八、地上へ⑤―鬼たちの出現!この者たちは何者か?―
ニギハヤヒはヒルコの後ろについて宮殿から出る。
宮殿の出入り口の大きな木の扉を開けた直後、下を向いていたニギハヤヒは何か大きな影があることに気づく。
その影の正体を確かめようとニギハヤヒが顔を上げた瞬間―
「…ヒイイッ!」
“正体”を確認したニギハヤヒは思わず悲鳴を上げて、数歩後ずさる。
それは身長がニギハヤヒの三、四倍はあろうかという
その二体の怪物が四つの大きな目をギラギラと輝かせながら、ニギハヤヒを値踏みするように見つめているのである。
「ガッハッハッハッハッ、こんな弱そうなヤツがヤマトの王とはなッ!」
二体の怪物の赤色の体をした方が大声で笑いながら言い放つ。
その口元は
「父上、コイツ食ったらどんな味がするんでしょうねえ?」
「…ヒェエエエエッ…!」
ヒルコの方を見ながら放たれた怪物の言葉を聞いたニギハヤヒはおびえながら腰を抜かしてしまう。
怪物はいくぶん冗談めかして言っているのだが、ニギハヤヒにはとても冗談には聞こえない。
「オイオイ、やめておけ」
もう一体の青色の体をした怪物がクックックッ、とこもった笑い声を
「だったらぶっ殺しちゃってもいいんですかね?」
そう言いながら、赤い怪物はニギハヤヒの方に近寄ろうとする。
「ウワアアアアーッ!」
怪物の言葉を聞いたニギハヤヒは再び悲鳴を上げながら後ずさろうとする。
しかしすでに腰が抜けているニギハヤヒはほとんどその場から動くことができない。
「いいわけねえだろッ!」
青い怪物は相変わらずニヤニヤと笑いながらツッコミを入れる。
「…ふう、お前らこいつで遊ぶのはそれくらいにしておけ…」
それまで黙って様子を見ていたヒルコは小さくため息をつきながら
その言葉を聞くと二体の怪物は即座に笑いを止め、そのまま直立不動になる。
「コイツは王としては何の役にも立たないヤツだが、まだそれなりの利用価値はあるからな。とりあえず生かしておいてやるのだ」
ヒルコは冷たい視線をニギハヤヒに向けながら言う。
「…さて、一応こいつらを貴様に紹介しておこうか…」
ヒルコは先ほどからただひたすらおびえ続けているニギハヤヒに対して再び口を開く。
「こちらの赤い方の鬼が
「…息子って…、子供ってこと…?」
ニギハヤヒは驚いて思わずヒルコに聞き返す。
しかしヒルコはそれを無視して続ける。
「もうこれ以上の無駄話は必要ないだろう。ところでニギハヤヒよ―」
「…えっ、…あっ、…はい…?」
突然振られて戸惑うニギハヤヒを一切かまわず、ヒルコは話を続ける。
「まだ貴様には色々と言いたいことがあったんじゃないのか?」
ヒルコは少し口元を歪めながら言う。
「…あ、…いや…」
無論この状況でニギハヤヒに“何か言うこと”などできようはずもない。
そのときである。
一人の男が宮殿に近づいてくる。
宮殿に何か用事でもあるのだろうか?
「…あ…」
そして当然宮殿の入り口の前にいる鬼たちと鉢合わせすることになる。
「…あ、…ああっ…」
男は前鬼と後鬼の方を指差しながら見る。
その手はガタガタと震え、顔はみるみる青ざめていく。
「…ウワアアアアアッー!」
そしてついには叫び声を上げながら、その場からいずこかへと逃げ去っていく。
「…ふん、面倒なことになったな…」
ヒルコは本当に面倒くさそうな様子を見せながら言う。
「…おい、ニギハヤヒよ。いっしょにこっちに来い」
そしてニギハヤヒに自分といっしょに再び宮殿の中に入るようにうながす。
「……」
もはや
そしてヒルコたちは宮殿の中へと消えていくのだった。
「…ふう…」
それからしばらくしてニギハヤヒは一人で二体の鬼が待つ宮殿の外に戻ってくる。
「フン、やむをえない事情があるとはいえこんなヤツの姿に化けねばならないとは…」
“ニギハヤヒ”は不機嫌そうにぼやく。
「ガッハッハッハッ!しかし父上、何だってあんなヤツを生かしておくんですかい?」
前鬼は豪快な笑い声を上げながら言う。
「フン、そんなことはお前にもいずれわかることだ。それとお前はここに残れ。宮殿からニギハヤヒが逃げないように見張るのだ」
ヒルコは前鬼の言葉を軽く受け流すと、そっけなく前鬼に命令を下す。
「ヘイ」
「それと後鬼はいっしょに来い」
「ヘイ」
こうしてヒルコは後鬼と共に村の中央の広場へと向かっていくのだった。
舟団の航海はきわめて順調に進んだ。
シオツチがやってきたのは海路の道案内をするためだったからだ。
舟団は途中にあるいくつかの港に停泊しつつも、順調に東へ東へと海路を突き進んで行った。
「さて、案内できるのもここまでだ」
ちょうど東に陸地が見える辺りまで舟団がたどり着くと、シオツチはそう言って舟を降りようとした。
「行ってしまわれるのですか?」
「ええ、残念ながらこのシオツチ、陸地では何の役にも立ちませぬゆえ」
シオツチはイツセの問いに答えたあと、舟から降りようとする。
「…おおっ、一つ大事なことを言い忘れていた!」
しかしいったんは舟を降りようとしたシオツチはそれをやめ、イツセたちの方に顔を向けながら言う。
「風のうわさ…、いや海のうわさによれば、ここ最近ヤマトの方に各地から鬼どもが集結しているようです」
「何だと!それは本当か?」
「ああ、本当じゃ」
シオツチはスサノオの言葉にも極めて真剣な表情をしながら答える。
もはやその雰囲気からは少し前までの飄々とした雰囲気は完全に消え失せている。
「この先は何が起こるかわかりませぬぞ。それだけは
「わかりました」
シオツチの言葉にイツセが答えると、シオツチは今度こそ亀の背に飛び移り、舟から去っていくのだった。
〝ニギハヤヒ〟と後鬼が広場に姿を現すと、その場に集まっていた人間たちはざわつき始めた。
人間たちの中にはトミビコ、さらにはニギハヤヒといっしょに高天原から来た者たちも含まれている。
彼ら、ヤマトの住人たちは皆ヒルコの配下の鬼たちによってここに集まるように言われた。
無論配下の鬼たちにそうするように命じたのはヒルコである。
鬼たちは少し前のヒルコがニギハヤヒと共に宮殿にいる間に前鬼、後鬼に率いられてヤマトの地に入ってきた。
ゆえに人間たちはこのとき初めて鬼たちの姿を目撃したわけである。
鬼たちは皆人間よりは一回り大きく、背も普通の大きさの人間の頭が鬼の肩に来るくらい高い。
しかも頭から二本の角を生やし、口の中からは鋭い牙がちらほら見えた。
そんな鬼たちの姿を生まれて初めて見た人間たちはおびえないわけにはいかなかった。
それは今広場に集まった状態でもなんら変わることはなかった。
人間たちは自分たちのすぐ近くに鬼たちもいっしょにいることにただひたすら戸惑い、混乱していた。
そんな状況で“ニギハヤヒ”が後鬼と共に姿を現したのである。
ヤマトの住人たちはますます訳が分からなくなり、混乱していった。
そしてこのあとその場の雰囲気を一変させる“演説”が始まるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます