第324話.指導という名の雑談

 本校舎一階の端にある生徒指導室。

 その中心に私を含めた3人が対面しあっていた。


「さて、忘れたとは言わせないからな?色々と同棲の件について聞かせてもらおうか」


 目の前に座るのは羽挟先生。

 元々切れ長かつ威圧感のある目つきの人なので、怒っていなくとも少し怖い。

 そして隣には私の彼氏、刻が座っていた。


「そうですね。先生はまず何から聞きたいですか?」


 私が代表してそう尋ねると、先生は腕を組んでから少しした後に口を開いた。


「まずは大前提としての話だが、お前達のご両親はこの事を知っているんだろうな?」

「それはもちろん。というかむしろ私達の親が嬉々としてこの同棲計画の案を練ってたくらいですしね」

「なるほどな」


 これにはさほど驚いた様子も見せずに先生は淡々と続ける。


「じゃあ次だが、同棲してるところから見てもお前達は恋人の関係にあるとみて間違いないな?」

「はい。私と刻は自他ともに認めるバカップルです!」

「あれ、俺達ってバカップルなんだ」

「鏡坂はこう言っているが?」

「家での様子を見たら先生もバカップルだと思うので安心してください!」

「……そうか。まぁ、家での様子は聞かないことにするが」


 珍しく視線を泳がせながら先生はコホンと咳を一つした。

 それが切り替えるためのものだったのか、単純に生理現象として出たものなのかは分からない。だが、間違いなく先生の纏う雰囲気は柔らかなものにへと変化していた。


「指導……という前に、ご両親からの許可が出ているのならそれに対して私達が口出しすることはない」

「そうなんですか?」

「まぁ、世間的に見たらダメだと言われる案件ではあると思う。不純異性交友だとか古い考えの人がやっかみに来る可能性だってゼロではないだろう」


 いや、むしろ先生の言った今の言葉の方が正しい。

 世間的に見ればこれはなんの財力も持たない、ただの一子供が夫婦の真似事をしているのと大して変わらないのだから。


「けれど私はお前達の人となりを知っている。そんな不純な理由だけで付き合うような奴らではないと分かっているし、何より2人の関係性自体元々長いものらしいじゃないか。幼稚園時代からの仲らしいのだから、お互いの事だってちゃんと信用しているだろう」

「はい。刻の事はとても信頼してます」

「右に同じく」


 そう言うと先生は笑って私達の事を見つめる。


「やっぱり高校生というのは面白いな。いや、お前達が特別面白いのか」

「面白い?」

「あぁ。さっきの信頼していると私に伝えてきた時の表情、あんなものは普通高校生には出来ないよ。下手したら大人ですら出来ない奴らの方が多いのかもしれない」

「先生は出来ますか?」

「私か?私はそうだな……"出来ていた"かもしれないな」


 昔の事を思い出すように窓の外を眺めながら先生はそう私達に教えてくれる。


「私にも若い高校生時代があったんだ。その時ならお前達と同じ表情ができたかもしれない」


 何やら含みのある言い方に少し引っ掛かりを覚えてしまうも、それは踏み込んでいいものなのかは私には判断しかねる。そしてそれは隣の刻も同じようだ。


「まぁ、そんな私の昔話は気にしなくていいんだ。そんな事よりも同棲の件については黙認するとしてだな、不純ではないとはいえ、ちゃんと健全な付き合い方をしているだろうな?」

「と言うと?」

「まぁ、人によってそこの差異は生じるだろうが、そうだな、まだキス程度の関係性という認識でいいか?という話だ」


 こう尋ねられて私と刻は思わずフリーズしてしまった。

 そしてそれが少々露骨に出過ぎていたのかもしれない。

 先生は少しの沈黙の後に大きく「はぁ……」とため息をつくと私達の事を一瞥し、口を開いた。


「……鏡坂」

「は、はい」

「万が一の時には逃げずにちゃんと責任を取るんだぞ。着けていてもできる時はできるんだからな」

「それはちゃんと責任を取ります。もちろん最後まで」

「よし、ならいい。それと空宮」

「ひゃ、はいっ!」

「私でも大学時代の経験だったが……その、最近の高校生カップルは割と普通なのか?」

「ど、どうなんでしょう。あ、でも雪と濱崎くんカップルならもしかしたら……」


 私がそう言うと先生は珍しく大きく目を見開いた。


「あそこも付き合ってたのか……。そうか。まぁ、時代が変わっているという事なんだろう」


 そう言うと先生は最後に呟くようにして「私もそろそろ節目かな」と独りちた。

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