十九、ヤマトへ⑧―宮殿内の暗い部屋に潜入!そこには“アイツ”が待つ?―
「…クックックッ、喜べニギハヤヒよ……」
スクナビコナが部屋の中に入ると、何者かが話している声がする。
「…このヒルコのおかげで貴様は今やヤマトの英雄になったぞ…!」
スクナビコナはゆっくりと話し声が聞こえる方へと歩みを進める。
見つからないようにあくまで慎重にである。
「…もちろん高天原には宣戦布告したがな…」
しばらく進むと、会話はちょうど部屋の中央あたりから聞こえてきていることがわかる。
「…そして初戦は我が軍が勝利したぞ…!」
さらに進むとようやくおぼろげながら二つの人影が見えてくる。
「…やつらに壊滅的な打撃を与えてやったのだ…!」
二つの人影のうち一つはスクナビコナに背を向けてあぐらをかいている。
もう一つはスクナビコナの方に身体を向けているが、うつむきながらあぐらをかいている。
スクナビコナは部屋全体を見回してみる。
この二つの人影以外には人の気配は感じられない。
この部屋の中にいるのは二つの人影と自分のみとみていいだろう。
「…おそらくやつらは当分立ち直ることはできんだろう…」
スクナビコナが最初に声を聴いたときから話す調子や声色が全く変わらないため、この人影がずっと一方的に喋り続けているようである。
「…まさかこの状況でこちらに攻め込んでこようなどとは思うまいが…」
それにしてもうつむいている人影は全く動く気配がない。
これだけ動かないと生きているのか心配になるほどだ。
「…念のため“あやつら”を準備するために動いていたところだ…」
うつむいている人影は本物のニギハヤヒなのだろうか?
できればもっと近づいて表情や顔色を確認したい。
ただそうすると自分が見つかってしまう危険性が出てくる。
「…その準備に思いのほか時間がかかり、ここに来ることができなかったが…」
スクナビコナは何とかもっと近づけないものかと二つの影の様子をうかがいながら考えている。
「…ふむ…」
それまで
その長い沈黙にスクナビコナはなんともいえない嫌な予感がして背筋が寒くなる。
「…前進!」
突然ヒルコが大声で叫ぶように言う。
(…!?)
突然の叫び声にスクナビコナは混乱する。
前進?
突然前進ってどういうことだ。
さっぱり意味がわからないぞ?
それとも前進という言葉自体にはたいした意味などなくて、ただ単にこちらを
でもそうなると自分の存在があちらにばれていることになるぞ!
スクナビコナはその場に固まったまま冷や汗をかく。
「…“前進”だぞ!」
再びヒルコが大声で叫ぶ。
(…ヒッ!)
あまりの大声にスクナビコナは思わず悲鳴を上げそうになる。
「…グッ!」
スクナビコナはとっさに両手で口を塞ぎ、何とか声を漏らすことだけは避ける。
(…これは!)
間違いない。
ヒルコは明らかに自分に対して“前進”という言葉を投げかけている。
もしヒルコが至近距離にいる人影に話しかけているなら、こんな叫ぶような大声を上げるのは明らかに不自然だ。
そのことに気づいたスクナビコナの緊張は頂点に達する。
(…どどどど、…どうしよう!)
