【B002】皇帝陛下は☆ゆにばーさる☆あいどる

 ながらく続いた戦乱を平定し、大到だいとう帝国ていこくが晴れて天下に君臨した。君主たる魏炯仁ぎ けいじんは皇帝として玉座ぎょくざに腰掛け、隣に立つ李澄り ちょうへとドヤ顔を向ける。


「澄、知ってるか? 世にはあいどるという仕事があるらしいのだ!」

はぁ陛下のご聖望には正直この李澄、くそどーでもいいで日々蒙を啓かされてばかりにございます」

「なんでも人々の輿望を一身に浴び、代わりに愛と笑顔をもたらすのだそうだ! すなわち皇帝とは、最高のあいどると言えるのではないだろうかっ!?」

クッソ鬱陶しいなあんたいやはやなんともまぁ本気なのは天下万民へお示しになる無尽蔵のわかりましたご慈愛に感極まってございますつまりそのあいどるとやらとして輝けるよう陛下のいと高きお志を愚臣の不明で台無しとするわけにも参りませぬオレに全力で愚臣の微力なぞ顧みることなくシバいて欲しいわけです陛下の光輝なるをいや増し得るよう、尽力せねばなりますまいな?」

「ッ!? いや澄、何だその底暗い目は……僕はただ、きみにも輝きを……っアッーーー!」


 ♪


「澄! きみの諫言は実に200件にも及び、そのすべてが国の成長に繋がっている! その忠心、実に得難いものだ!」

忠心とか忠臣となることなぞ勘弁してください毫にも望みたくはござりませぬ辣腕プロデューサー良き臣とのみ呼ばれることをこそ希望っすわ臣は願って已みませぬ忠義がもてはやされんのってそも忠とは、奉る主の破滅の際にて初めてその徳望がだいたい亡国直前っすよ輝くものではございませぬでしょうか? オレ、ケナされたくも我らが偉大なる大到帝国を、没落や、ましてや殺されたくもないんで滅亡の憂き目になぞ遭わせるわけにも参りませぬその辺よろしくここからもいち良臣たるべく努めて参る所存にございます!」


 ♪


「澄! きみの推薦した人物が借金まみれになっていると聞くぞ! もっと精査はできなかったのか!」

あのね、オレは陛下より人材にまつわるご諮問を賜ります折、言ったはずですよ臣は常より推挙する者の長短を論じておりますあいつかの者の長ずる所めっちゃ頭もいいしその高く深淵にも届き得る学識にして誰かにおもねるクチじゃない人を諌めるためならば諍いとて引き受ける強さをも備えるところにございますただ贅沢好みなのが玉にキズ短き所は贅沢ぐらしや投機を好むところでございます、と。あんただって陛下に於かれてもまたトータルで有用だと思った長短を総じた上にて登用なされたんでしょはずにございますになのにいいとこはかの者は未だその長ずる所を無視して発揮する機会も無きまま悪いとこばっか叩かれるその短き所ばかりがあげつられておりますちょっとアンフェアすぎてこの有様にて臣の推挙を欺罔かのよう仰せになることには納得いきませんね到底承服いたしかねるところにございます


 ♪


「澄、その剛直、僕にはありがたいが、それだけだと周りからの誤解も招くぞ。もう少し当たりを柔らかくしたほうが良いのではないか?」

目的達成もまともにできねえうちから君主と臣下が天下を治めることに専心するが君臣の存在意義と聞いておりますが仲良しこよしっ公正公平を軽んじ振る舞いを重んじよと申されるのですか? それでチームがずっこけたら君臣が共にことの軽重をまともに見極めきれぬようになれば世話ねえでしょうが国家の盛衰も見極めきれなくなってしまいませんでしょうか


 ♪


「澄! 僕の輝きは国内のみならず海外にまで行き渡らせるべきと思う! 海外の王たちを招待したいと思うんだが、どうだろうか!」

どうぞご勝手に輝いてください中国はようやく平穏を取り戻しつつありますがただし国内のゴタゴタを長きに渡る擾乱による傷跡はまだ癒えておらず、きっちり抑えきった上で迂闊な負担を地方に負わせるわけにもゆきませぬ自省もできねえのににもかかわらず、国内も整え切れぬまま上っ面だけ各地に諸来賓の接待を誤魔化しゃ強要でもさせようものならあんたのわがままに振り回された苦難の末、せっかく手に入った安定しつつある生活を妨げられたはキレると思いますけどねがどうして喜びましょうか?」


 ♪


「――澄、僕が逆らった時に何も言わずに下がるのが正直不気味なんだが、どうにかならないか?」

納得行かねえことにいにしえの賢王も申してございます下手に返事すりゃ面前で同意しながら同意に取られて後で異論を唱えるのはあとで嘘つき信義に逆らう呼ばわりされますよね振る舞いである、となら下手に納得できねえことにならば陛下がお受け入れにならぬことに対しリアクションなんかできませんね一体なにがしの返事を申せますでしょうか


