産まれたる悪領4

「ま、いいでしょ」


 全員が戦慄の表情で見つめるなか、玉座へと戻ったメルサーヌは股間に鮮血を滲ませて失神したバロキエを完全に興味を失った目で一瞥し、カーライルへ視線を向ける。


「カーライル、手頃な提案をしてちょうだい」


「手頃、ですか。そうですねえ」


 カーライルは左手をあごに当ててしばし思案の素振りをしてからラティメリアとガルティエへ視線を向けた。


「貴族家ベッケンハイムは廃止、ガルティエは新たに騎士家イオリスを与え当主とします。バロキエはガルティエの監視下で終生蟄居としましょう。現ベッケンハイム騎士家はドルガノブルクへの忠誠を条件に存続を認め、叛意が認められた場合はガルティエの責任とするのが宜しいかと。また、ラティメリアを騎士団長へ任じ彼女をベッケンハイム勢の総監督とします」


「ふぅん……ま、そんなところかしらね」


「おおおおまちくださいませえええっ!」


 首肯したメルサーヌを止めるようにラティメリアが声を上げた。


「わた、私が騎士団長でございまするか!? カーライル殿、アドニス殿、タルカス殿を差し置いて!?」


 悲鳴のような問いにカーライルとアドニスが笑う。


「ああ、僕とアドニスはそもそも騎士団には入りませんよ?」


「気心知れた近侍でなけりゃこのじゃじゃ馬の面倒見れねえだろ?」


 タルカスは誰の目にも見えるように指の三本欠けた左手を差し出す。


「私はもう一線でお役には立てませぬ。騎士団に入っても後進の育成に携わろうと考えております」


「お、おお……」


 唖然とした表情でラティメリアがメルサーヌを見上げる。彼女は十字傷の顔をほころばせて言った。


「この中で犯罪を犯したことも不忠を成したこともないのはあんただけ。しかもただひとり私に付き従ってバロキエの下に乗り込み開戦の狼煙を上げた唯一無二の功績持ちよ。騎士団長としてこれ以上の逸材がいる?」


「え、付き従って、ええ、開戦の狼煙って、えええ……?」


 確かにメルサーヌの言葉はなにひとつ間違っていない。

 ただ、敢えてラティメリアひとりを連れて突入したのも、わざわざ彼女に狼煙玉を投げさせたのも、全てはメルサーヌだったというだけの話で。

 メルサーヌは目を細めて、敵味方の主要人物全てがいるこの場で敢えて声を抑えず口にする。


「正直、私たちはなにかを治めるにはちょっと手を汚し過ぎたわ。だからと言って今更この椅子を誰かに譲るつもりもないのだけれど……せめて守護者は綺麗な手をしていたほうが守られる側も安心だと思わない?」


 つまり、悪事の限りを尽くして来た次期領主の対となる“もうひとつの神輿”として、ラティメリアは最初から選ばれていたのだ。


「し、しかし、私はそもそも職業騎士ですらございませんが……」


「そんなもん俺様もカーライルも一緒だぞ。未だに騎士団の見習い長剣使ってっしなあ!」


「それは事情が極めて特殊なだけでございましょう!?」


「いやなに、心配には及びませんよ」


 カーライルの視線を受けてタルカスがこの場で初めてにやりと騎士らしい笑みを浮かべる。


「職業騎士に相応しい力を身に付けられるまで、僭越ながらこの私がみっちりとご指導させていただきますとも。ラティメリア騎士団長殿」


 ラティメリアは周囲へ救いを求めたが、彼らに意見出来る者などいようはずがない。ましてやベッケンハイム勢にとっては多少なりともと思われる上司に仕えられるなど願ってもない好条件だ。

 ガルティエなど今にも泣き出しそうな目で彼女をじっと見つめている。ラティメリアがあくまで固辞すれば、自分たちがどれほど陰惨な末路を辿る羽目になるか想像するも悍ましい。

 どうやら自分はまたしても孤立無援であるらしい。そう気付いたラティメリアは大きく溜息を吐いて居住まいを正す。


「その……微力ながら、謹んでお受け致します……」




 こうして西の果てで勇名を馳せていたベッケンハイム領は滅びた。

 そして十年前彼らに滅ぼされたはずのドルガノブルクが再興されたこと、とりわけその領主が悪名高き狂犬一家の三悪人であることは、大陸全土を文字通り震撼させたという。

 ベッケンハイムが支配下に置いていた三領のうち二領はそれぞれ元領主の血族へ、旧ドルガノブルク領は協力者へと移譲され、新生ドルガノブルクと同盟関係を結んで独立。

 この動乱以降、ドルガノブルクは領主たちに負けず劣らず世に蔓延る悪漢共の暗き聖地として栄えていくことになる。


 三悪人が城をとる物語は、これにておしまい。

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