第24話「別に隠してることでもないし」


 半壊した国立魔法魔術研究所。

 死傷者の救助が進む中、天井に大穴ができたうえに床もズタボロになった地下室跡地では2人の男が動かなくなった魔物について話していた。


「ただ周囲のものを取り込んで吸収するだけの術式だね。この核を壊さなきゃいけないから、最初の巨大化を許すと面倒になるパターンだけど」


 若い方の男──碧は割れた魔物の核を魔眼で視ながら自分の分析結果を告げる。

 術式の写しを受け取りながら、隼也は神妙な面持ちで質問をした。


「下手人は誰だかわかるか?」

「これは『ルージュ』の『哲学者』が好んで使う傾向の術式だから、本人だと思うよ。式の傾向は似せれても、こんな頭おかしい暗号化できるのはそういない。

 これは分析できなかったのも仕方ないね。

 ……あのクソ野郎、15年前でも結構年取ってたと思うけど元気だねぇ」

「嫌いな奴ほど長生きするもんさ。

 ……やはり、高校の襲撃含め計画的にされてたってことか」

「そうじゃなかったら逆に怖いけど」


 隼也が別件の対応に追われていなければそもそも学校への襲撃は成功しなかっただろうし、逃走手段も碧の手によって発見された。

 綿密に計画されていたと考えるのが普通だろう。


「で、学校の方の被害は?」

「お前の方が詳しそうだが……主に教師陣に多数の死傷者が出た。生徒に怪我はほとんどないが、抵抗があった各学年の特級クラスの生徒には結構な数の怪我人がいるな。

 怪我がなくてもPTSDになるやつも出るだろうし、しばらく学校は休校にしてメンタルケアに努めることになるだろうな。

 希望する学生は実家に帰省させる指示を出した」


 急に大人の魔法使い達に襲われたとあっては生徒達への精神的なダメージは考えたくもないほどだろう。死亡した教師の代わりを見つける必要があるだろうし、トラウマから抜け出せない学生もいるかもしれない。警備態勢も見直す必要があるだろう。

 そういう様々な処理をする為にも、休校の時間は必要だった。


「やっぱり酷いことになってるね」

「ああ。後処理のことは考えたくねぇ。まだルージュの本拠地に殴り込みに行く方が楽だ」

「じゃあそんな隼也に仕事を増やしてあげよう。休校の間、生徒を2人ほど預かろうかなって思ってるから手続きお願い。詳しくは後で言うけど」

「……やり過ぎんなよ?」


 何をしようとしているのかそれだけで理解した隼也は心の底からそう心配するのだが、碧から返ってきたのは胡散臭い笑みだけだった。



◆ ◇ ◆



 事件から2日後、人の少なくなった女子寮。帰省せず残った生徒は帰る当てがなかったり帰るほど心的ダメージがなかった者達のみなため、朝食の時間にも関わらず食堂にほとんど人はいなかった。

 その数少ない残った生徒はある程度固まって食事をしており、秋葉と鈴はその一つだった。

 ほとんど全員が瓦礫に拘束された1-1は肉体的なダメージはそれほどなかったものの精神的にダメージを受けた者が多く、結果的に寮に残った生徒はごく僅かしかいなかったのだ。


