十五、ヤマトへ④―ミナカタとスサノオ、二人だけの話。―

「…スサノオ様、…今日はありがとう…」


 ミナカタはスサノオに話を切り出す。


 今はすでに夜。

 ほとんどの者たちはもうすでに寝静まっている時間帯である。


 今は上陸した場所のすぐ近くにあった村にスサノオたちはいる。


 あれから上陸地点の周辺を調べてみると、すぐ近くに村があることがわかった。

 その時点でもうすでに日がかなり傾いていたために、今日はもうこれ以上進軍しないことにした。

 オモイカネも夜の航海は避けるために、翌朝までイワレビコたちと行動を共にすることにした。

 そこで一行が村に一晩の宿を求めると、村人たちはこころよく応じてくれた。


 イワレビコたちが泊まることになったのは村で一番大きな建物であるいくつかの倉庫だった。

 そこに何人かに分かれて泊まることになった。

 大人数で止まると少し手ぜまだったが、それでも今までの野宿よりはずっとマシだといえた。


 その倉庫で皆が寝静まった頃合ころあいを見計らって、ミナカタは眠っていたスサノオを起こした。

 そして話があると言って、外に連れ出したのである。


 外には月が出ている。

 満月のためにこの時間帯でも意外に明るい。


「…ふう、話というのはそんなことか…」


 スサノオはそう言いながらあくびをする。


「ごめん、もう完全に寝てたのかな…?」


 スサノオの口調やしぐさから急に起こされたことが不満だったとみてとったミナカタは謝る。


「…フン、まあいい…」

「スサノオ様には本当に感謝してるよ。あの時かばってくれなかったら俺は今ごろどうなっていたことか…」


 ミナカタは改めてスサノオに礼を言う。


「…まあ、このスサノオもある意味ではお前には感謝しているがな」

「えっ、俺に…?」


 肩をすくめながら話すスサノオにミナカタは驚く。


「何しろお前のおかげでオモイカネのヤツに“反撃”できたのでな」


 スサノオはミナカタの方を見ながらニヤッと笑う。


「アイツは戦いの現場にはいないくせにやたらと厳しくあれこれ言ってくるのでな。話を聞いている間中イライラしっぱなしだったのだ」


 そう言いながら、スサノオはある倉庫の方にチラッと視線を向ける。

 その倉庫は中でオモイカネが眠っている倉庫である。

 スサノオたちが寝ている倉庫とはかなり離れた場所にある。


「もっとも今日のオモイカネの件に関してはウズメ殿の“活躍”が一番大きかったと思うがな」

「うん、確かに」


 ミナカタは夕方のウズメの姿を思い浮かべてみる。

 まさかウズメが自分のためにこれほど果敢にオモイカネに立ち向かってくれるとは思いもよらないことであった。

 そのことは今思い返しても感謝しかない。


「あれはこのスサノオから見ても全く見事としか言いようがなかった」


 スサノオはそう言いながら深くうなずく。


「まさかオモイカネのヤツをあれほどたじろがせるとはな。なかなかできることではないぞ。ウズメ殿はこのスサノオが考えている以上にこの戦いで“やってくれる”かもしれん」


 スサノオは満足げな様子で、なおもウズメに対する賞賛の言葉を続ける。


「…オオッ、そう言えば…」


 何事かを思い出した様子のスサノオが突然つぶやく。


「…お前には一度話しておきたいことがあったのだ」


 今度はスサノオが話を切り出してくる。


「…えっ、何…?」


 ミナカタは再び驚く。

 スサノオが自分に対して話すべきこと、など全く想像できない。


「お前は今でもニギハヤヒを助けたいと思っているのか?」


 そう言いながらスサノオは再びミナカタの方を見る。


「…俺は…」


 ミナカタは言葉を選ぶように慎重に口を開く。

 そんな様子をうかがうようにスサノオはミナカタの方をじっと見続ける。


「…助けたいと思ってるよ…」


 ミナカタはさらに話を続ける。


「…確かにアイツは今じゃ反逆者扱いだけどさ…。…本当にそんなに悪いヤツじゃないんだ。アイツはだまされてるんだよ!そうじゃなきゃこんなことやるヤツじゃない!」


 最初はボソボソと話していたミナカタの声は次第に大きくなっていく。


「…フム…」


 スサノオは何事かを考えているのか、少しの間空を見上げて月の方を見る。

 あわく輝く月の明かりは優しくスサノオたちを包み込んでいる。


「…このスサノオもニギハヤヒを助ける方法を何も考えていないわけでもないぞ」

「えっ、でもどうやって…」


 スサノオと共にぼんやりと月を見ていたミナカタは驚いて、思わずスサノオの方を見る。


「…フン、残念ながら今ヤマトにいるはずのニギハヤヒがどういう状態になっているのかわからないからな。生きているのか死んでいるのかを含めて…」

「…う……」


 スサノオの言葉にミナカタは絶句する。


 確かにそうだ。

 今のところそもそもニギハヤヒが生きているのかどうかさえ自分たちにはわからない。

 何かのはずみで地上にいるニギハヤヒが最悪の目にあっている可能性さえ否定できないのだ。


「…まさかアイツはもう…」


 目の前が真っ暗になったミナカタは思わず頭を抱えてしまう。


「…フン、あくまで可能性の話をしただけだ。勝手に殺すこともないだろう」


 ミナカタの様子を見たスサノオがあきれ気味に言う。


「ニギハヤヒのことも含めて今サルタヒコやスクナビコナにヤマトのことを調べさせている。お前も知っておろう」

「…う、うん…」


 スサノオの言葉を聞いてミナカタはいくらか冷静さを取り戻す。


「今はあやつらがニギハヤヒの生存を確認して戻ってくることを信じるのだよ」


 スサノオはミナカタをたしなめるように言う。


「…わかったよ」

「うむ、だったらそろそろ寝るぞ。明日も朝は早いのでな」


 このスサノオの言葉を最後にスサノオとミナカタは連れ立って元いた倉庫へと帰っていったのだった。

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