異世界は僕の手によって

海ノ10

プロローグ



 残酷な話だが、この世界において奇跡というものはほとんど存在しない。

 たとえば。

 貧乏人がある日突然お金持ちになることはない。

 癖毛が急にストレートヘアになるわけもない。

 どんなに自分の顔が嫌いでも整形もせずに好きな顔にはなれない。

 そんな奇跡なんてものはほとんど存在しないのだ。


 もちろん、奇跡なんてものに頼らなくても努力すればどうにかなることだって多い。

 だからといって、そのために必要な努力量は誰もが一定ではなく、残念なことに些細なことから重要なことまで、ありとあらゆるものに『才能』が確かに存在するのだ。


 ──彼には確かな才能があった。

 現代の地球において──いや、過去においても限られた者しか持っていなかった、魔法と魔術という才能が。

 しかも、それらを使える人達の中でも特別と言えるほどのもので。


 彼は普通ではなかった。


 だからだろうか。


 彼があんな間違いを犯してしまったのは。


「あー、やっとできた」


 それはただの好奇心だった。

 きっかけは、たまたま立ち寄った一般人・・・向けの本屋。

 そこに平積みされていた、『ライトノベル』と呼ばれるジャンルの本。

 それを目にした瞬間、彼はそのタイトルに入っていた文字に気を取られた。


 『異世界魔法』


 異世界という単語も魔法という単語も、彼は目にしたことがある──後者に関しては目にしたことがあるどころではないが。

 目にしたことはあるが、その二つが組み合わせてあるのは初めて目にした。


 そして──猛烈に気になった。


 異世界が本当に存在するとして、その世界の魔法形態は地球のものとどんな違いがあるのだろう、と。

 自身が魔法使いだからこその疑問だったが、その疑問を他の魔法使いが持ったとしてもさして問題はなかっただろう。

 だが、その疑問を持ったのは他でもない彼だった。

 ──まだ十代半ばの彼は、天才だった。

 並の魔法使いなら一生かかっても辿り着けなかっただろう、異世界への門を開く魔術。それを僅か一年程度で完成させてしまったのだ。

 元々同じ世界同士で離れた距離を繋ぐ『転移門』と呼ばれる魔術があり、それを改造しただけだとしても、その改造の理論は天才にしか構築できない。


 たまたま彼が魔法使いで、たまたま天才で、たまたま異世界魔法という単語を目にして、たまたまそれに出会うための魔術を思いついて。

 それは、偶然というには出来すぎていて。

 しかし、それを素直に奇跡と表現するには、結果は残酷すぎて。


 ただの好奇心だったのに──どうしてこんな結果になってしまったのだろう。

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