「──で、あの場合ってどうすればよかったと思う?」

「まず、連携が足りなかった。あとは──え?」


 2人で会話をしながら食事をしていたところ、鈴の視界に想定外の人物が入り込んで思わず素っ頓狂な声を出す。

 それを疑問に思った秋葉は鈴の視線を辿って──鈴と同じように「へ?」と声を出した。

 そこにいたのは、『入場許可証』と書かれたプレートを首から下げている碧と隼也。女子寮に現れると思っていなかった2人の登場に、その場にいた女子達はざわめく。


「え、校長先生!? っていうか、隣の子めっちゃイケメンじゃん!」

「え、ちょっと今メイクしてないんだけど!」

「あの子どこのクラスの子?」

「うち、めっちゃパジャマじゃん!?」

「ヤバ、サインくれるかな」

「あれ? あの子、うちのクラス助けにきた……」


 それらの声を気にすることなく、2人は鈴と秋葉の座る席に近づく。


「あの後大丈夫だったか?」

「あ、は、はい。ちょっと寝つきが悪かったくらいで……」

「ボクも、特に何もなかった……です」

「そうか。それはよかった。2人とも帰省しないってことでいいんだよな? 碧から頼みがあるらしいから、聞いてやってくれないか?」

「頼みっていうか提案だね。まぁ、2人にメリットのある話だと思うよ」


 碧はそう言うと、面倒ごとの気配を察して逃げようとした鈴の隣の席に座り、こっそり魔法で動きを封じる。

 それに気づいた鈴が抗議の視線を送るが、碧は無視した。


「ほら、中堂さんに前言ったじゃん。弟子入りの条件として、『僕の興味がそそられるような魔法を使ってみせること』って。

 あの僕にしか見えないSOSの魔法、まぁ興味はそんなにそそられなかったけど、発想が面白かったから合格にしてあげようかなって」

「え、い、いいの!? 本当に!?」

「うん」


 弟子入りが受け入れられて喜ぶ秋葉だったが、それを怪訝そうな目で見ているのが鈴だ。

 あれだけ頑なに拒否していたのに、急に認めるなんて怪しい。わざわざ鈴の移動を制限して話を聞かせている理由もわからなかった。


「……なんで急に認めたの?」

「んー、ほら、あんなこともあったし自衛能力は必要かなって。僕一人じゃ限界あるしね」


 鈴の疑問に対して、『クラスに置いておける戦力を増やしたいからだ』と正直に答える。

 碧にとって、いくら期待値が低いとはいえ将来のある魔法使いを無闇に減らしたくはない。ルージュの性質上また襲撃を仕掛けてくる可能性があり、何かあった時に碧がクラスにいるとは限らない。

 だから、ある程度戦える戦力を用意する必要があった。


「怪しむ気持ちもわかるが、こいつはこう見えても指折りの実力者だ。こいつから教われば、少なくとも今の数倍は強くなれると思う。2人とも、どうだ?」

「え、ボクも?」

「うん。だって人は多い方がいいし……たぶん、才能もあるだろうしね」


 碧は魔眼で鈴の魔力を見ながらそう言う。

 魔力量は申し分ないし、魔力制御についても十分な才能が感じられる。

 だが、惜しい。

 このままではその才能は伸ばせない。ここで打ち止めになることだろう。

 工藤くらいの技量までなら確実になれるだけの才能は確実にあるのに、それは勿体無いと碧は思う。うまくいけば工藤以上にだってなるチャンスはあるのに、だ。


「高瀬さん、これはチャンスだよ?

 強くなりたくない? 知らない魔法の世界を知りたくはない?」

「いいじゃん、鈴ちゃんも弟子入りしようよ。せっかくだから、ね?」

「……中堂はなんでそんなにこの人のことを信じられるの? 危ない人だと思うけど」


 真面目な鈴の問いかけだったが、それを聞いていた隼也は吹き出しかける。


「ああ。すまんすまん。くっ、ぷぷっ。危ない人だとよ。言われてんぞ、不審者」

「まぁ否定できないよね。強い魔法使いって総じてヤバいやつだし」

「自分で言うか」

「実際に強いもん」


 手元で魔力を動かして遊びながら、碧は当然のようにそう答える。

 実際、試合ならともかく殺し合いならばほぼ誰にも負けない自信があった。それこそ寝てる時を不意打ちされるとか、碧の祖父相手だったりしない限りは間違いなく殺せるだろう。たとえ英雄と呼ばれる隼也が相手だったとしてもだ。


「まぁ、頭おかしいかどうかはともかくとして──僕くらいになろうと思ったらそりゃあかなり才能も必要だけど、工藤先生を超えるくらいならそんなもの要らないよ。

 だから、才能のある君たちならもっと上を目指せる。もちろん、高瀬さんの父親を超えることだって余裕だよ」

「……ボクの父さん知ってるの?」

「若い頃にちょっとね。知りたい?」


 含みのある碧の言い方に、鈴は少し悩む。

 何故「関わるな」と厳命するのが碧だけなのかがずっと不思議だった。たしかにこの年齢で人を殺しているのは不気味ではあるものの、父の尊敬している隼也だって人を殺したことは数えきれないだろうし物騒な異名やエピソードも一つや二つではない。

