第19話.夏休みの前日
燦々と照りつける太陽の日の光が、痛いくらいに暑い。肌からは汗が滝のように流れ、持ってきておいた汗ふき用のタオルも、今やただの濡れた布になってしまっていた。
「暑い……」
季節は夏。登下校の際に使用する道の途中に生えている木からは、ミンミンとうるさく蝉が鳴いている。
周りを歩く人達もその蝉の鳴き声が不快なのか、時折木の方に目をやっては嫌そうな顔をしている。
駅から10分程かけて学校の校門まで辿り着いた。学校の前にあるこの長い坂にはどうも悩まされる。長いし疲れるし暑いし、受験の時は全然疲れなかったのだが。
多分あれだな、緊張してて疲れとかを感じている暇が無かったのだろう。
「おはようっ!」
校門の前には「ザ・熱血」といった風貌の体育教師が数人並んで朝のあいさつ運動をしていた。あいさつをするのは大切なのかもしれないが、いくらなんでも力が入りすぎだと思う。
2年生のクラスは本校舎の四階に位置する。これがなかなかキツい。教師は校舎の真ん中辺りに位置するエレベータを使ってもいいが、生徒は怪我とかをしない限りは使えない。つまりは登下校や移動教室の際は、階段を全て昇り降りしなければならないのだ。
冬の寒い季節ならばまだ構わない。暖かくなるし。だが夏ともなればまた話は変わってくる。ただでさえ日本の夏は暑いのだ。温帯湿潤気候のせいで、日本特有の蒸し暑さがあり、しっかりと三十度以上をキープ。
(このままいくと熱中症で倒れますぞ。だからエレベーターは自由に使ってもいい!)
エレベーターの需要の高さを心の中で必死に訴えながら、自分の教室へと入る。中では今どきなハンディファンを持った女子達が、楽しそうに会話をしていた。だが俺がそんなものを持っている訳もなく、暑いのを我慢しながら席に着いた。
自分の席でうつ伏せになる。暫くの間その体勢をキープしていると、頭上の方から風が吹いてきた。風の吹く方向に意識を集中してよく聞いてみると、どうやらそれは女子達が持っているハンディファンと同様の物のようだ。
少しだけ首を持ち上げて風の吹いてくる方に顔を向けた。するとそこにいたのはハンディファンを持った空宮と凛の2人。
「あ、刻起きた?」
「刻くん起きたね」
2人は顔を見合わせて笑い合っている。
そんなに笑うほどおかしいか?寝癖、寝癖なのか?いや、多分俺が起きた事に笑ってるんだろうな。そんな事で笑えるなんて俺は嬉しい限りだよ!うん!!
「どうした?」
自分の中のもう1人のテンションに着いて行けず、仕方なく凛と空宮に話しかける。
「あのね、夏休みの部活の予定表ユウが作ってくれたから持ってきたの」
そう言って空宮は俺に一枚の紙を渡してきた。華山もこんなもの作ってくれるなんて気が利く。
「ありがとさん」
「いえいえ」
空宮に礼を言うと空宮は、そんな事ないよとでも言うように手を振った。
(まぁ、ありがたいのは事実だし感謝もしてるからな。あとは華山にも感謝。ついでに後ろからずっと風を送ってくれてる凛にも)
俺ってば感謝しかしてないな。
「あ、ホームルーム始まるし私達は席に戻るね〜」
「私は刻くんの隣だからあんまし関係ないよっと」
空宮は時計を見た後そう言って席に帰っていった。凛は俺の隣なのですぐそこにいる。
暫くの間俺と凛が会話をしていると、担任が前方の扉から教室に入ってきた。
「よーし、ホームルーム始めるから席に着けぇ」
うちの担任である羽峡先生は気だるそうにそう言う。というか実際だるいのだろう。目の下には隈があるし、せっかくの美人がもったいないな。
「えーと、今日はこの後に終業式があって、通知表配って、夏休みのめんどい宿題配って終わりです。はい、ホームルームしゅーりょー。時間まで喋ってていいぞー」
そう言って羽挟先生は教室の端にある誰も使ってない椅子に座って本を読み始めた。
言わなくても分かるとは思うが、担任の羽挟先生は割と緩い。というか緩いを超えてただ雑なだけだ。だけどまぁ、早く終わるから生徒からは人気なのだが。あとは本当に美人だ。
✲✲✲
俺達は終業式を終えて、教室に戻り色々と配布物を貰った後、部活の打ち合わせのために部室に向かう。
なんでも、「夏休みにちょっと楽しい事をするよー!」との空宮からの伝言だ。何だよ楽しい事って。
俺は部室の前に辿り着くと扉に手をかけた。扉はするりと開き、俺は中に足を踏み入れる。
「来たぞ〜」
中には俺を除いた3人がいた。華山・空宮そして凛。凛は約2ヶ月ほど前、つまりは皆でカラオケに行った日の一週間後ぐらいに
このPhotoClubに入部したのだ。
「お、刻も来たね」
「こんにちは鏡坂くん」
「やぁ、さっきぶり」
3人は口々にそう言う。俺は聖徳太子でもなんでもないが、なんとか全員が言っていることを聞き取れた。
俺はそう思いつつ、3人の方を見る。すると3人は机の上に何か紙を広げてそれを取り囲むように見ている。
「ん、なんだその紙」
気になった俺は聞いてみる。
「あぁ、これね。これはね、いわゆる旅のしおりだよっ!」
「これは夏の合宿の時の情報を書いておいた紙ですよ」
お、おう。空宮のハイテンションを押さえつけるかのように、華山が重ねてきたな。おっと、そんな事よりも合宿とか今言ったか?
「合宿に行くのか?この部活が」
俺は思わず聞いてしまう。すると、華山が説明をしてくれた。
「はい、顧問の先生が学校とか近所の写真ばっかりじゃ飽きるだろうから、たまには遠出してここでは取れないものを撮ろうよ。という事だそうです」
「そういう事。それよか、顧問の先生いたんだ。俺全然知らなかったわ」
「いるよ!ほら、美術の華山先生。ユウのお姉ちゃんなんだって」
あぁ、そういや一回会った事あるな。あの人ここの顧問だったのね、美術部とかじゃなくて。
俺は納得したようなしなかったような、そんな違和感を覚えつつも3人の会話に混じる。
夏休みのための打ち合わせの始まりだ。
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