って入る。
イワレビコの対して向ける顔の表情はやや深刻そうである。
「なんのことです?」
イワレビコはスサノオのほうを身ながら尋ねる。
「例のでかい赤鬼のことです。確かあやつはイツセ殿の…」
スサノオの言葉にイワレビコの表情が曇る。
前鬼は最初の戦いで兄イツセを惨殺した。
それは決して忘れることができない記憶である。
その憎き仇を取り逃がしたことをスサノオは指摘したのである。
イワレビコはそのことを思い出して唇をかむ。
「あの鬼はあなたと因縁があったのか?」
ミカヅチが驚きの表情を浮かべながらイワレビコに尋ねる。
「はい、我が兄を殺した鬼です」
イワレビコは苦々しげな顔をしながら答える。
「フム…、あやつを挑発するためだったとはいえ、このミカヅチが鹿王から降りてしまったのは失敗だったかもしれません」
ミカヅチはばつの悪そうな表情をしながら言う。
もし自分が鹿王に乗ったままの状態なら前鬼が逃げ出したときに素早く追いかけて倒すことができたかもしれない。
そんな考えがミカヅチの頭の中をよぎったのである。
「…確かにあの鬼に逃げられたこと、無念の気持ちがないと言えば嘘になります…」
イワレビコは気持ちを落ち着けるためか、少しの間だけ間を置いたあとにゆっくりと話し始める。
「…しかし我々が何より優先すべきはヤマトに入ることだと思っています。兄の仇討ちはあくまで私の個人的な問題です。亡き兄もわかってくれると信じております。もちろんこのあと敵があくまで抵抗を続けるというのならそれ相応の対応をしなければなりませんが…」
イワレビコはスサノオの目をまっすぐに見すえて答える。
「…あなたという方は…」
スサノオは話を続けようとするが言葉に詰まってしまう。
その表情からはイワレビコの言葉に深く感じ入っている様が見て取れる。
「…私情よりもあくまで当初の志を優先なされるとは。今まであなたを支えてきて良かった」
スサノオは感慨深げにイワレビコの顔を見ながら深くうなずく。
そのときである。
「おーいッ!」
遠くの方から聞き覚えのある声がする。
イワレビコたちが声のした方向を見ると、おなじみの“あの男”が息せき切って走ってくるのが見える。
「やっと追いついたあッ!」
オオクニヌシはイワレビコたちのすぐそばまでやってくると同時に叫ぶ。
そして両手を膝について、ハアハアッ、としばらく激しく呼吸する。
「…ハアッ、ハアッ、…いやあイワレビコ殿も人が悪い。なぜ私の乗る馬を用意してくださらないのか。…おかげでここまで必死に走ってきたのですぞ…」
ある程度呼吸が整うと、オオクニヌシは馬上のイワレビコを見上げながら恨めしげな調子で言う。
「いやあ、すまんのう。貴様のためにも馬を用意してやりたかったのだが、何しろ馬の数が少なくてのう。まあ貴様の役割はけが人の治療だろうから馬は必要ないと思ったのだ」
スサノオがイワレビコの代わりに答える。
「…そんな殺生な…」
オオクニヌシはそうつぶやきながらがっくりとうなだれる。
その様子を見てあたりに和やかな笑いが起こる。
「…時にナムチよ…」
笑い声が収まったあと、スサノオが真剣な表情でオオクニヌシに尋ねる。
「…けが人の方は?」
「ええ、それは…」
「バッチリ、終わったよー!」
ウズメの腰帯と服の間に挟まっているスクナビコナが両手を上げながら答える。
「…そういうことです。けが人そのものがあまり多くなかったので、正直少々暇だったほどです。そのためけが人の治療が比較的早く終わってしまったので、こうして追いかけてきたというわけです」
オオクニヌシがスクナビコナの言葉を補足するように続ける。
「そうか」
「おかげでけが人を治療していた時間よりも走っていた時間の方が長いくらいですよ」
オオクニヌシたちの言葉に納得しているスサノオに、オオクニヌシが両手を広げながら言う。
「…ん?…何かがおかしいな。…というより何ゆえスクナビコナの声が?」
