八、ウミサチとの戦い③―鬼たちの襲撃!ついに高天原の神々との戦いが始まる!!―
「大変でございます!」
「何事か!」
男は屋敷にたどり着くや、すぐにヤマサチの部屋へと向かう。
「実は―」
「何事かな?ずいぶん騒がしいようだが…」
あまりにも騒々しく男が屋敷にやってきたため、異変を感じたスサノオたちも全員ヤマサチの部屋にやってくる。
「おお、皆様お揃いで。とりあえずこの者の話を聞いていただきたい。さあ、話してくれ」
ヤマサチは男に何があったのかを話すようにうながす。
「…は、はい、…集落の南の方で突然化け物がやってきて、襲われた者が出たようで…」
「なに、それは本当か!」
「はい、私は悲鳴を聞いただけなのですが…」
「…うーん、…スサノオ殿どう思われます?」
ヤマサチはスサノオに助言を求める。
「まさかこれほどの騒ぎが狂言とは思えませぬ。“化け物”は本当に現れたのでしょう」
「では、どうすれば?」
「無論戦いますが、同時に襲われている者を救出せねば。ヤマサチ殿、このスサノオに各々が何をすべきか決めさせて欲しい」
「わかりました、お願いします」
「よし、まずはミカヅチ、タヂカラオ、サルタヒコ。お主たちは敵の迎撃だ」
「腕が鳴るぜ!」
このスサノオの言葉を聞いて、ミカヅチは気合を入れる。他の二人もスサノオの方を見てうなずく。
「次にナムチとミナカタ。お主らは戦っている者たちの援護と人の救出だ。基本的には人を助けるほうを優先させろ。それと助けた人間は高台へと避難させよ」
「わかりました」
オオクニヌシとミナカタもスサノオを見てうなずく。
「僕はー?」
突然スサノオの足もとから声がする。
「お主は、…このスサノオと共に来い。じきに活躍してもらうことになるだろう」
「わかった!」
そう言うと、スサノオは声の主、スクナビコナを手の平の上に乗せ、自分の衣と帯の間に挟む。そしてスクナビコナは帯に両手で捕まり、その上から顔を出す。
「ヤマサチ殿はまだ戦いに巻き込まれていない者たちを西の高台に避難させていただきたい。それと比較的力のある男たちには武器を持たせ、他の者たちが避難するのを助けさせるのです」
「わかりました」
「私もあなたと共に参ります。それとあなたは…」
スサノオは最初に屋敷にやって来た男の方を見る。
「…は、…はい…」
「申し訳ないが、五人を化け物が現れた場所まで案内してやって欲しい」
「…わ、…わかりました…」
「ナムチよ。この者の安全は確保してやってくれ」
「了解」
「では皆それぞれなすべきことをなそうではないか!」
このスサノオの言葉に皆は、おう、よしと思い思いに答えると、屋敷から出て行くのだった。
「あちらです!」
案内役の男を先頭にミカヅチたちが“化け物”が現れた場所へと急行する。
「ああ!」
「出たな!」
ミカヅチはその姿を見た瞬間、迷うことなく一直線に立ち向かっていく。
タヂカラオ、サルタヒコもそれに続く。
「ご苦労だったな、危ないからここで待っていてくれていいぞ」
オオクニヌシはその場に立ち尽くしている男に声をかけると、ミナカタと共に“化け物”たちが暴れている場所へと向かう。
怪物たちが暴れている場所は、最初男が遭遇した地点よりも、ずいぶんとヤマサチの屋敷に近づいているのだった。
「化け物ども!我こそはミカヅチである!」
ミカヅチは怪物たちが暴れている真っただ中まで来ると、大声で自らの名を名乗る。
「怪物どもよ!弱い者をいくら討ち取ったところでお前たちの強さの証明にはならぬぞ。このミカヅチのような者を討ち取ってこそ真の強者と言えるのだ。それとも貴様らは我に立ち向かうほどの勇気はないただの臆病者どもか!」
ミカヅチは大声を張り上げ自らの存在を誇示する。