スクナビコナは自分が何をするべきかを必死に考える。
しかし気ばかりが焦り、いい考えなど何一つ浮かばない。
「…ククク…」
ヒルコがスクナビコナに背を向けたまま意味深に笑っている。
もはやスクナビコナは不吉な予感しかしない。
「…ネズミが!よくもここまで忍びこめたものだ!」
そう言うやいなや、スクナビコナに背を向けていた人影が顔をスクナビコナの方に向けてくる。
そしてその顔に付いている二つのギラギラと光る白い目がスクナビコナを
「…えっ…」
その二つの目と視線があった途端、スクナビコナは金縛りにあったように一歩も動けなくなる。
「…クックックッ…」
スクナビコナは魅入られたように二つの目から視線を外すことができない。
「我々には“前進”と問えば“勝利”と答える共通の合言葉がある」
ヒルコはそう言いながらニヤリと笑う。
「こんな単純な合言葉も答えられない貴様は我らの敵とみなされてもしょうがあるまい!」
「…グググググッ…」
スクナビコナは必死に喋ろうとするが言葉を発することができず、むなしく口をパクパクさせるだけに終わる。
「…おおっ、そういえばこのままでは喋ることもできないか…」
そう言うと、首―顔はニギハヤヒのものである―はニイーッと笑顔を作る。
「…ならば緊張をといてやらんとな」
「…あれっ…」
首のその言葉と共に不思議とスクナビコナの緊張がいくらか和らぐ。
「…クックックッ、これで喋れるようになったはずだ」
「…確かに…」
スクナビコナはしっかりと言葉を発せるようになったことを確認する。
(…ならば!)
体も動かせるかも?
そう思ったスクナビコナは一気にその場から逃げ出そうと試みる。
だが―
「…グワッ!」
必死に体に力を入れても体は一向に反応しない。
それは鉄のように固まっており、まるで自分のものではないかのようである。
「…ハハッ、無駄なことよ。首から上以外は動かすことはできんよ」
「…首から上…」
そう言われたスクナビコナは首を動かして辺りをよく確認してみる。
幸いなことに暗闇に目が慣れてきたようで、周りの様子も多少はよく見えるようになっている。
そこでスクナビコナは人影の方をしっかりと観察してみる。
「…ゲッ!」
その恐ろしい様子にスクナビコナは思わず
なんと人影はスクナビコナに背を向けたまま首を百八十度回しているのである!
「…ハッハッハッハ!ようやく気づいたか!」
スクナビコナの態度がよほどおかしかったのか、ヒルコは大声を上げて笑う。
「…ククク、さて喋れるようになったところでこちらの質問に答えてもらうぞ!」
ヒルコは気を取り直してスクナビコナへの“尋問”を始める。
「…いつからのぞいていた…?」
首は答えをせかすように、すぐにスクナビコナに聞く。
「…ついさっきから…」
スクナビコナは言葉をしぼり出すように答える。
何とか喋れるようになったとはいえ、緊張感が全くなくなったわけではない。
「…本当か?」
首はスクナビコナの方を不審げに見ながら言う。
「…本当だよ…」
スクナビコナは答える。
実際本当のことであるため、そうとしか答えようがない。
「…フン、まあいい…」
意外にあっさり“首”は引き下がる。
「…ならば貴様をここに遣わしたのは誰か?」
「……」
首の質問にスクナビコナは答えない。
「…まさか貴様が勝手にこんなことをしているわけではあるまい?スサノオあたりが命令を下しているはずだ」
「……」
スクナビコナはやはり沈黙する。
スクナビコナはこの質問には答えない方がいいと感じる。
これに答えてしまうと根掘り葉掘り色々なことを聞かれてしまいそうな気がする。
「…ほう、この状況で何も言わずにいられるとはな。なかなかやるではないか…」
首はそう言うと、ニヤリと口元を
一応ほめられたスクナビコナだが決していい気分になることはない。
むしろこの笑いの裏で何を考えているのか、と想像すると薄気味が悪くなる。
「…まあ、貴様をここに遣わしたことから考えると、少なくともいずれお前たちがヤマトを攻めることを考えているのは間違いあるまい…?」
首は喋るのをいったん止めたあと、スクナビコナの方をじっと見つめる。
