Man of machine

水神鈴衣菜

 私の父は、アンドロイドの研究者だった。アンドロイドというのは人に似せて作られたロボットを指す。だから家には小さい頃からたくさんのロボットがいた。掃除するロボット、力持ちなロボット、勉強を教えてくれるロボットなどなど。毎日そのロボットたちと両親を支えながら生活していた。

 父はしばらくして疲労のため病気を患って亡くなり、最後の作品となるアンドロイドを置いていった。

 私はそれからアンドロイドについての本を読み、電気回路やプログラミングについて学んだ。父がなんのためにこのアンドロイドを作ったのかを自分の手で理解したかったから。そうすることでいつの間にか周りとは距離が離れ、私は行っていた学校で孤立した。だからやめた。

 そんな日々の中、やっと父が遺したアンドロイドが『なんのために作られたのか』を知ることができた。それは父が死んでから、代わりに私を守るためであった。泣きそうになった。プログラムに並ぶ、様々な危機的状況に対する対応の仕方。こんな状況がたびたびあっては困るとも思ったが、そんなピンチの時のことを考えながらこのアンドロイドを作ってくれた父が愛おしかった。


 やっと起動させる踏ん切りがついた。父が亡くなってからもう長い時間が経とうとしている。今更ながら、少し緊張する。私は19歳になった。アンドロイドについての勉強しかほとんどしてこなかったおかげで、他の分野では無知な部分が多いが、身の回りの小さな世話をしてくれる子供くらいの大きさのアンドロイドであればいつの間にか作れるようになっていた。

 無機質な肌を撫でる。家にいる父が作ったロボットやアンドロイドたちは、動くことで発生する熱によってほんのり肌が温かい。このアンドロイドもそうなるのだろうか。スイッチを探し、ぐっと押し込む。

 ぴぴ、と小さな起動音が鳴りキュルキュルとモーターが動き始める音がした。なんだかわくわくする。閉じられていたまぶたが開いた。綺麗なグレーの瞳があった。

 アンドロイドは私を見ると、口を開いてなにか言おうとした。声が聞こえない。……そういえば電源横にツマミがあったけれど、それが声の音量のオンオフなのかもしれない。ツマミを回すと案の定声が聞こえた。

「ごめんね、もう一度話してみてくれるかな」

「……分かりました。僕はロイドといいます」

 思ったより名前がそのままであった。そういえばこうして話すアンドロイドは初めてだったなと思い返す。

「私はミラっていうの。よろしくね」

「ミラが僕のですか?」

「……マスターってなに?」

「僕を作ったのは、ミラですか?」

「ううん、君を作ったのは私のお父さんだよ」

「僕はマスターの指示しか聞けません。あなたのお父さんという人はどこにいるのですか」

「……えっと」

 事実は話すべきなのだろうが、果たして彼にお父さんは死んだと言って通じるのだろうか。

「お父さんは、もういないんだ」

「……なるほど。それではミラ、あなたがマスターですか?」

「……私がなってもいいの?」

「あなたのお父さんという人が、その人がいなくなったら別の人がマスターになるようプログラミングしてくれました。あなたの返事によります」

 無機質な返答。けれど元からそうしてくれていたのならばそれでいい。

「分かった。あなたのマスターになる」

 その言葉を聞き、ロイドは目をきらりと輝かせた。比喩ではなく、本当に。

「ではマスター、僕は何をすれば良いのでしょうか」

「マスターじゃなくてミラって呼んでよ」

「分かりました。ミラ、何をすれば良いですか」

 基本的には他のアンドロイドのように指示がなければ動けないらしい。危機的状況に出会えば、プログラムが作動して勝手に動くようになるのだろう。

「……じゃあ、私の傍に一緒にいて欲しいな。私の勉強の手伝いだったり、お母さんの家事の手伝いだったりをしながら」

「分かりました。いつもあなたの傍にいます。なにか指示があれば適宜言ってください」

「分かった。よろしくね、ロイド」

 彼の手をすくい上げて握る。彼の表情が変わることはなかったが、思った通りその手のひらはほんのり温かかった。丁度人肌くらいに。

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