その声にそれまでに人間を襲ったり、建物を破壊したりしていた化け物たちは一斉にミカヅチの方を向く。
「さあ、どうした、かかって来い!」
ミカヅチは二本の刀を鞘から抜くと同時に、二本の鞘を豪快に投げ捨てる。
そして刀を両手に持ち、ハの字型に構え、臨戦態勢を整えて仁王立ちになる。
「グオオオオオオオーッ!」
凄まじいうなり声を上げながら、化け物が次々とミカヅチに襲いかかろうとする。
その手には剣、槍、矛など思い思いの武器が握られている。
しかしこれらの武器がミカヅチの身体を傷つけることは一切ない。
それは瞬きほどの瞬間に起こる。
突然ミカヅチに襲いかかろうとしていたはずの怪物たちがなぜか地面に崩れ落ちる。
その体にはぱっくりと直線的な傷跡が残り、真っ赤な鮮血がそこから噴き出している。
その間、ミカヅチは微動だにせず、相変わらず刀を構えたままの体勢を取り続けている。
つまりはその場から一切動くことがなかったのである。
しかしそうなると、なぜ化け物がいきなり真っ二つに切られ、地面に倒れているのかを説明できない。
これに納得のいく説明を加えるとするならそれは一つしかない。
つまり瞬きほどの刹那にミカヅチは怪物を切り捨て、すぐに元の構えた状態に戻ったとしか。
そしてこのとき怪物たちはこの神の真の強さを味わったのである。
雷神の真の強さを。
「ガアアアアアーッ!」
「ゴオオオオオーッ!」
その後も次々と化け物たちはミカヅチ目がけて襲いかかってくる。
「どんどん来い!」
そんな怪物たちに対してミカヅチは待ち構えて戦うのは面倒だ、と言わんばかりに両手に持った刀を広く構える。
さらに自ら化け物の方へと駆け出し、怪物たちがいる隙間を駆け抜けながら、次々と切り伏せていく。
またミカヅチから少し遅れて、タヂカラオ、サルタヒコも怪物たちを迎撃し始める。
タヂカラオはその怪力を生かして、敵に強い力で槍を突き刺し、サルタヒコはその素早い動きを生かして、敵に巧みに矛を突き立てる。
二人とも化け物の集団の勢いを食い止めるには十分な働きだが、それもミカヅチの戦いぶりの前ではかすんでしまう。
その近づくだけで化け物たちが次々と崩れ落ちていく様は凄まじいの一言に尽きるものである。
こうして三柱の神の働きにより、ひとまず怪物たちの進撃の勢いは落ち着くのだった。
そのころ、彼らが戦っているやや後方では、オオクニヌシとミナカタが一人ずつけが人を連れてきて、男が待っている場所まで戻ってきている。
そしてその場にけが人を降ろして寝かせたあと、オオクニヌシがミナカタに声をかける。
「ミナカタよ」
「はい、父上」
「お前はまた戻って、どんどん負傷者をここに運んできてくれ。こちらで私が治療を行う」
「ええ、わかりました」
「…あ、…あの…」
突然、オオクニヌシとミナカタの会話に男が割って入る。
「何かな?」
「…私も、…私もお二人を手伝わせてください!」
いきなりの申し出に困惑気味の二人に男はさらに続ける。
「今襲われて、倒れている者たちは皆私の仲間です!私は皆を助けるためにできることをしたいのです!それに私も一応戦うことはできます!」
そう言うと、男は右手に持っている槍を前に出して示す。
「…うーむ…」
オオクニヌシは少しの間、腕を組んで考える。
「よし、いいだろう」
「え、本当かよ!」
ミナカタはオオクニヌシの返事に驚く。
「なんだ?異論があるのか、ミナカタ」
「…だって、…かなり危ないぜ、化け物どもに襲われるかも…」
「そうだな、確かに危ない」
「じゃあ、なんで?」
ミナカタの疑問にオオクニヌシは答える。
「今倒れている者たちを救出しようとしているのは私たちだけだ。圧倒的に人手が足りない。だからたとえ危険でもこの者に倒れている者の救出に向かってもらう」
「…そうか…」
