#8「約束」

 水浴びを終えたヒューロは包みを届ける前に、ここ数日ずっと考えていたあることを試してみようとしていた。早速着替え、目的の場所へと向かう。

 やってきたのはモーリスの家の前であった。ドアをノックするヒューロ。コンコンと乾いた木の音が響いた。

「モーリス君いますか?」

 ヒューロはモーリスの所在を尋ねる。しばらくすると、ガチャリとドアが開かれた。

「ごめんごめん待った?」

 モーリスが杖を突きながら出て来る。それに対しヒューロは「全然待ってないよ!」と明るく返した。

「で、今日は何して遊ぶ?」

 モーリスは楽しみな様子で問いかける。しかし、ヒューロは首を横に振るのだった。

「実は今日は遊びに来たわけじゃないんだ」

「なんだ・・・。じゃあお遣いか何か?」

 遊びに来たわけじゃないと聞き、モーリスは少し残念そうな表情を見せる。しかしそれとは対照的にヒューロの表情は華やいでいる。

「モーリスの脚を治しに来たんだ!」


~三年前~


 広場に子供たちが数人集まっている。中にはヒューロも混じっており、友達と何やら話し込んでいる。その中心に木箱に乗った少年、モーリスが立っていた。

「かくれんぼしようぜ!」

 モーリスは子供たちを誘ってかくれんぼをしようと提案する。「いいよやろう!」

 子供たちもやる気らしく、直ぐに明るい返事が返って来る。

「じゃあ、言い出しっぺの俺から鬼になるぜ!じゃあ早速始めるぞ!いーち、にーい・・・」

 モーリスが鬼の宣言をし目を閉じて数を数え始めると、子供たちは「わー!」と楽しそうな声を上げながら一斉に散って行った。ある者は木の裏に隠れ、またある者は茂みの中に隠れた。

「・・・きゅう、じゅう!もーいーかい!」

 数え終わり、子供たちが隠れ終わったか問いかけるモーリス。するとすぐさま、四方八方から「もーいーよ!」と声が聞こえてきた。

 目を開けるモーリス。「行くぜ」と意気込むと、勢いよく駆け出した。

「コンラントみっけ!オリヴィアみっけ!レルナみっけ!・・・」

 目にも止まらぬ速さであちこち駆け回り、次々と子供たちを見つけていった。見つかった子供たちは「ちぇ、もう見つかったか」、「今回もダメだった・・・」などと口々に漏らしている。

「残るはヒューロか・・・。こりゃ厄介だぞ」

 残る一人にヒューロを見据え、口の端でニッと笑うモーリス。だが、あらかた見当はついているようで、「あっちだな」とある方向へ向かって行った。

 一方ヒューロはというと、廃屋の陰に隠れていた。

(ニヒヒ、ここならバレないぞ!)

 心の中でそう確信しながら鬼であるモーリスを待つ。遠くでは友達が次々と見つかっている声が聞こえる。

(よし、残り一人だ・・・!)

 ドクンドクン、と鼓動が早まる。しばらく時間が経つが、一向にこちらへやって来る気配はない。

(よし!勝った!)

 そうヒューロが確信したその時である。背後からおもむろに声を掛けられた。

「ヒューロみっけ」

「うわあ!」

 ヒューロは思わず飛び上がってしまった。その際に立てかけられていた木材にぶつかる。

「びっくりした・・・」

 ヒューロが驚いたと口にしたその時、大量の木材がヒューロの元へと倒れてきた。

「危ない!」

 モーリスは一目散にヒューロの元へ飛び込んだ。そしてヒューロを押し飛ばした。

 ガララ、と木材が辺りに散らばる音が響く。様子は散る土煙で何も見えない。

「ゲホゲホッ、モーリス大丈夫!?」

 手で何とか土煙を払い、モーリスの安否を確認しようと試みる。しかし、木材はかなりの重さがあったのか、舞う土煙は中々晴れない。

 ようやく土煙が晴れたとき、ヒューロの目に飛び込んできたのは、倒れた木材の下敷きになっていたモーリスの姿であった。

「モーリス!」

 ヒューロはモーリスの傍へ駆け込む。

「な、何とか大丈夫だ」

 どうやら意識はあるらしく、モーリスは助けを求める。

「それより、この木材をどかしてくれ」

「うん!」

 木材の一つ一つはそれほど重くないため、ヒューロの力でも何とかどかすことができた。一本、また一本とどかしていく。そうしてある程度どかすと、モーリスに重なっていた木材はなくなった。

「わりいわりい。ありがとう」

 よっこいしょと立ち上がろうとするモーリス。しかし、景色は中々高くならず、おかしいと思い始める。

「なあ、ヒューロ、立てないんだけど。まだどっかに木材乗ってんのかな・・・」

「いや、乗ってないけど・・・」

「じゃあ、どうして・・・。ってあれ?」

 そう言いかけたモーリスだが、事実に気付き、顔をどんどん青ざめさせていく。

「右脚の感覚が・・・ねえ・・・」

 こうしてモーリスは不慮の事故によって右足が動かなくなってしまったのである。


「脚を治すって、お前、何言ってんだ?この脚はなあ、医者でも治せねえって諦められたんだぞ!それになあ、あれは事故だったんだ。何もお前が気を使うことは・・・」

「いや、俺なら治せる」

 まくし立てるモーリスの言葉を遮り、ヒューロはあっさりと告げた。

「それに、約束だから」

 そう呟いたヒューロはモーリスの前に屈んだ。

「脚、見せて」

「お、おう」

 ただならぬ雰囲気のヒューロにモーリスはただ従うしかなかった。差し出された右脚にヒューロは両手をかざす。

「じゃあ行くよ・・・。“右脚よ、治れ!”」

 ヒューロがそう口にした途端、ぽうっとその手のひらから光が溢れ出した。

「な、なんだよ・・・。これ・・・」

 異様な光景を目の当たりにし、モーリスはゴクリと生唾を飲む。ヒューロを見ると、力を込めているのか、顔が引きつっている。

 しばらくすると、モーリスは右脚の付け根から何かもぞもぞと這い上がって来る感覚を覚える。

「待ってくれ!ヒューロ!こ、怖い!」

「いいから!頑張って!」

 そうヒューロが叫ぶと、その違和感は右脚全体に広がっていく。光がより一層強まる。そして、視界全体を包んだかと思うと、光は徐々に弱まっていった。

「はあ、はあ、どう?」

 額からどろりと流れる汗を手で拭いながら、ヒューロはモーリスに具合を問う。それを受けてモーリスは恐る恐る右脚を地面に着けてみる。すると、モーリスの目にはじんわりと涙が浮かび始めた。

「ある!感覚が、あるよ!」

 数年ぶりに大地を踏みしめる感覚を得られた感動からかモーリスはぼろぼろと泣き出してしまった。そしてその功績を収めたヒューロに思わず抱き着く。

「ありがとう・・・。ありがとう!ヒューロ!」

 それに対してヒューロは息も絶え絶えになりながら答える。

「はあ、はあ、当たり前だろ。約束だからな」

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