 ヤバさで言ったら碧と隼也にそれほど差があるとは思えなかった。


「それ、知りたかったら弟子入りしろ、とか言うやつ?」

「そんなことは言わないよ。ただ──ちょっと質問に答えてほしいだけで」


 ふと、鈴は周りの音が何も聞こえなくなったことに気がつく。碧が遮音の魔法を使ったようで、ギシと碧の椅子が鳴る音がやけに大きく聞こえる。


「質問? 中堂に聞かれたくない話?」

「そんな感じ。

 高瀬さんの父さんは魔法使いだと思うんだけど──ぶっちゃけ、君はどこまで知ってるの?」


 何についてか主語がない問いかけだったが、鈴は何を問われているのか察する。その上で悩んだ。碧がどれほど知っているのかわからなかったからだ。


「──そっちこそ、どれくらい知ってるの?」

「そうだな……隼也と昔から付き合いあるから、まぁ大抵のことは知ってるよ。昔の話であれば特に、ね」

「なるほど。

 ボクが知ってるのは、『この世界には元々魔法使いが存在していた』ってこと。

 質問の答えはこれでいい?」

「うん。バッチリだよ。それを知ってるなら話は早い。

 さっき僕が言った話の続きなんだけど──僕、昔君の父さんと戦ったことがあるんだよ。君が生まれる前にね」

「…………は?」


 碧と鈴は同学年である。なのに、鈴が生まれる前に2人は戦ったことがあるらしい。


「え、何。実は30歳でした、とかそういう話? その方が納得できるけど……」

「あはは、大体正解。

 生まれた年だけ考えると、僕って隼也と同学年なんだよ。でも、いろいろあって15年間意識がないうえに体の成長も止まっててさ。肉体と心は15歳ってわけ」

「そんなの、なんでボクに教えるのさ。知りたくなかったんだけど」


 にわかには信じ難い話ではあるが、碧の言うことを信じると色々と納得がいくことも事実だ。

 例えば、隼也と仲がいい理由とか、父親が警戒していた理由とか。


「そんな高瀬さんに残念なお知らせ。この情報、実は結構な機密らしいんだよね。

 いやぁ、これ知られたからにはほっとくわけにはいかないなぁ! 弟子とかになってもらわないと!」

「はぁ!? ちょ、それ、は!? 何してくれてんの!?」

「知られちゃったものは仕方ないよねー」

「ほんと最悪……それ、ボクが断ったら秘密裏に消されかねないじゃん。性格悪いよ。馬鹿野郎、下衆、奇人、30代」

「最後のに関しては訂正してほしいな。戸籍上も15歳になってるからね」

「そこまで改竄できるってことはガチの機密……」


 完全に騙されて脅迫されている鈴としては頭の痛い話だ。

 まさか、弟子入りさせるためにここまでするとは思っていなかった。


「──なんで、そんな話してまでボクを弟子に?」

「んー……これどうしようかな、言わないほうがいいかな……いやでも……まぁいいか、言おう。

 どうしても弟子を取って僕の知識をいくらか伝えないといけない理由があってね。まぁそれは詳しく言えないんだけど」


 まさか、『異世界ゲートの保守点検をできるようになってほしい』とは言えまい。

 だって、碧が15年前異世界と地球を繋げた犯人であることを知らないだろうから。知っていたらもっと露骨に避けただろうし、この場でもっと違う対応をとるだろう。


「ともかく、その目的のために優秀でなかなか死なない弟子がほしくてさ」

「まるで、中堂はすぐ死ぬみたいな言い方だけど」

「そこを言おうか悩んだんだけどね。

 僕の見立てだと、彼女長生きしないよ。魔物に対する殺意が高すぎる。ああいうのはすぐ死ぬって決まってるんだ」


 殺意が高いと冷静な判断が下せなくなったり、身の丈に合わない魔物に挑んだり、魔法の質が落ちたり──激しい感情というのは魔法使いの戦場において邪魔でしかないのだ。

 それを捨てきれないのであれば、長くは生きられないだろう。


「もちろん弟子にするわけだから目の届く範囲で殺させる気はないよ。でも、四六時中赤子の世話みたいにするのは無理だからね」

「ボクは中堂の代わりってこと?」


 弟子入りしたいと思っている訳ではないとはいえ、2番目だと言われるのは面白い気分ではなかった。

 それを察したのか、はたまた自分の言葉が足らないことに気がついたのか、碧は「違う違う」と手を横に振る。