「それとお前に負担をかけて悪いが、この者とはいっしょに行動して、いざという時は守ってやるのだぞ」
「わかったよ。じゃあ、もう一度二人で行ってくる!」
「ああ」
そしてミナカタと男は二人で、怪物が暴れ回っている場所の近くへと向かって走り出す。
「さて、治療を始めるとするか」
一人その場に残されたオオクニヌシは腹部から出血して、苦しそうに横たわっている女性に近寄る。
そして女性のかたわらに中腰になると、腰の帯からかけられている袋から
そして両手をパン、と叩いて念を込める。
すると傷口は塞がり、それまで苦しそうにうめいていた女性は一気に回復する。
「はっ!」
「大丈夫、もう傷口は塞がりました」
急に傷の痛みがなくなったことに驚いて飛び起きた女性に、オオクニヌシは微笑みながら声をかける。
「…あなたが治してくださったのですか?」
「はい、そうです」
「あ、ありがとうございます!」
「ええ、しばらくは安静に、と言いたいところなのですが…」
そう言って、オオクニヌシは表情を曇らせる。
「ヤマサチ殿よりこの集落の者は全員高台へと避難するように、との命令が下されております。あなたも無理のない範囲で急いで高台へと向かっていただきたい」
「わかりました!」
そう言うやいなや、女性は立ち上がり、高台へ向かって走り去っていく。
それを見届けると、オオクニヌシは次に側頭部から出血して苦しそうに横たわっている男性のそばに近寄る。
「…ふう、…今日は長い一日になりそうだ…」
オオクニヌシはそうつぶやくと、男性の治療を始めるのだった。
「…あれ、あいつらいないな…」
「…確かに誰もいませんね…」
前回ミナカタがオオクニヌシとここに来たときも怪物に襲われることなく、人を救出することができた。
だがそれでも遠くの方ではミカヅチたちが化け物と戦っているのが見えたものだった。
しかし今は周囲には怪物たちの姿もミカヅチたちの姿も確認することはできない。
「このぶんだと意外に楽にどんどん人を助けられるかもな」
「そうですね、…あっ、あそこに人が倒れていますよ!」
男が竪穴式住居の入り口付近にうつ伏せに倒れている人影を見つける。あまり大きくないのでどうやら子供らしい。
「よし、そっちは任せたぞ!」
ミナカタは男にそう声をかけると、自らは他の場所に倒れている人がいないかを探しに行こうとする。
「…うわあああああー!」
ミナカタが周囲を見回していると、突然男の悲鳴が聞こえる。
「まさか!」
ミナカタはすぐに声のした方向に向かって走り出す。
「くそっ!」
駆け出したその刹那、ミナカタの視界に化け物に対して槍で応戦しようとする男の姿が目に入る。
どうやら怪物は竪穴式住居の裏側にいたらしい。
そのちょうど男からは死角にいた化け物が、男が子供を助けるために近寄ろうとした瞬間、急に出てきた、といった状況のようだ。その証拠に男は倒れている子供のすぐそばにいる。
男は何とか槍を怪物に突き立てようとするが、怪物はその槍の柄を片手で簡単につかむと、そのまま力任せに男の手から槍を引きはがしてしまう。
男は化け物の恐るべき力によって手に武器を持たず、腰を地面についた状態にされてしまう。
「くそ、まずい!」
ミナカタはその場に立ち止まると、矢筒から矢を一本取り出して、弓の弦につがえる。そこはミナカタの弓矢がぎりぎり届きそうな距離である。
「…届いてくれ!」
ミナカタは矢が化け物に当たってくれることを祈りながら、右腕で弦を引き絞り、矢を解き放つ。
放たれた矢は放物線を描きながら、怪物へと向かっていく。
「当たれ!」
ミナカタの祈りが通じたのか、矢は化け物の右肩に突き刺さる。
怪物は突然の右肩の感触に、首を上げて視線を男からミナカタの方に移す。
