四、地上へ①―ミナカタ、ニギハヤヒのことをスサノオに相談す―

 その翌日の朝、ミナカタはスサノオらと共に家にいるときに、ニギハヤヒが高天原を“脱出”したことを知った。

 さらに高天原の十種神宝を無断で持ち出したことも。


 そしてすぐに“呼び出し”を受け、スサノオらと共にアマテラスの宮殿へと向かったのだった。




「…ところで、タカギよ…」


 スサノオがおもむろに話を切り出す。


 今は宮殿の大広間に十二柱の神々が集まって、今後の善後策を議論している最中である。そしてタカギから今後地上のあらゆる場所に鳥を放ってニギハヤヒの居場所を突き止める、という方針が話された直後である。


「ニギハヤヒとはいったいどういう男なんだ?何しろこのスサノオ、あの男との接点がほとんどないのでね。ここにいる者たちの中にもそういう者は珍しくないのではないか?それゆえ、ここであの男のことをいくらか知っておくのも悪いことではないと思うがな」


「ふん、ニギハヤヒか、…高天原でのあの男は毒にも薬にもならない男だった。なんの技能も持ち合わせず、ただ単に高天原に“寄生”していただけの男だよ。そのくせに、以前ニニギ様が地上に降る際には、一緒に地上に降りたいなどと言ってきおった。無論断ったがな。それにしても何の役にもたたないばかりか、まさかこの高天原の宝を盗み、逃げ出すとはな」


 タカギは苦々しい表情を浮かべながら、ニギハヤヒのことについて話す。


「それにしても妙な話ですな。ニギハヤヒや宝だけでなく、宮殿の北東の大岩までなくなるとは。一体どうやって高天原を抜け出したのか…?」


 オオクニヌシはニギハヤヒが高天原を脱出した手段について疑問を呈す。


「そのあたりのことは地上に放った鳥どもがニギハヤヒを見つけるのを待つしかあるまい。ただいずれにせよ、今後確実に実行するべきことが一つある」


 タカギは少し話の間をあけ、その後に強い口調で話を再開する。


「それはニギハヤヒから神宝を取り返すために、高天原からしかるべき者たちを派遣するということだ!ニギハヤヒの居所がわかり次第、改めて会議を招集するゆえ、それまではいったん散会する」


 このタカギの言葉と共に、その場にいた者たちはそれぞれの家路へと着くのだった。



「…はあ…」


 ミナカタは家への帰路を歩きながらため息をつく。


 結局宮殿での会議の間中、ミナカタは沈黙を守ったままだった。


 ニギハヤヒの話を切り出すことも頭の中では考えていたのだが、どうしてもその勇気が出なかった。

 自分がニギハヤヒのことを話すとニギハヤヒに、あるいは自分にどのような影響を及ぼすのかが予想できなかったからだ。


 そして今でも頭の中はニギハヤヒのことでいっぱいである。


 自分は今後どういった行動をとることがニギハヤヒを救うために最善なのか?

 何しろ今ではニギハヤヒは完全に〝高天原の敵〟になってしまった。

 今後の成り行き次第では、ニギハヤヒの命に関わるようなことが起こってもなんら不思議ではない状況だ。


 それにしてもニギハヤヒはなんと危険な選択をしたのか?


 そしてそんなニギハヤヒの“暴走”を自分が止められなかったことも今となっては本当に悔やまれる。


 そうして最も深刻なのは、今ミナカタは今後どうするのが一番いいのかが、自分の中で全く思いつかないことである。


「…はあ…」


 ミナカタは再びため息をつく。


 その直後、ミナカタに一つの考えが思い浮かぶ。


 確かに今の自分には今後どうすればいいのか、皆目見当がつかない。

 だが自分よりはるかに賢く、より適切な考えを思いつきそうな者にニギハヤヒとのことを話し、相談に乗ってもらったらどうか?


 そしてそんなことを相談できそうな人物といえば、スサノオを置いて他にいない。

 この自分よりはるかに長く生き、はるかに多くのことを知っているであろう男に全てを打ち明けてみよう。


 そう思ったミナカタは自分より少し前を歩いているスサノオの背中を見る。

 なんと幸運のことに、普段はオオクニヌシがいることも多いスサノオのそばには今は誰もいない。


 ミナカタが背後を向いてみると、かなり後ろにスクナビコナと話しながら歩いているオオクニヌシの姿が。

 これはまたとない好機である。ミナカタは小走りにスサノオに近づく。


「スサノオ様!」


 そしてスサノオを呼び止めつつ、そのすぐ隣まで行く。


「…なんだ…」


 スサノオは歩きながら考えごとをしていたのか、険しい表情のまま答える。


「後で話したいことがあるんだ。いつもスサノオ様が考えごとをしている場所で、…いいかな?」


 ミナカタは緊張しながら話す。

 スサノオはいつも独特の緊張感のある雰囲気を漂わせている。普段あまりスサノオとこういった話をすることもないために、ミナカタは否が応でも緊張してしまう。


 スサノオはそんなミナカタの言葉を聞くと、一瞬だけミナカタの方に視線を移し、また正面に向き直る。


「…よかろう…」


 そしてその仏頂面を一切変えることなく答える。


「…よ、…良かった、じゃあ先に行って待ってるよ!」


 そう言うと、ミナカタはその場から走り去るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る