十六、ヤマトへ⑤―謎の男!その名は“イタケル”!!―

「…スサノオ殿、我々はこれからどこへ…」


 イワレビコはうっそうと大きな木々が立ち並ぶ森の中を歩きながらスサノオに尋ねる。


「…会っておきたい者がおりましてな。その者のところへ向かっております」


 先頭を歩くスサノオは慎重に足もとを確認しながら歩みを進める。

 それに続くイワレビコたちもゆっくりとそのあとをついて行く。


 森の中は地面に木の根や草やこけが土を完全に隠してしまうほど生い茂っている。

 足場がかなり悪く、まさに道なき道の行軍である。


 今朝は夜が明けると同時に起きるとそのまま早々にオモイカネとは別れて村を出た。

 そしてすぐに森の中へと入って行ったのである。

 その際、森の中の道をある程度知っているというスサノオが先頭を歩き、案内役を務めることになった。


「…それにしてもスサノオ殿はすごいな。こんな森の中を迷うことなく進めるとは…」


 イワレビコは心底感心しきったような様子で言う。


「フフ、このスサノオ、基本的に地上で一度も行ったことがない場所はござらん」


 スサノオはイワレビコの方にチラッと視線を向けるとニヤリと笑う。


「ほ、本当ですか!」

「ええ、本当ですとも」


 スサノオはそう言ったあと、ハッハッハッと笑う。

 イワレビコに驚かれたことがよほどうれしかったらしい。


「…まあ、目指すべき場所が比較的近いというのもあるが…」

「それにしてもあなたが言う“会っておきたい者”とはどのような方なのでしょうか?」


 イワレビコが真顔に戻ってスサノオに聞く。


「…フム、あいつは変わり者でしてな…」


 そう言いながら、スサノオはわずかに顔をしかめる。


「…ひょっとして“あいつ”とはイタケルのことですか?」


 スサノオたちの話にオオクニヌシが割って入る。


「…フン、お前も“やつ”のことを知っておったか」

「ええ、昔旅の途中で一度だけ会ったことがありますが…。確かにあれは変わり者でしたな…」


 オオクニヌシはスサノオの言葉に同意する。


「…そのイタケル殿とはいったい…?」


 イワレビコは興味深そうにスサノオたちに聞く。


「…実はイタケルはこのスサノオの息子なのです…」

「エッ、そうなのですか?」


 スサノオの言葉にイワレビコは驚く。


 そのときである。


「…アーッ!」


 ミナカタが突然悲鳴を上げる。


「…で、…出た…!」


 ミナカタは腰を抜かしながら、あるものの方を指差す。

 その場にいる者は全員ミナカタが指差したものを見る。



「…な、…なんだお前…?」


 ミナカタは震えながら指差したもの―それはよく見ると人影である―に尋ねる。


「…きゅ、…急にそんなところから顔だけ出しやがって…」

「…ンー、…僕はね…」


 その人影―それはなんと木の枝に足をかけてひざから下をぶら下げている―は答える。


「…貴様っ、いきなり現れおって!」


 スサノオはその人影にどなる。


「…なんだよ、“貴様”って…」


 人影は不満そうにそう言ったあと、足を枝から外して、空中で回転しながらフワリと地

 面に降り立つ。

 それはまるで高い位置から猫が足音も立てずに地面に着地するような見事なものである。


「…僕には“イタケル”という名がある」


 そう言うと、イタケルは近くにある大木の根元に腰を下ろす。


「…フン、貴様は普通に出てくることさえできないのか?」

「…その“普通」”って何?」


 イタケルはだるそうにしながらスサノオの言葉に答える。


「貴様は“普通”の意味さえわからないのか?」


 スサノオは少なからず怒りを含んだ口調でイタケルに言う。


「父上、あなたはこの状況における“普通”の意味を全く説明していない。だから当然“普通の出てき方”だってわかろうはずもない」


 イタケルは両手を広げてお手上げだ、と言わんばかりに言う。

 背は木にもたれかかったままで、その両足も地面に投げ出されている。


「普通の者はそんな風に木にぶら下がったりしないッ!普通は木から飛び降りたりもしないッ!普通はそんなふざけた座り方をしないッ!」


 スサノオは普通を連呼しながらまくし立てる。


「…ふう。父上、僕はあなたのそういうところがキライだったんだ。いつも自分の価値観を押しつけようとするよね。だから僕はあなたの元を逃げ出してここに住むことにしたんだ…」


 イタケルは相変わらず気だるそうに薄笑いを浮かべながら話す。


「…グググ、貴様というヤツは…」


 スサノオは歯ぎしりして悔しがるが、次の言葉が見つからない。


「…あ、あの…、一ついいですかね…」


 ミナカタがイタケルの前に進み出ながら言う。


「…ああ、質問?どうぞ」


 イタケルは視線だけをミナカタの方にわずかに向けながら答える。


「…あなたって今何歳ですか…?」


 ミナカタはまじまじとイタケルの方を見ながら言う。


 イタケルは白い着物を着ているが、頭は全て白髪でおおわれ、前髪も目を完全に隠すほど長く伸びている。

 しかしその割には肌のつやが妙に良く、老人にはとても見えないのである。


「…知りたい?」


 イタケルもミナカタの方に顔を向けながら答える。

 その顔には相変わらず笑顔が浮かんでいる。


「…ええ、まあ…」

「…フフ、そうか…」


 笑顔の意味がわからず困惑こんわくするミナカタを気にすることもなく、イタケルは話を続ける。


「…ならば答えよう」


 イタケルは若干じゃっかんもったいぶったようにいったん話を切る。

 そのため周囲は妙に緊張した空気になる。


「…ヒミツ」


 イタケルの言葉を聞いたその場にいた者たちはミナカタを含めて全員ポカーンとした表情をする。


「…ヒ、…ヒミツ…?」


 ミナカタはそう言いながら全身の力を抜いてしまう。

 そして危うく前のめりに倒れそうになり、慌てて両足に力を入れて体勢を立て直す。


「…ハハッ、まあそれなりに長生きしてるってことだけは言えるね」


 そんなミナカタたちの様子を見ながら、イタケルは再び愉快そうにクスクスと笑う。


「…フン、このスサノオだけはだいたいどれくらい生きているか知っているぞ。何しろお前の父親だからな」


 スサノオだけは仏頂面のまま、しらけた調子で言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る