第30話 可愛いの効力
気を取り直してテスト勉強に取り掛かる。
俺は特に古賀の妹――
「え、これ解けちゃうの!?」
数学の応用問題を難なく解いてみせると、それ以降文句を垂れることはなくなった。それどころか俺の隣に移動して来て、俺は今、妹サンドイッチ状態である。
うちの妹にちょっとでも触れたら殺す。
みたいな圧を正面から感じ、冷や汗を浮かべながら指導する俺。それを知る由もない夏希はというと、わからない箇所をグイグイ質問してくるのだった。
流石は受験生なだけあって、勉強に対するひたむき度合が凄い。が、どうしても数学の図形の証明が苦手らしく、俺はそこいらを中心に指導を進めていった。
「こうして等しい角度見つけると解きやすいぞ」
「ホントだ。こんなにサクッと解けちゃうんだ」
教えれば教えるほど、どんどん問題を解けるようになる夏希。
「学校の先生よりもわかりやすいかも」
「つまり俺は天才だと」
「そこまでは言ってない」
いつしか自然と会話も増え、最初こそ威圧感のあった表情は、次第に柔らかく、年相応の可愛らしいものとなっていった。
(こうしてみると、マジでスペック高いなこいつ)
ついつい見入ってしまうくらいには、横から見た夏希の姿が魅力的に映った。笑った表情がこんだけ可愛いなら、普段からこうしていればいいのに。
「何か」
「ああいや、何というか」
不意に夏希と目が合う。
流石にジロジロ見過ぎたか。
訝し気な視線を向けられた俺は、咄嗟に口を開いた。
「今の方がよっぽど可愛いなと思って」
「はぁっ!? い、いきなり何!?」
あ、やべ。
つい本音がそのまま出ちまった。
「かっ、可愛いって……ババッ、バカじゃないのっ!?」
瞬く間に赤面した夏希は、俺から距離を取るように後ずさる。それと同タイミングで古賀と陽葵が手を止めて、俺に細い視線をぶつけてきた。
「ちょっと。人の妹気安く口説かないでくれる?」
「そうだよ。悠にぃごときがおこがましいよ」
「べ、別に口説いてねぇし」
俺は女子に可愛いと言うことすら許されないのかよ。
「そもそも最初にこの子の可愛さを説いたのはお前らだろ」
「それでも今の悠にぃの言い方には悪意があった」
「何だよ、悪意って……」
可愛いに悪意もクソもあるか。
俺はただ本心をそのまま口にしただけだ。
「いきなり可愛いなんて言われたら、女の子はビックリしちゃうんだからね?」
「ビックリだぁ?」
言われて俺は、もう一度夏希を見やる。席からはみ出す勢いで、俺との距離を保つその美少女は、今にも爆発しそうなほど顔を赤く染めていた。
一瞬目が合ったかと思いきや。
「見ないでよ……」と、すぐに視線を逸らされてしまう。
「ほらぁー、悠にぃが珍しく色目使うからぁー」
「んなつもりは……」
「なっちゃん照れちゃったじゃん」
「照れてないっ――!!」
ストレートな陽葵の言葉を、夏希は声を大にして否定する。平静さを欠いた時に、わかりやすく顔に出るこの感じ、どっかの誰かさんによく似てるわ。
(やっぱり姉妹なんですね、この二人)
「陽葵も照れてるとか、いちいち言葉にしないでよ!」
「だって今のなっちゃん、見たことないくらい顔真っ赤だし」
「……っっ!!」
反論できず、グッと唇を噛みしめる夏希。
「まさかとは思うけど、悠にぃに惚れたりしてないよね?」
「あ、当たり前でしょ……!!」
陽葵が追加で言えば、勢いよく立ち上がり前のめりになる。
「可愛いって言われたくらいで惚れるわけないじゃん!!」
なんて口では言ってますけども。
動揺しているのは一目瞭然である。
(これ、まんざらでもないのでは?)
