第2話激しくて一方的な愛
自己紹介する際、好きなヴァーチャルライバーへ送ったメッセージ内容を語った事が原因だ。動画配信サイトは、ライブ配信中の相手に視聴者が有料のメッセージを送る機能、チップチャットを使える。
支払った金額によって背景の色が変わり、配信者はすぐ気づく。そして大抵、喜ぶか、内容を読み上げる。他人の心情を汲み取る能力が低いあまり、彼は専用のアバターで配信活動している女性ヴァーチャルライバーに、5万円でチップチャットを送った。
『ましろん、チュッチュ♡ましろん、ましろん、愛してる♡チュッチュ♡』
5万円の大半は、彼女でなく動画配信サイトの運営会社、所属している事務所へ渡る。悪目立ちしたあまり、すぐインターネット上で冴えない彼が有名人になった。
サブカルチャーの話題を取り扱う複数のアフィリエイトサイトに、彼の行動が紹介されてしまったからだ。勤務中に悪ふざけを行った飲食店元従業員と同じく、いずれ普通の生活が送れなくなる。
昨夜、彰が1人のアフィリエイトブログ管理人へ目立ちたがり屋の本名と、通学している学校名の情報を渡していた。人目が付かない個人チャットでやりとりした内容を既に消去しており、彰は誰からも疑われない。
もし、学校に被害が出た場合、間違いなく学校側は、この男子生徒に無期停学処分か退学処分を下すだろう。
「自業自得だろ。てか、5万円チプチャニキは消えて、どうぞ」
「
大型電子掲示板創設者の有名な言葉を引用した彼が、すぐ彰に反論を許す。並の男子小学生のような浅はかさだ。
「当たり前だろ」
思い出深いアダルトゲームを1人のヴァーチャルライバーが違法ダウンロードして、実況配信した出来事から彰は配信者と視聴者を毛嫌いしていた。彼の隣へ座った
「昨日もましろんに2000円チプチャ投げたから金ねぇ。でも、今日がケーキ屋のツケ払う日なんだよなぁ」
友人でも無い男子生徒の話を無視して、彰はスマートフォンの電源を入れた。渡した個人情報が、記事に使われている頃合いだ。人気が出る話題だけに新しく作成された記事は、木下忍の名前が世界中に知れ渡る内容となっていた。
大型電子掲示板でも話題になったため、利用者の感想が掲載されている。
『Vライバーも大変だな。木下忍みたいな〇ッショのキモいコメ耐えるとか俺なら無理』
『あいつら、コミュ〇だから風俗とかキャバとか行けない。マジで女Vは弱者オス〇ャップのキャバ嬢』
匿名の立場から忍の人権が存在していない様な書き込みをしており、彰の想像通りだった。記事の最後にアフィリエイトブログ管理人の感想で締め括られている。
『こういう奴に限って、
散々、アダルトゲーム産業を時代遅れや中年しかやらないなどと侮辱した忍に彼は記事の内容を見せる。
「誰かがお前の個人情報流したみたいだぞ。良かったな、マジでバイトテロ並に人気者じゃん」
告白した相手の心情を理解せずに貢ぎ続けるだけあり、忍は事の重大さを理解していなかった。
「マジかぁ。まあ、でも俺に嫉妬してるだけだろ。それより、2000円貸してくれ」
間近で彼の悔しがる表情や発作を起こしたように暴れる様子を見る予定だった彰が、舌打ちする。決め手に欠けると判断して、スマートフォンのスリープボタンに人差し指を添えた矢先、新たな記事が投稿された。
『【木下忍見てる?w】Vライバー所属事務所なみライブ 新たな公式ガイドライン更新!』
忍が彼から奪い取り、記事の内容を読み始める。そこは恋焦がれていた女性ヴァーチャルライバーが所属している事務所だ。所属しているVライバーに対し、不快なチップチャットを送る営業妨害の対策として悪質の場合、法的手段を行使する内容がガイドラインに加わった。
正常な恋愛が出来ない人間達に、粘着されやすい女性ヴァーチャルライバーを守るため、とうとう事務所が対策を講じる。重い腰を上げなければならない程、事態は深刻だったのかもしれない。
大型掲示板利用者の中には、ヴァーチャルライバーの活動を純粋な気持ちで応援していた視聴者も多く、感想が肯定的だ。
『これは良い判断だと思う。正直、気持ち悪いチプチャばかりで見る度、吐き気してた』
『ましろんが心配だったけど、これなら安心して活動、続けられるね』
忍は今までのような一方的な恋愛感情をチプチャで伝えると、発信者情報開示請求をされ、多額の損害賠償が待っていた。Vライバーの不祥事を記事にして儲けていたこのアフィリエイトブログ管理人の感想が、追い打ちをかける。
『ちなみにましろんのデザインイラストを描いた奴って
誰から中傷されようが平然としていた態度は一変し、動揺して手からスマートフォンを滑らせる。
「ぇあああああああ! 俺のましろん、取られたぁぁぁぁ! ああああああああ!」
意中の女性は、男と一切関わりを持っていないと思い込んでいたのか、忍の理性が崩壊した。立ち上がって、座っていた椅子を振り回しながら奇声を上げる。
スマートフォンを取り返した彰は、すぐその場から離れ、人気が出そうな光景を録画した。SNSへ投稿すればすぐ多くの人間が注目するだろう。
「俺がこんなにましろん愛してるのに何でだよぉぉぉ! あぁぁぁぁぁ! うぁあああああああ!」
振り回していた椅子を投げ飛ばし、危うく女子生徒に直撃しかける。アメリカ合衆国を騒がせていた銃乱射が対岸の火事と思われている、日本の社会も危険は潜んでいた。
凶暴な精神異常者に対する対抗手段がほぼ無かった。そして、ハリウッド俳優の平手打ち騒動から暴力は忌避する風潮が強い。新たな椅子を掴んで振り回す忍に怯え、生徒達は教室の隅へ避難した。
ようやく騒動を聞き付けた1人の女性教諭が教室に入る。生徒達と違い、場慣れしていた。
「名前は知らないが、とにかくここで暴れるな」
黒い髪が背中まで伸びている白いカーディガンを着た女性生物科目教諭は、履いている靴を片方だけ脱いだ。すぐさま靴の裏で何度も忍の顔を殴り付け、彼の手から持っていた椅子が離れる。
鼻血を出しながら倒れた忍は、未だ女性ヴァーチャルライバーの未練を叫んだ。
女性生物科目教諭に彼が職員室へ連れて行かれ、平穏を取り戻した生徒達は、荒らされた教室の後片付けを行う。
しばらくして、朝のホームルームが開始されるも、鴨田宗太の行方は誰も知らない。
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