これが私のセカンドライフ!――元社畜OL、もふもふとして一生懸命働きます!――
和宮衣沙
第1話 終わりは何かの始まりです
「あー、疲れた。もー働きたくないわね」
「全くです……なんかこう、自動で家まで運んでくれる機械欲しいですよね……」
歩くのも面倒です、とため息を
時刻は夜11時。正しく半日以上を会社で過ごした
職場がある辺りは街灯や店から漏れる灯りで比較的明るいが、二次会で盛り上がっている時間ともなれば、人通りも車の交通量も随分と減っている。
バスを逃してしまった以上、面倒だろうが自分の足を動かさないと、安息の地には辿り着かないのだ。
「あ、なんか昔の映画で、目的地を言うだけで家まで連れ帰ってくれる車ってありましたよね」
「絵莉ちゃん、あなたいくつだっけ……」
「花も恥じらう乙女な年です!」
「そういう答えが出てくる時点でやばいわよ」
すかさず人生の先輩が助言をくれた。
まじですか。10年も社会人をしているといつの間にか初々しさを消失してよろしくない。まぁ乙女なことは事実だけど。
「可愛いし面白い子なのに、どうしてなのかしら」
「
「それはそれで私が大変だわ……」
隣で木崎さんが口をへの字に曲げて項垂れる。
甘え上手な後輩は、自身の仕事に一段落ついた頃に彼氏の迎えが到着し、一足早く帰ってしまった。
典型的な現代っ子だ。
湊先輩お疲れさまでーすと元気よく手を振った姿を思い出す。
「ともかく、こんな時間まで頑張ってくれる絵莉ちゃんには、幸せになってもらわなきゃね。ちゃんと人通りの多い道を通って帰るのよ」
「木崎さんも是非に。あなたがいないと私すごく困っちゃうので」
答えて笑えば、それを男に向けなさいと言われてしまった。
苦笑と共に機会があればと返し、心配性な同僚に別れを告げる。
そうしてまたぽてぽてと歩みを進め、願われた『幸せ』を考えた。
流石に30歳を越えると結婚している友人も増えてきて、自分もそろそろ……と思ったりもする。でもザンネンなことに喪女な私は、自分が男性に甘えるということをサッパリ想像出来なかった。
咲ちゃんのように、ナチュラルに彼氏の腕に絡み付く。胸を押し当て、笑顔で見上げる。
さむっ。
いや、無理だね。
自分がする姿を思い浮かべると、どんな苦行かと思ってしまう。
やっぱり自然に任せた方がいい。
それに私には、彼氏がいなくても十分幸せになれる方法があるのだ。
もこもこの毛、ぴくぴくと動く耳、ぱたぱたと揺れる尻尾。
想像するだけで頬が緩む。この世に生きるもふもふ達が、私の至高の癒しになっていた。
今夜8時からの面白動物番組も勿論録画予約済み。見ればきっと上司の無茶振りで生まれたストレスも吹き飛ぶはずだ。
ムフフ、と一人で怪しい笑いを漏らしつつ、近くのコンビニに寄り道する。
手にしたのはちょっと高めのチョコスイーツ。
あざましたーとおざなりな礼を背中に受けつつ、贅肉のもと――ではなく自分へのご褒美を提げて、横断歩道を渡り始めた。
お? 事件かな。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきて、道を開けろだとか、止まれだとかいう声が響いている。
こんな時間に本当にご苦労さまだ。たまには静かな夜を過ごしたいだろうなぁ、などとぼんやり考えていた――その、次の瞬間だ。
ブレーキ音と誰かの悲鳴が耳に届き、振り返る。そこでようやく、自分に迫る2つの光に気がついた。
(あ、)
そう思えたのは一瞬のこと。
脇からもげるかと思うほどの衝撃が襲い、気づけば宙を舞っていた。ただ、その間が思ったよりもずっと長い。
なにせ頭の中では31年分の記憶が巡っていたのだ。
途中でこれがいわゆる走馬灯かと気がついた。死ぬ間際に訪れるというそれは、命の危機を回避する方法を模索するために起こるらしい。
でも、残念だ。
私の頭の中には、この出来事への対処法など存在しない。
なす
「――っ」
声が、出ない。
痛いなんてものではなく、身体がばらばらに裂かれるような気分だ。燃えるような熱さを感じたかと思えば、今度は手足が急速に冷えていく。
ぴくりとも、動けない。
うそ。
これは、もしかしなくても、人生終了のお知らせですか?
まだもふもふ愛でてないのに……と思っても、どんどん視界が暗くなっていく。
――ああ。30まわって童貞だったら賢者とか聞いたけど、女だったら何だろう。聖女かな。
最期に思うことがそれかと自分自身でも突っ込みながら、眠りを求める体に全てを委ねた。
どうか、次に生まれ変わるなら、もふもふと一緒にのびのび仕事ができる身でありますように。
そこで、私の世界は暗転した。
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