オオクニヌシは怪訝そうな表情をしながら首をひねる。
「ハハハッ、やっと気づいたね!」
スクナビコナはそう言うと、オオクニヌシの方を指差しながら大笑いする。
「オイッ、なぜお前がこんなところに!お前が突然消えたおかげでこっちがどれほど心配したことか!」
スクナビコナの姿を見つけたオオクニヌシが激高して叫ぶ。
「いやいや、ごめんごめん。どうしても戦いに参加したくてウズメさんに頼んでいっしょにここまで…」
スクナビコナはウズメの顔を見上げながら言う。
ウズメは申し訳なさそうな顔をしながらオオクニヌシに対してペコリと頭を下げる。
「…フン、こちらの気も知らずにいい身分だな!…まあ、とりあえず無事だったのはいいことだが…」
オオクニヌシは顔をしかめながら言う。
そして言い終わったあと、すねたような表情をしながらプイッと横を向いてしまう。
その様子に再び周囲から笑い声が起きる。
「…ようし、とりあえず現状はだいたいわかった」
笑い声が収まった頃合いを見計らってスサノオがまとめる。
そしてすぐに腕組みをしながら神妙な表情になる。
「我々はこれからどうするべきでしょうか?」
深く考え込んでいる様子のスサノオにイワレビコが尋ねる。
「…ひとまず確実に言えることは…」
スサノオはイワレビコの方を見ながら口を開く。
「…もはや大勢は決した、ということです。無論我らの勝利で、です」
「確かにあたりには敵の姿は一切見当たりません。それが何よりの証拠と見てよいのでしょうか?」
イワレビコの言葉にスサノオは無言でうなずく。
「ただまだやるべきことはあります。この戦いはただ勝てばいいという
「はい」
スサノオの言葉に今度はイワレビコがそう言って首を縦に振る。
「ではこれから各々のやるべきことを説明します」
スサノオがそう言うと、その場にいる全員がスサノオの方を注目するのだった。
現在ミナカタはヤマトの集落に向けて平野に馬を走らせている。
そのそばにはやはり馬上のスサノオ、ウズメ、スクナビコナがいる。
しばらく前にまだ皆が集合しているときに、スサノオがそれぞれの者が果たすべき役割を説明した。
まずイワレビコにはこのまま後方に残っていてほしいと伝え、イワレビコもそれを了承した。
すでにこの戦いにおけるイワレビコたちの勝利は確定している。
にもかかわらずイワレビコが自らの命を危険にさらしてもしものことがあれば、なんのために他の者たちがここまで頑張ってきたのかがわからなくなってしまう。
この戦いの真の勝利のためにはイワレビコの生存が絶対条件なのだ。
それをむざむざ無に帰すようなことは決してできないのだ。
そのイワレビコの補佐にはオオクニヌシをつけた。
もはや大勢が決している今、スサノオがイワレビコのそばに張りついている意味はほぼなくなっていた。
この状況ならオオクニヌシでも自分の代わりは十分に務まるとスサノオは判断したのだ。
それにオオクニヌシがイワレビコのそばにいればケガの治療もすぐ近くで行えて、何かと都合がいいということもあった。
ミカヅチ、タヂカラオ、サルタヒコには残党狩りを任せた。
ニギハヤヒもヒルコもまだ健在だったし、さらには鬼たちの中にもそれなりには生き残っている者がいると思われたからだ。
もっとも前鬼をあっさりと退かせたミカヅチに対抗できるだけの実力がある者がニギハヤヒ軍の中にいるとは到底思えなかった。
それはスサノオがすでにイワレビコたちの勝利が確定していると考えた根拠の一つでもあった。
そうは言ってもヒルコ以下鬼たちと決着をつけることは必要不可欠なことだったし、そうしないと将来に
いずれにせよ残党狩りは誰かがやらねばならない“仕事”であった。
最後にミナカタ、スサノオ、ウズメ、スクナビコナ―彼らにもやらねばならないことがあった。
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