第22話「烏」


「あがっ!」

「咄嗟に避けたか……ま、腕を封じれただけ良かったとしよう。

 じゃあな。工藤センセ。葬儀代くらいは後でくれてやるからよ」

「……やれるもんならやってみなさい」


 苦しむフリをして準備していた、工藤の魔術が発動する。千切れた左腕を代償にして、相手の影をその場に縫い付ける。俗に言う影縫いの術。影を封じることで相手の動きを封じるその技は油断しきっていた中上の動きを止めた。

 その隙を狙って工藤は魔術を放つ。音速を超える礫が中上の頭に向かって飛んでいき──呆気なく弾かれた。


「この程度で動揺するとでも?」


 中上のその言葉と同時に工藤の身体に無数の切り傷が現れる。身体から血が噴き出し糸が切れたように倒れ込む。


「さて……ガキども。大人しくしてくれるよな?」


 返り血に濡れた顔でニヤリと悪い顔を浮かべる中上。

 それに動揺を隠せない生徒達だが、1名だけ冷静に、冷酷に隙を伺う者がいた。


「……1人」


 バチン。

 電撃の音がして黒いローブが一つ倒れる。生徒達の結界の外側。魔法使いを倒す術を父から教わっていた高瀬鈴は、見事不意打ちで1人沈めてみせた。


「……は?」


 生徒がそれをするとは全く思っていなかったのだろう。ローブの人間達は分かりやすく動揺し、動きが遅れる。

 その隙をついて身体強化を最大出力にした鈴は、一番強いであろう中上を潰す為に真っ直ぐ走る。

 やっと我に返ったのだろう中上は、一瞬息を呑んでから魔法を使う。迎撃用に作られた炎の壁は、しかし高速で動く鈴を焼くだけの火力はなかった。難なく炎の壁の中を突っ切った鈴は手元に短剣を生み出して中上の首を狙う──が、咄嗟に左に動いたことでそれは空振りに終わる。

 急制動をかけてもう一度短剣を振るう鈴だが、その前に目の前に現れた壁が鈴を撥ね飛ばす。咄嗟に後ろに飛んだので衝突の衝撃そのものは少ないが、しかしそれで5メートルほど距離が離されてしまった。

