目覚める後継ぎ3

「まずは立場をはっきりさせましょうか。あんたにはみっつの選択肢があるわ」


 顔を上げたラティアの眼前に傷物きずものが指を一本立てる。


「ひとつ、今すぐこの城を離れて今後も平民として過ごす。私のことは忘れなさい。タルカスも誰も二度とあんたとは関わらないわ」


「平民として……」


 城を離れて、というのであればつまりこの城にくるまでの生活に戻るということだろう。


「そう。本来ならお互い二度と関わらないっていうのがお父さまの決めた方針なの。だからこの場は例外として、あんたはそれを選んでも構わないわ」


 そこまで言って傷物きずものが二本目の指を立てる。


「ふたつ、先代騎士団長ラグワルド・フォン・カルムネーの娘として私の傘下に入る」


 妥当な選択肢であり、基本的にはそれを期待されているのではないかとラティアは考えた。しかし懸念もある。今更こんなところまで乗り込んできた目的はなんなのか。


「その場合は、その……これからなにをなさるのでございますか」


 戸惑いがちなラティアの問いに傷物きずものは微笑みと共に「まだないしょ」とだけ答え、三本目の指を立てる。


「みっつ、バロキエへの忠義を守り私とタルカスを通報する」


 傷物きずものがにこやかな表情のまま両手のひらを彼女へ差し出すと、まるで手品のように全ての指に鋭い金属片が握られていた。


「その場合は今すぐ殺すけどね」


「ころ……」


 唖然とするラティアがなにか反応するよりも早く傷物きずものは左手の金属片を手首の振りだけで全て厩舎の壁へと投げつけた。それはまるで定規でも当てたかのように縦一列に並んで突き刺さる。


「これは選ぶなら二言叫ぶより先に喉と目玉が潰れる覚悟でしてちょうだい」


「せ、僭越ながら……実質ふたつしか選択肢がないのでは」


 震え気味な疑問の声に傷物きずものが小首を傾げる。


「そう? 平民も騎士も生きてるばかりが幸せとは限らないもの。最後に我を張って果てるなら死に様としては上出来なほうじゃないかしら。あんたそういうのにうるさそうだし」


「あー、はい……それは……さようでございます、ね……」


 この十年いったいどんな人生を送ってきたら、あのりんご好きの朗らかなお嬢様がこんな殺伐とした死生観の悪漢に育ってしまうのだろう。少なくとも自分よりは遥かに苦難の日々だったに違いないのだろうが、その件については一旦脇に置くことにして視線を落とした。

 今はもっと優先度の高い問題が目の前にあるのだから。


 とりあえず、いくら今の主がバロキエだからと言って、命をかけてまでこのふたりを売るような気持ちはさすがに微塵も持ち合わせていない。単に死にたくないというだけでなく、すじで考えても人情的にもみっつ目の選択はありえない。

 どちらかといえば僅かなりとも彼女の、彼らの力になりたい。

 平民として生きてきた身でなにができるとも言えないが、しかしそれでも、わざわざ危険を冒して会いにきた元主君の娘を蔑ろにするような真似は、いくら騎士家の名を捨てたとはいえ今は亡き両親の名誉にかけて自分が許さない。


 気持ちの整理をつけてラティア、否、ラティメリア・フォン・カルムネーは視線を上げた。

 選べと言われているとはいえ、自分は彼女に必要とされていると感じていた。

 その気持ちに答えるためにも、親兄弟の仇に玩弄され抗う気力もなく抑圧された日々を送っていた自分と今、この場で決別する。


「浅学非才の身なれどこのラティメリア、只今この場より粉骨砕身お仕えさせていただきたく存じます」


 強く明確な意志の宿った瞳を正面から受け止めた傷物きずものは鷹揚な笑みで彼女を受け入れた。


「その言葉確かに受け取ったわ。それじゃあラティメリア、早速あんたに最初の任務を命じるわね」


「はい! なんなりとお申し付けくださいませ」


 その返事を聞いた傷物きずものは自分の潜んでいた茂みから大きな袋を引きずりだしてきた。


「着替えと化粧を手伝ってちょうだい」


「は?」


 理解できずに小首を傾げたラティメリアの顔を見て傷物きずものと笑った。


「だってこの服とこの顔じゃあ城内をうろつけないでしょう?」

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