 ♪


「澄! 今この天下は大いに安んじ、外国からも僕を慕い貢納に来るものが跡を絶たないでいる! それもこれも、僕の輝きの故かな!」

あーね、まぁ確かに陛下の恩徳の高まりは国内の状態についちゃ確かにその聖世の初めとはだいぶマシになりました比べものにならないと申せましょうけど気づけてます?しかし心を鬼とし申し上げます あんたはだいぶ陛下ご自身の聖徳は、当初と比べて ちょづいてますよはるかに劣っております天下が乱れてた頃から四方がまだ平定されていなかったころ横暴してた奴らを陛下は常に徳義を心に留め反面教師にして人が自分に意見を言わぬことを恐れまわりからの諫言をお受けとなるたび教えに喜ぶ喜びをお示しになるあんたはお姿を拝見する都度確かに輝いてました臣も背筋を伸ばす思いでおりましたなるほど陛下のお心にあいどるね、って違わぬようよく務めん、と悔しいけど納得したもんです同胞らとともに誓いを新たと致しましたけど最近はなれどここ近日は意見されるの諫言を喜ばず、強いてそれをいやがってる印象で聞くようにしておいでですが一応我慢は心中穏やかではなくしてるみたいですが、今にも人の意見よりわりとダダ漏れっす免れんとお考えのご様子こっちだって好きで己の欲せざるところあんたのミス人になす勿れとはあげつらってるわけじゃ古の聖賢の箴言にございますが、ないですし左様とまで言わずともあんたの不機嫌って最悪諫言にて陛下の龍顔が欠片ほどにでも曇り相手を殺すところまで果てには怒りをもお浮かべになるのを知り含まれてる以上一体いかほどのものがそれで諫言しろって陛下に言上するだけの言われても無理に決まってます胆力、忠勇を抱ききれましょうか一応オレは臣はあくまで陛下よりのあんたがガチだってご信任を賜わり、そのお志のわかってるから無尽なるを存じておるがためツッコミますけどね諌めの言葉を投じてございますがそいつをすべての臣下が全員に求めるなんて陛下のお志と等しくあれるとは甘えっすよ夢にも思われませぬよう栄華からの過去の亡国を振り返れば転落なんて平穏に甘んじて危機を忘れあっちゅう間ですさながら泡沫が如く弾けてございますあんたのあいどる道陛下の善を求める心今も輝いてるんなら昔と変わらず燃え盛っておられるならば気を引き締め直してまさにこの機にて驕りを戒めすぐ軌道修正できるはずですよね過ちを聞けばすぐに改めることとて容易きはずここからもこの大到帝国の更なる飛躍に輝いてられるか陛下の尽善尽美のお志こそがどうかは不可欠のものにございますれば今にかかってるとどうか今この時より思うことですね細心の政に取り組み直されませ

「ぴえん🥺」



「澄、きみは僕の過ちを見ると必ず諫言してくれる。確かに僕はあいどるだろう、だが、あいどるは辣腕の鍛冶師ぷろでゅーさーなしでは輝けない! きみこそがまさにその鍛冶師ぷろでゅーさーなのだ!」

いや体調不良のとき陛下よりの甘露にも等しきお言葉を賜り欣喜恐縮極まりなきことなれど病を得、くらい休ませてくださいよ明瞭なる判断も下せずば、陛下のご期待に違えてしまいかねぬことを恐れてなりませぬ


 ♪


 李澄は魏炯仁に先立って死んだ。遺書にはこう残されていた。


覚えておけ天下の趨勢は否応なく良きにつけ悪しきにつけ揺れ動くものあんたの好みと臣下に対しては好悪の情もお抱きになるかと存じますがチームメイトの才能ともすれば合わさりがちとなる好悪と寵遇必ずしも合致しねえ往々にして臣下の才覚より乖離するものとお弁えください間違えても好みを優先するな寵愛するものの邪、憎む者の善をお見極めなさいませ才能で選べ賢才こそが、お国を保つ宝なのです


 魏炯仁が嘆く。

「僕には三つの鏡があった。身だしなみを整えるための、銅鏡。栄枯盛衰の因果を求める鏡としての、歴史。そして僕のふるまいが正しいかどうかを映す鏡としての、李澄だ。いま、得難き一枚の鏡を喪ってしまった! 今後僕はどのようにふるまいを整えれば良いのだ!」


 その莫大な功績から、魏炯仁は、李澄の葬儀を盛大に執り行いたい、と残された家族に申し出た。しかし妻である裴氏はいしは首を振る。

「主人は常に質素倹約を旨としておりました。にもかかわらず国の重臣として勤め上げたからと盛大に葬られるのは、故人の意に反するものであると考えます。無論このようなこと、陛下に申し上げるまでもないかとは存じますけれど」

「ぴえん🥺」


 なお数年後、魏炯仁は無茶な外征を行って失敗し、「澄なら止めてくれたのに!」と割と無茶な後悔をしている。

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