ポンコツ彼女と成り上がる魔法学園生活―—この子、ホントは強いはずなんです――
紅葉 紅羽
第零話『行きつく未来のお話』
――やっと、ここまで来られた。
その感慨に浸りながら、松原裕哉はふっと目を瞑る。それだけで、この舞台―—『星火祭』に至るまでの険しい道のりが容易に思い出された。
「……お前の選択の結果か、これが」
広いコロシアムの中、最大のライバルが裕哉にそう声をかけてくる。その戦場に立つのは四人だけ、この場所にあふれる完成は全て裕哉たちのものだ。……しかし、最大のライバル、霧島早希は裕哉のことしか視界に入れていなかった。薄青色の髪をゆらゆらと揺らすその姿は、奮い立つような戦意にあふれている。……気を抜けば、すぐにでもそれに飲まれてしまいそうだ。
「そうだよ、これが俺が出した答えだ。……それが正しかったことの証明は、わざわざしなくてもいいだろ?」
その視線に負けないよう気持ちをつくりながら、裕哉は強気に笑って見せる。隣に立つ大切な存在のためにも、ここで日和る姿を見せるわけにはいかなかった。
「……裕哉。今からあたしたち、あの人と戦うんだよね」
「ああ。……最後の証明には、ちょうどいい相手だろ?」
不安げな声を上げる少女……須藤梓に、裕哉は努めて気楽にそう声をかける。彼女こそが裕哉にとって一番大切な人で、何よりも優先するべき存在。そして、裕哉を『証明』に至らせたきっかけだった。
「顔を合わせるのは初めてだな、須藤梓。……霧島早希だ、よろしく」
「よろしくお願いします……あの、なんか表情、怖くありませんか?」
「そんなことは無いさ。……ああ、誓ってそんなことは無い」
「いや、しっかりこわばってんぞ。……緊張してんのか?」
早希は平静にふるまおうとしているが、早希の内心はそれを許さない。早希を取り巻く事情を考えれば冷静でいられなくなるのも仕方ない話ではあるのだが、生憎なことに裕哉はまだその事情を知る由もなかった。
「……緊張など、していないさ。改めて負けられないと、そう思っただけだ」
「そうかい。……お前たちが本気で来てくれるのが、俺としてはありがたいよ」
「……元生徒会長がいるチームに対して油断なんて、そーんな馬鹿なこともないとは思いますけどね?」
肩を竦めてそう返す裕哉に対して、この場にいる最後の一人が苦笑いしながら会話の輪に混ざって来る。この場で最も小柄な少女はぴょこぴょこと跳ねるように、しかしすばやく裕哉の懐にまで近づいていた。
「……そんなもんかね、鹿野」
「そりゃもちろん。わたしたちは貴方たちを仮想的だと思って修練を積んできたんですから」
ぐっと拳を握りこみながら、この対戦のために動いてきたことを鹿野と呼ばれた少女は暴露する。その後ろで早希が焦ったような表情を浮かべていたが、そんなことはお構いなしだった。
「会長、とんでもない気迫で練習してたんですから。『こんなんじゃ足りない、裕哉はこの程度余裕で超えてくる』……って。改めて聞くんですけど、あなた会長に何をしたんですか?」
「何もしてねえよ、ただ生徒会長と副会長って立場で半年ちょいコンビを組んでただけだ」
それ以上は誓って何もない。何もないから、今すぐ隣の梓の視線から逃げたかった。浮気を疑うようなその眼が、裕哉にとっては一番痛い。
「ふーん……本当に、本当にあの人とは何もないんだね?」
「ない、何なら下の名前で呼んだこともない。俺の一番は梓だよ」
「……なら、許してあげましょう」
裕哉の不貞を追求する梓の頭をワシワシと撫でると、梓は満足したかのようにその身を裕哉の方に摺り寄せてくる。コロシアムという場で行われる恋人同士のコミュニケーションに、鹿野は肩を竦めた。
「よりにもよってそれをここでやっちゃいますかー……。梓さんはともかく、元会長の鈍感さは犯罪レベルですね」
「そこまで言われるとさすがに反論したくもなる……いや、何でもない」
鈍感という指摘への反論を試みるも、鹿野の――正確に言えばその背後に立つ薄青の少女から――立ち上る途轍もない威圧感に気圧されて裕哉はその話題を打ち切ることにする。『悪い事は言わないからこれ以上はやめておけ』という鹿野の言葉が、裕哉には確かに聞こえた気がした。
「……まあなにはともあれ、あなたたち二人のおかげでこの学園は最高に面白い事になりました。……ねえ、会長?」
「先代であるお前にいなくなられてから、こっちは目が回るほど忙しかったがな。それでも、実りある一年だったことは認めざるを得ないだろう」