「やめといた方がいいと思うけどなぁ」
俺が密かに悶々としていると。
陽葵は諦めたような顔でちらりと俺を見た。
「この人顔はまあまあいいけど、中身死ぬほどめんどくさいし」
おい、マイシスター。余計なことを言うんじゃない。せっかく俺に惚れてくれたかもしれない子だぞ? マイナスイメージを植え付けてどうする。
「それに重度のシスコンだから、惚れるだけ無駄だろうし」
「だから惚れてないってば!! うちはそんなにチョロくない!!」
「ならいいけど。なっちゃんすんごい乙女の顔してたからさ」
「別に乙女の顔なんて……うちは……」
羞恥ゲージが限界を超えたのだろうか。夏希は高揚した顔を両手で覆うと、するりとテーブルの下に潜り込み、小さく縮こまってしまった。
この感じからして、おそらくこの手の話題が苦手なのだろう。俺はとっくに色恋に冷めてるから何とも思わんが、思春期真っ盛りのJCには、ちと刺激が強いか。
「ちょっとちょっと。兄妹でうちの妹いじめないでよ」
妹のピンチを前に、険しい顔を浮かべる古賀さん。
「これでも夏希はすんごいシャイで純粋な子なんだから」
「でも美緒さん的に照れてるなっちゃんってどうです?」
陽葵が聞くと古賀はハッとして、何やらテーブルの下を覗いた。顔を上げた後、悟りを開いたかのような面持ちで言う。
「控えめに言って最高」
「もうっ! 二人とも黙っ――イタッ!!」
ガゴン! と鈍い音がなり、テーブルが一瞬跳ねるように揺れた。と思ったら、机の下で「うぅぅ……」と、悶絶する夏希。普通に痛そう。
「おデコぶったぁぁ……」
「なっちゃん大丈夫?」
「ドジな夏希もかわよす」
「地獄かよ、ここは……」
俺の可愛いが招いたこの事態。
このわちゃわちゃがいわゆる女子のノリというやつなのだろうか。古賀や陽葵におもちゃにされ、おデコをぶつける夏希が、あまりに不憫で仕方がなかった。
* * *
その後、再び勉強に戻ったが。一度途切れた集中を、再び持ち直すのは難しいようで、陽葵はというと「あー」だの「うー」だの意味のない声を漏らしていた。
「ああもうっ、ぜんぜん集中できなーい」
「あたしも。さっきので完全に集中力切れた」
やがて陽葵と古賀は揃って根をあげる。
まあ言うても2時間くらい集中したしね。
「そんじゃまあ、ぼちぼち休憩にすっか」
「そうしよー」
こうなっては、勉強しても無意味だろう。
ここは一度休憩して、気持ちをリセットするのが吉だ。
「うちはまだやれるけど」
「ダメだよなっちゃん! 休憩も大事だよ!」
ストイックな夏希に向けて、陽葵はここぞとばかりに言う。
「あんまり詰め込み過ぎちゃうと、逆におバカさんになっちゃんだからね!」
どういう理屈だよそれ。
だったら初めから勉強会なんてしない方がいいだろ。
「えっ、そうなの!?」
お前も信じるな。素直か。
「そうそう! だから一旦勉強はおしまいにしよ!」
すると陽葵は唐突に立ち上がる。
そして元気いっぱいに拳を突き上げた。
「ということで、休憩ついでに今からみんなで遊びに行こう!」
何を言い出すかと思えば。
みんなで遊びに行くだぁ?
「カラオケとかどう? ストレスの発散にもなるし一石二鳥だよ!」
「いや、どう考えても行かないだろ」
「でも陽葵はすごーく行きたいなぁ」
懇願するような目を向けてくる陽葵。
その姿は天使を超えて、もはや女神と言っても過言ではないくらいキュートだが……勉強を教える立場として、今日ばかりは甘やかしてやれない。
「ダメです」
「いいじゃん今日くらい!」
「そもそも勉強会の休憩でカラオケ行くって、どこの世界のパリピだよ」
「歌ってストレス発散するんだから、理にかなってるじゃん!」
「ストレス発散してる暇があったら、英単語の一つでも覚えなさい」
心を鬼にして言うと、陽葵は「むぅ~」と頬を丸めた。そのムスッとした表情が死ぬほど可愛くて正直ヤバいが、そんな顔をされても折れないのが今日の俺である。
「ねぇなっちゃん。なっちゃんだってカラオケ行きたいよね?」
俺を説得するのを諦めたのか。
今度は俺を挟んで、夏希に訴えかける陽葵。
「う、うちは別に」
「えぇ~」
「そもそもうち、カラオケ行ったことないし」
「大丈夫だよ! 陽葵だって、美緒さんだってついてるもん!」
「あ、あたしっ!?」
「ねっ、美緒さん!」
続いて陽葵のエンジェルスマイルは、古賀へと向けられた。急に仲間に加えられたことで、一度は困ったように苦笑いをした古賀だったが。
「知ってます? 実はなっちゃんすんごく歌が上手なんですよ!」
「えっ!? そうなの!?」
「そうなんですよ! 音楽の授業の時にいっつも先生に褒められてて!」
「ちょっと陽葵。美緒ねぇに余計な情報を与えないで」
愛する妹が歌ウマだという情報が出た瞬間、目に見えてソワソワし始めた。そのまましばらくテーブルの上で視線を泳がせた後。
「ま、まあ。あたしは最初から行ってもいいかなって思ってたけど」
「やったぁ!」
ものの見事に心変わり。
陽葵の話術にまんまとしてやられましたこの人。
「ほらなっちゃん! 美緒さん行くって!」
「ホント陽葵ってこういう時頭回るよね……」
ウキウキな陽葵を前にガクリと肩を落とす夏希。
やがて大きなため息を吐くと、諦めたように言った。
「少しだけね……」
「なっちゃん好きー!」
こうして勉強会はなぜかカラオケに。
初日からこれで、テストは本当に大丈夫なんですかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます