シチュエーションボイス風作品

赤花椿

献上されてしまった少年

 やせ細った十歳にも満たない少年は手足を縛られ口を塞がれ、森の中にある洞窟の前に放置されていた。

 森の中で今は夜。ボロボロの薄い服を着ただけの少年は寒さと恐怖で全身を震わせ、ただ涙を流すだけ。

 と、少年の目の前に見える洞窟から何かが地面を這うような音が響いてきて、徐々に近づいてくるのが音でわかる。

 少年は息を荒げて全身をより一層激しく震わせていく。

 そして、這う音を響かせながら洞窟から出てきた何かが、木々の間から差し込む月明かりによって照らし出された。

 二メートルは超えているであろう体躯に、上半身は女性の姿をしているが下半身は蛇のそれは、長い髪と同じ白。目は人に近いようで、獣の目だ。

 そんな人間と蛇が組み合わさった姿をしているラミアの彼女は、目の前に転がっている少年に目を向けた。

貢物みつぎものが来たと思って見に来てみれば、骨と皮しかなさそうなみすぼらしい子供ではないか」

 息を吐きだし、明らかに残念そうな顔をしている。

 確かに、今にも死んでしまいそうな子供を押し付けられたようなものだ。彼女が残念がるのも仕方ないかもしれない。

「最近は貢物の質が落ちてきていると思っていたが、ここまでとは。せっかく村を守ってやっているというのに、こんなものではそろそろ村を見捨てて別の住処を探したほうがいいかもしれないな」

 そんなことを言いながらゆっくりと少年に顔を近づけたラミアは、ガタガタ体を震わせて涙を流し続ける少年を見て鼻で笑う。

「お前も災難だな小僧。私への貢物にされてしまった以上、お前は私に煮るなり焼くなり好きにされてしまうのだから」

「⁉」

 ラミアの言葉に少年は首を激しく左右に振りながらふさがれた口から「んー!」と声を必死に出して涙を流す。

 それを見てラミアは愉快なものを見るような目で笑う。

「首振り人形のようだ。そんなに首を振っては首が取れてしまうかもな。だが諦めろ。呪いたければ自分自身の運の無さを呪うんだな」

 そういうと、ラミアは下半身の尾で器用に少年をつかみ上げ、洞窟の中に連れ込む。

「外の寒さには耐えられん。時間は存分にあるのだからじっくり楽しもう」

 暗い洞窟の中を進んでいくと、焚火によって照らされた空間についた。

 少年は地面に下ろされると、ラミアに手足を縛っていた縄を解かれ困惑する。

「口の布は自分で解けるだろ」

 少年と焚火を挟む形で肘枕で横向きに寝転がったラミアが言った。

「口も自由になったのだから、何か言ってみたらどうだ?」

 恐怖と緊張が冷め切らぬ中、少年は何とか変えを絞り出す。

「どうして、縄を解いたの?」

 ようやく言葉を聞けたことに口元を綻ばせたラミアは指を立てる。

「私のものになった以上、お前は私から逃れることはできないというのが一つ。お前が私への貢物になったということはお前に帰る場所はないというのが一つ。その二つを踏まえたうえでお前が逃げ切れたとして、お前のような子供では生き抜くことはできないというのが一つ。これで満足したか?」

 ラミアの言葉に悲しそうな顔をして少年は俯いてしまう。

 その様子に息を吐きだしたラミアは言葉を続ける。

「親ならば、お前がこうなることを反対するはずだが、その親はなぜこうなることを許した?」

 少年は首を横に振ると、呟くようにしゃべりだす。

「親は、いない。拾われて、頑張って働いて、村に住まわせもらってた、けど、捨てられた」

 その言葉を聞いてラミアは心底つまらないといった顔で息を吐きだし、二人の間で燃える焚火を呆然と見つめる。

「幸せな奴が不幸になるのは愉快だが、不幸だった者が幸せにならぬのは不愉快だな」

「⁉」

 その言葉に乗せられた冷たい感情が、まるで冷たい空気のように漂い、少年はその感覚に思わず肩を震わせた。

 だがラミアは少年の怯えなど知る由もなく、言葉を続ける。

「そろそろ火が消える。私の下に来い」

 その言葉に少年は全身の血の気が引いていくのを感じた。

 自分はついに食べられてしまうのだと。焚火が消えてしまう前に食べてしまおうと、そうに違いない。

 逃げ出したいところだが、先ほどラミアが逃げることはできないと言っていたのを思い出す。逃げたところで帰る場所もない。

 そして思い至る。どうせ帰る場所もなく、逃げることもできないというのなら、いっそのこと食べられて楽になったほうがいいのではあないかと。

 どうせ死ぬならさっさと死んでしまおう。

 少年はゆっくりラミアのもとに向かって歩いていくが、諦めたと言え怖いものは怖い。一歩また一歩と近づいていくたびに自分の心臓が強く鼓動するのを全身で感じる。

 そうしてラミアの目の前まで来た少年は覚悟を決めて目をきゅっと瞑るって覚悟した。

 しかし、少年はおかしな感覚にゆっくりと目を開けて困惑する。

 それもそのはず。少年はラミアに優しく抱きしめられていたのだ。

 そんな少年の困惑を知っているかのようにラミアが。

「お前を煮るなり焼くなり好きしてよいのだから私がこうするのも自由ということだ。それにさっき言ったように、不幸だった者が不幸であり続けるのは好きではない」

 ラミアはさらに少年を抱きしめる腕の力を強くした。

「明日からお前に生き方を教えてやる。今日はもう寝ろ」

 その言葉に、少し安心を覚えた少年は、ゆっくりと目を閉じた。

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シチュエーションボイス風作品 赤花椿 @akabanatubaki

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