「だろ?お前たちにそう言ってもらえたなら俺も賭けに出た甲斐があったってもんだ」
最初は勢いだけで始めた計画も、なんだかんだで完成レベルまで行きつこうとしている。その最終証明がここだ。……ここでこの二人に勝つことが、この計画が目指したゴールなのだ。
「……だけど、わたしたちだってそう簡単に勝たせはしませんからね。生徒会役員としての意地があるんですよ、こっちもね」
「鹿野の言う通りだ。……私たちの考えも間違っていなかったことを、この戦いで証明する」
「別にお前たちの考えが間違ってただなんて言うつもりはねえよ。……ただ、見つけられてない答えもあるよって話なんだ」
あるかどうか怪しかったものを、裕哉はここに至るまでに見つけてきた。そこに確かにあるのだと、裕哉は突き進んだ先で知ってきた。……この戦いは、それらすべてを証明するための戦いなのだ。
「……積もる話はいろいろとあるでしょうけど、これ以上は全部終わった後にしましょうか。……随分と、待たせてしまっていますしね」
「……そうだな。ここから先は、俺たちの戦いを通じて伝えることにするよ」
そう言うと、鹿野は観客席の方に視線を向ける。『星火祭』のクライマックスに用意されたこの戦いに、ここに通う生徒全てが熱視線を向けている。……例年よりも特に、今年は目を離せない理由はあった。
『……さて、試合の準備も終わったようです!今日の戦いは、この一年間誰もが望んできたものでしょう!なにぶん私も望んでいました、この戦いが見たいと!』
四人の会話が終わったのを察したのか、この戦いを盛り上げる放送部員が高らかに口上を告げ始める。それにつられるようにして、観客席も大きくどよめいた。
『生徒会長の突然の辞任、そしてポイントの放棄から一年!文字通りすべてを投げ打った一人の男の賭けは、この学園を根底から覆した!……その男の信念は、果たして最強に届くのか!伝説を生む『元』生徒会長、松原裕哉‼』
「……おー、こんな前口上あんのか」
熱量のこもったアナウンスに応えるように、裕哉は軽く一礼する。たったそれだけの行動で、会場が揺れた。……その熱気に、裕哉自身が戦慄しているほどだ。
『一年前まで誰にも見つけられなかった路傍の石は、一人の男の手によって宝石へと進化を遂げた!誰もが目を見張ったその勢いは、果たして頂点にまで届くのか!稲光のごとく駆けあがった少女、須藤梓‼』
「……あはは、こういうの慣れないなあ」
そう言いながらも、裕哉に倣って梓はぺこりと一礼。その一挙手一投足を、会場が息を呑んで見つめていた。
『この二人に相対するのはみなさんご存じ生徒会!言わずと知れた霧島の末裔にして、単純火力最強格!かつてのパートナーを前に、その絶えぬ研鑽は自由の水に届くのか!伝説の傍らに立った伝説、霧島早希‼』
「……肌に合わんな、こういうものは」
早希の反応は不愛想だが、それに対して観客席の一角が大きくどよめく。一段と盛り上がっているその地点には、『ファンクラブ』と呼ばれる集団たちが集っている地点だった。
『其の笑みの奥には何がある?その思考の先には勝利がある!生徒会を陰で支える策士は、今日も今日とて見えない無数の糸を手繰る!金色の黒幕、鹿野真央‼』
「策士ってことを公言されるの、わたしの営業妨害じゃないですかね……?」
そう言いながらも、自らが策士であることを真央は否定しない。短くそろえた金色の髪を指先にくるくると巻き付けると、真央は不敵な笑みを浮かべた。
『さあ、いよいよ星火祭を締めくくる最後の戦いが始まります!この激動の一年を締めくくる一戦、最後に笑うのは果たしてどちらか!……両者、構えッ‼』
その放送を耳にすると同時、四人はそれぞれの戦闘態勢を取る。裕哉は周囲に水の球を漂わせ、梓は稲光を纏って低く屈む。早希は周囲の空気を凍てつかせて武装に変えると、それに応えるように真央は風のヴェールを纏った。ここまでくれば、後は戦うのみだ。余計な言葉は、何もいらない――
『……始めッ‼』
「行くぞ、梓!」
「うん、任せて裕哉―—!」
―—2053年2月、『とある事件』によって魔術が浸透した地球。その片隅で行われた戦いは、確かな伝説を生んだ。その立役者となった松原裕哉は、どのようにしてこの場に至ったのか。
――その始まりは、約一年前にまで遡る――
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