ミナカタは心の中でよし、と思いながら化け物に向けて大声を張り上げる。
「おい、化け物、こっちに来い!俺が相手してやる!」
このミナカタの挑発に乗った怪物はミナカタの方に向かって走り出す。もはや怪物の注意は完全に男からミナカタに移っている。
そんな化け物に対してミナカタは二本目の矢を弦につがえて放つ。
「なっ…!」
なんと怪物は向かってくる矢を左手に持った矛で弾き飛ばしてしまう。
「くっ、くそ!」
焦るミナカタは三本目の矢をつがえて放つ。
しかしそれも化け物に簡単に弾き返されてしまう。
「…そ、…そんな…」
どんどん自分との距離を詰めてくる怪物を目の当たりにして、ミナカタは完全に恐慌をきたす。
「うわああああああーっ」
四本目、五本目の矢もあっさり弾き返され、ついに化け物はミナカタの眼前にまでやって来る。
もはやミナカタの視界に覆いかぶさっている怪物が左手に持った矛をミナカタに突き刺さんと振りかぶる。
完全に万策尽きた。
死を覚悟したミナカタは思わず尻餅をつき、両目をつぶる。
(……?)
しかしいつまで待っても“その瞬間”は訪れない。
そんな状況でミナカタが再び目を開けると、その目にはやはり化け物が映る。
しかしおかしなことに、化け物は槍を振りかぶった状態のまま、完全に静止している。
そしてその直後に怪物は頭の真ん中から全身がきれいに真っ二つに割れ、その割れた半身が左右に倒れる。
その倒れた怪物のすぐ背後には刀を振り下ろした後のミカヅチの姿が。
つまりミナカタに迫っていた化け物の背後からミカヅチも追いかけており、間一髪で化け物に追いついた、ということらしい。
「…あ…」
しかしそんな状況をミナカタはすぐに飲み込むことができず、腰を抜かしたままぼう然としている。
ミカヅチは刀を鞘に収めると、そんなミナカタにつかつかと近寄り、その胸倉をつかむ。
「なぜ同行者のそばから離れた!それと敵は必ず急所に当てて一撃でしとめろ!」
ミカヅチはミナカタの顔に自分の顔を近づけ、厳しく叱責する。
「いいか!今回貴様が助かったのはただ単に運が良かっただけだ!次に同じようなことをすれば貴様は死なせる必要のない者を死なせ、貴様自身も助からんだろう!そのことを二度と忘れるな!」
そう吐き捨てるように言うと、ミカヅチはミナカタをつかんでいた右手を無造作に離す。
「…痛て!」
そのためミナカタは地面に尻を強く打ちつけてしまう。
そんなミナカタの様子には一べつもすることなく、ミカヅチすぐに向きを変えて走り出す。
ミナカタがミカヅチの向かう先に目を向けると、そこには怪物の姿が。
また周囲を見回してみると、少し遠くには怪物以外にも戦っているタヂカラオとサルタヒコの姿も見える。
どうやらミカヅチたちが戦っている間にたまたま戦場が変わり、化け物たち共々こちらの方に場所を移してきたということらしい。
つまりミナカタは本当に幸運に恵まれていたというわけだ。
「くそっ!」
そしてミナカタは気持ちが少し落ち着いてくると、その胸に悔しさがこみ上げてくる。
「くそっ、くそっ!」
ミナカタは何度も地面にその右手を打ちつける。その両目からは涙のしずくが次から次へとこぼれ落ちる。
「…くそ、…あいつ、…恩着せがましく俺を助けたりしやがって…」
出雲での事といい、二度までも理不尽な存在として立ち塞がるミカヅチ。
そしてそんなミカヅチにも、怪物にも打ち勝つことができない己自身の無力さ。
それらのことを原因とした悔しさ、怒り、無力感、…様々な感情が同時にその胸に押し寄せてくる。
そうしてそんなミナカタの感情とは無関係に、ミカヅチたちと化け物たちとの戦いはなおも続くのだった。
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