 再び突撃しようと試みるも、周りに結界を張り巡らせていて近寄れそうもない。


「炎!」


 秋葉の声が響き、人の頭ほどある火の玉が中上に向かって飛んでいく。それは結界の一枚を破壊したものの、2枚目に止められて有効打にならない。

 と、そこで他のローブも我に返ったのだろう、鈴と秋葉に向かってさまざまな魔法が飛ぶ。だが、それを防ぐのはクラスメートたちだ。

 爆発音が轟き魔法のいくつかは完全な迎撃には失敗したものの、誰も目に見えた怪我はしていない。


「ああ、油断したよ。まさか生徒がここまでやるとはな……工藤もやったし気が抜けちまってたな。

 ──舐めんなよ、ガキども」


 中上がそう言った瞬間天井が軋む音が全員の耳に入った。一瞬の間の後、天井は崩れ落ちて生徒達に降り注ぐ。

 咄嗟に結界を張りそれを防ごうとするが、想定以上に圧力が強く一瞬拮抗するのみですぐに耐え切れず壊れてしまう。


「伸びて!」


 ソルフィーの叫びと共に植物が地面から生えて頭上で広がり安全地帯を作る。そこに生徒達は間一髪で転がり込んだことで、なんとか被害者は出なかった。

 だが、そこで終わる中上ではない。

 瓦礫が再び持ち上がったかと思うと自ら細かい破片に姿を変えていき、植物の隙間を抜けて生徒達に襲い掛かる。

 咄嗟に鈴は身体強化と結界を身体に纏わせて瓦礫を吹き飛ばしながら突破することでそれらを回避する。

 秋葉は咄嗟に地面に裂け目を作り、そこになんとか滑り込む。直後、地表を撫でるように瓦礫が動き、生徒達を攫う。

 10秒後には、秋葉と鈴以外の全員が瓦礫に身体を拘束されていた。


「痛った……」


 拘束はされなかったとはいえ、正面から突破を図った鈴は身体中に傷を作っており、秋葉は咄嗟に蓋がわりにした右腕が使い物にならなくなっていた。


「これ、やば」

「俺らも忘れんじゃねぇぞ」

「っ!!」


 一息ついた鈴と秋葉に後ろから強い衝撃が走る。

 2人とも他のローブの存在を忘れていたわけではない。ただ、気にしている余裕がなかった。


「抑えるぞ」


 鈴と秋葉を素早く地面に抑えつけたローブの人間達は、しかし2人の顔をよく見て表情を変える。


「中上さん、こいつらヤッちゃってもいいっすか? ほら、子供ができたら戦力増えるっしょ?」

「っ!?」

「ギャハハっ、お前鬼かよ〜」

「ああ、帰ってからな。ガキどもを回収したらすぐ撤退だ。野口が帰ってきたらおしまいだからな」

「こいつら人質にすりゃ大丈夫じゃねえですか?」

「人質にする前に全員消されなきゃ大丈夫だろうが、あいつはそれくらいやりかねん。ほら、さっさと抑えろ」


 下卑た会話を繰り広げるローブの人間たちに鈴は憎しげな視線を向け、秋葉の方は目を閉じてぶつぶつ何かを呟く。

 10秒ほどそうしてから、秋葉は目を開けると身体を捻る。

 なんとか対象を視界に捉えた秋葉は、魔法を行使した。


「危ねっ! このガキ!」

「がはっ……ゲホッ、ゴホッ……い、痛っ……」


 顔の真横を通過したそれに、危うく当たりかけた男は激昂し拳を振るう。

 背中に重たい一撃をもらい、骨が折れたのではないかと思うほどの激しい痛みが秋葉を襲う。


「おいおい、油断すんな。早く魔封じの手錠付けちまえ」


 その様子を見て、中上はケタケタと笑う。

 鈴はそれをキッと睨みつけるが、それ以上の抵抗はしない。この状態から余計に動いても痛めつけられるだけだ。チャンスがあった時に足が折られていては逃げることもできない。ここは助けが来るのを祈るだけだった。


「さて、瓦礫の中の奴らも回収して──あ゛?」


 鼠色の手錠が鈴と秋葉に付けられるのを見た中上は部下たちに次の行動を指示しようとしたところで、それに気がつく。

 中上が天井に開けた大きな穴。そこから一羽の大きな烏が施設に入ってきた。

 それは黒い羽根を落としながら天井付近を旋回すると、突然進路を変え秋葉と鈴の元へ急降下する。

 咄嗟のことで反応できない部下たちに対し、烏を警戒していた中上だけはそれに火球を放って迎撃を試みる。

 火球は狙い通り烏に当たり、そのまま烏は燃えるかと思われた──が、次の瞬間、烏が爆散した。

 明らかに烏の体積以上の黒い羽根があたりにばら撒かれ、鈴と秋葉を抑えつけているローブの男たちを覆い隠す。

 それを中上が吹き飛ばそうとするが、魔法が発動する前に羽根は始めからそこには何もなかったかのように消えて無くなり、代わりに1人の少年がその場に立っていた。

 彼はその青い目であたりを見渡すと、鈴と秋葉を抑えつけるローブの男たちに視線を合わせる。


「ちょっと、離れようか」


 彼がそう言った瞬間、2人の男は真上に吹き飛んでから何かに当たったかのように進路を変えて横に飛んでいく。

 30メートルほど離れた地面に衝突すると、彼らはピクリとも動かなくなった。


「完全に遅れちゃったね。優先順位間違ったな……大丈夫?」

「烏野? なんで……」

「あれに気づいてくれたんだ」

「うん。あれはいい発想だったね。僕にしか見えないSOSだった」


 碧は穴の空いた屋根指差しながら楽しげにそう言うと、後ろから迫ってきた雷を一瞥もくれずに掻き消す。


「今話してるんだけど。なんで隼也がいないのかも聞きたいし」

「お前、何者だ?」

「名乗るときは自分からじゃない? ま、僕は雑魚に興味はないけど」


 碧はそう言うと、やっと視線を中上に向ける。

 一呼吸置いた後、魔法を展開した。


「お近づきの印に、どうぞ」


 刹那、周囲を埋め尽くさんばかりの雷が少しもずれることなく中上に向かって放たれた。


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