「僕からすると2人の期待度は全く変わらないよ。本当は高瀬さんだけ誘ってもよかったんだ。

 でも、流石にそれしたら酷い男じゃない? 弟子入り志願してる女の子を差し置いて別の女に声かけるとか。せっかく面白い魔法使ってたしね。

 だから、ご褒美ついでに認めてあげたってだけ」


 碧からすれば、大人数だと困るが1人か2人くらいなら大して負担は変わらない。

 ならば両方弟子にしてしまった方が色々楽だと感じた。

 2人を競わせることもできるし、複数人必要な訓練もしやすくはなる。碧から見ると秋葉はいろいろと不安定そうだし、鈴はそれをサポートしてくれるだろうとも思っていた。


「で、聞きたいことはそれだけかな?」

「じゃあ、ついでにもう一つ。あのアーネルト家の血が入ってるって本当?」

「本当だよ。別に隠してることでもないし」


ゼロ世代の魔法使いたちの間では有名な話なので特段隠す意味もなかった。

 その存在が弱みになる程碧も祖父たちも弱くないし、いざという時には切り捨てるだけの冷酷さを持ち合わせていたから。

 それに、名前だけで恐れてくれるならかえって都合がいい。


「まぁ母方の血だし嫡子でもなかったから家を継いだりはしないけどね。ただ有名な血が混じってるだけ」


 千年以上の確かな血統を持つ由緒正しい家の末裔。

 特に血統が重要視されるゼロ世代の魔法観においてはかなり重要な要素だった。

 魔法使いになる才というのは基本的に遺伝する。何かしらの理由で一般人が魔法に目覚めることもあるが、それはごく稀だ。一般人から目覚めたと思っていても、血筋を辿ってみたら先祖に魔法使いがいたという例も多い。ちなみに、碧の見立てでは秋葉の先祖にも魔法使いかそれに近しい存在がいた。


「それがどうかした?」

「いや。2日前使ってたあの魔術の意味がわかっただけ」

「2日前……ああ、あの魔法使いを殺した魔術のことか」


 アーネルト家が恐れられている理由の一つとして、代々受け継がれる謎の魔術が挙げられる。噂によれば、それは相手を即死させるような魔術だという。

 鈴はその話を半分ほどしか信じていなかったが、2日前に碧が使っていた魔術を見てからは話が別だ。死因もわからず死んでいった賊の姿を見て、その噂を連想せざるを得なかった。


「あの魔術、中堂のいる前で使ってもよかったの? 魔眼で解読されちゃいそうだけど」

「やれるものならやってみたらいいよ。1000年もの間秘匿され続けた魔術だし、そう簡単には破れないからね」


 少なくとも秋葉程度では魔術式として認識することすらできないのではないか。

 強い魔法使いにとって魔術式の暗号化は常識だしそれを破る方法もいくつか知っているのが当たり前ではあるものの、秋葉はそれを知らないだろう。仮に知っていたとしてもあの術式は簡単に解読できるほど易しいものではないし。碧ですら事前知識があっても解読できるか怪しいレベルの魔術なのだから。


「そもそも、魔眼で見られるのは前提みたいなところあるし」


 魔眼は確かに珍しいものではあるがそれでも昔から一定数保有者はいるし、魔眼以外にも魔術式を解読する方法はある。その上で秘匿できるだけの魔術だからこそ秘伝になり得るのだ。


「あとは質問ないね? じゃあ魔術解除っと」


 碧がそう呟いた瞬間、二人の間に音が戻る。

 食堂のガヤガヤとした音が静寂に慣れた鈴の耳に入り、一瞬耳を塞ぐ。

 鈴はすぐに騒音に慣れると、怪訝な顔で二人を見る秋葉の方を向く。


「二人でなんの話してたの?」

「高瀬さんも僕の弟子になるって話」

「……不本意ながら」

「え、やった! 仲間がいると心強いよね」


 脅迫された鈴は浮かない顔だが、秋葉はそれに気が付かず純粋に喜ぶ。


「まぁ、大体は丸く収まったってことで……食べ終わったら準備してきてね」

「え? なんの?」


 秋葉は何のことかわからず首を傾げる。言っていなかったことを忘れていた碧は、それを見て「あぁ」と呟くと説明する。


「ちょうどしばらく学校休みだから、合宿に連れてってあげる。だから、着替えの準備してね」

「「……は?」」


 あまりにも急な話に、女子二人の声が揃った。


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