その目が心の中まで見透かそうとしているようで、スクナビコナは本当に居心地が悪い。
「…あと貴様がこうして影でコソコソしているくらいだから、そちらとしてはこちらを攻めることは秘密にしておきたかったんだろうなあ…」
首はスクナビコナに詰問するように喋り続ける。
もっとも話を聞いているスクナビコナとしては“詰問”どころか“拷問”を受けているに等しい気分だったが。
「…もっともこうなった以上、貴様らがヤマトを攻めたところで返り討ちにあうだけだがな…」
「いい加減にしろッ!」
ついにスクナビコナは首の言葉に反発する。
「お前らなんかがスサノオ様やみんなに勝てるわけがないんだッ!お前たちを倒して僕たちは必ずヤマトに入るッ!」
「ハーッハッハッハッハッ!」
スクナビコナの言葉が終わると同時に、首は高笑いを始める。
スクナビコナは一瞬あっ気にとられる。
「やはり貴様らはヤマトを攻めるつもりだったか!」
首にそこまで言われたときにスクナビコナははじめて自分が失言したことに気づく。
「クックックッ、これはこちらとしても十分に警戒しないとなあ」
そう言いながら、首は愉快そうに口元を歪める。
その様子を見ながらスクナビコナはぼう然とする。
よりにもよってこんなヤツの挑発に乗って、自分たちがヤマトを攻めようとしていることを話してしまった。
最悪の形でこちらの超重要機密を
「いやいや、大事なことを教えてくれてありがとう」
首は相変わらずうれしそうに顔面
それに対してスクナビコナは何も答えない。
いや答えられない。
「…ひとまず貴様は用済みかな?」
そう言いながら、再び首はニヤリと笑う。
「…これで貴様は終わりだッ!」
次の瞬間、首がいきなりスクナビコナの方に近づいている。
その顔はニギハヤヒのものによく似ている。
(やられるッ!)
自らの“最期”を覚悟したスクナビコナは思わず目を閉じる。
「……?」
ところがいつまでたっても“その瞬間”は訪れない。
「…全く悪運の強いヤツよ…」
「…えッ!」
忌々しげにつぶやく“首”の声を聞いたスクナビコナは驚いて目を開ける。
「…どうやら“それ”が貴様の身を守っているらしいな」
首が憎々しげにスクナビコナのほうを睨みつけながら言う。
(…ん…?)
それとほぼ同時にスクナビコナは自分の背後から光が放たれていることに気づく。
「…そういうことかッ!」
スクナビコナは首の反応と光の存在で先ほど何が起こったのかを悟る。
スサノオたちは皆勾玉に紐をつけて首から提げているが、体の小さなスクナビコナにそれはできない。
ゆえにスクナビコナは白い布に勾玉を包んで、それを背中に背負い、胸の辺りで布の両端を結んでいる。
どうやらその勾玉の力でスクナビコナは助かったということらしい。
「…こ、これなら…」
ひょっとしたらここから逃げられるかもしれない。
そんなことをスクナビコナが考えた刹那―
「…止むを得ん、予定変更と行くか…」
突然首がそうつぶやく。
(…予定変更?)
スクナビコナは首の言葉の意味が分からず、首をかしげる。
(…いや、そんなことを気にしている場合じゃないッ!)
だがスクナビコナはすぐにそう思い直す。
とにかく一刻も早くここから逃げ出さなければならない。
そう思ったスクナビコナは急いで部屋から出ようとする。
そのときである。
「この目を見よッ!」
突然首がスクナビコナに向かって大声で叫ぶ。
「…えっ?」
いきなりの首の行動に完全に意表を突かれたスクナビコナは反射的にその指示に従ってしまう。
「あっ…?」
スクナビコナが首の目を見ると、突然強烈なめまいに襲われ、視界がグニャッ、となる。
「…なんだ、これ?」
そうつぶやきながら、スクナビコナはバッタリと前のめりに倒れてしまう。
「…クックックッ、貴様にはもうしばらく役に立ってもらうとしようかな…」
遠のく意識の中で首の声が聞こえる。
それを最後にスクナビコナの目の前は暗闇に包まれるのだった。
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