第5話.幼馴染

 一昨日の部活の後、俺は灯崎にこう言った。


「今日は、諦めろ」


 これを聞いた灯崎はもちろん落ち込んだが、その後華山を先に帰らして灯崎に詳しくどういう意味かを話した。それを聞いた後はあの態度にも納得したらしく、笑顔で部活へと戻って行ったのだ。

 それもびっくりするぐらいの笑顔で。


「あいつ、メンタルマジで強いなぁ」


 ボソッと呟きながら俺は自分のクラスまで歩いていく。

 時刻は7時50分。

 学校に登校する時間にしてはまだ早く、学校にいる生徒は俺以外には朝練で活動しているやつぐらいだ。

 あの1人の例外を除いて。



✲✲✲



 既に鍵の空いている教室の扉に手をかける。

 教室は太陽の柔らかい光が入り込んできて暖かい。

 そんな教室の中、太陽の光がまるでスポットライトのように当たっている場所に1人、その例外がいる。


「あ、刻おはよー!」

「あぁ、おはよう。お前は朝から元気だな」


 こちらに気付いて挨拶をしてくれたその例外。

 その可愛らしい顔をした女子生徒は、空宮蒼。幼稚園からの幼馴染だ。

 空宮は昔っから活発な奴だったから、朝から元気なのも分かるのだが、それでも元気すぎやしないだろうか。

 挨拶だけ返し自分の席につくと、小テストの勉強をするのに必要な道具をカバンから出す。


「ふあぁ……」


 ついついこの教室の暖かい空気に誘われて、心地のいい眠気に襲われてしまう。

 いかんいかん、今から小テストの勉強をしないといけないのに。


「な〜に?まだ刻眠いの?」


 声のする方を向くと、すぐ目の前に空宮の顔があった。

 距離にして約15センチ。


「……驚くからもう少し離れたところで、声かけろよ」

「えー、全然驚いてないからいいじゃん」


 空宮は不満そうに頬を膨らませている。

 いや、驚くとか驚かないとかの問題じゃない。今の距離、男女の友人の仲にしては近すぎだから。見る人が見たら、勘違いする。


「まぁ、俺今から勉強するからあっち行ってろ」


 空宮を手で払うと勉強を始める。

 しかし、中々空宮は移動しない。

 それどころか、話しかけてきやがる。


「刻の真面目〜。一緒に遊ぼーよー!」


 こいつは、俺の邪魔しかしないのか。

 先程から「ね〜、聞いてくれないとこうするぞ?ほらっ!うりうりっ!」と言いながら、俺の頬をその白い華奢な指でつついてくる。


(痛い痛い。指が刺さってるよ?)


「後で遊んでやるから、スマホでも触っとけ」


 面倒くさくなったので俺は自分のスマホを渡した。

 空宮に言わせたら、俺のスマホにはゲームアプリが沢山入ってるから暇つぶしには最適らしい。

 というか、空宮はなぜわざわざ俺の背後に周り背中にもたれてきてるんだ?

 なんか、いい匂いするし。ポニーテールにした髪の毛が当たってくすぐったいし。


「集中できん……」



✲✲✲



 昼休み。

 購買に行き、いつも食べてる惣菜パンを買う。

 今日は1年生が校外学習でいないから比較的にスムーズに買えた。

 中庭へ行くといつもの定位置へと向かう。


「今日の小テストいまいちだったな。再テストにならなかったから、良かったけど」


 俺は今日の三時間目にあった小テストの出来具合を思い出していた。結果は良くも悪くもなく、ただなんとも言えないパッとしない点数。


「はぁ……」


 俺はため息をついた後、パンの袋を開ける。

 そして食べようとすると俺の後ろに人影が写った。

 するとその人影はいきなり俺の首を絞めるかのように後ろから抱きついてくる。


「刻ー!!一緒にお昼食べよー!!!」

「……っ!?」

「あ、ごめん。大丈夫?」

「ケホッ……」


 謝るくらいなら、初めからするなよ。

 こっちは死にそうだったんだから。


「大丈夫だ」


 一応大丈夫と空宮に伝えて、パンを食べようとする。

 すると、さも当然かのように空宮は俺の隣に座ってきた。


「え、なんで座んの?」


 聞くと、空宮は朝見た時と同じ様な顔で不満そうにしてる。


「一緒にお昼食べよって、今言ったじゃん」


 そうだったっけ?

 俺の記憶には首締められた記憶しかないのだが。


「はぁ……まぁいいや。ほらっ、食べよ?」


 空宮はそう言うと、手作りの弁当を出してきて隣で「頂きまーす!」と言って食べ始めた。

 別に俺、一緒に食べるつもりなんてなかったんだけど、もうなんでもいいや。

 俺と空宮は黙々と食べ進める。

 すると空宮が喋り始めた。


「ふぉうふぃや、ふぉふぃふぇふふぉ、ふぉふふぁっふぁ?」

「よしまずは飲み込め」


 口の中に食べ物が残ってたらしく、全然何言ってんのか聞き取れなかった。

 隣を見ると、最後お茶で流し込んだ空宮がこっちを向いた。


「そういや、刻はテストどうだった?」


 なるほどさっきはそう言っていたのか。

 いやー、発音が悪すぎると本当に何言ってるのか分からなくなるもんだね。

 でもって、テストの出来具合を聞いてくるか。


「普通だ」


 俺は主観的な立場から、テストの結果を伝えた。


「えー、普通って刻の普通いっつも高得点じゃん。そんな曖昧だったら分かんないよ!」


(曖昧でいいだろうよ。50点満点の小テストの結果聞いて何が楽しいんだよ)


「まず人の点数聞く前に、自分の点数言わないといけないな」


 こう言っておけばこいつも大人しくなるだろう。

 さてと、自販機で水でも買おうかな。

 そう思っていると、空宮が誇らしげに口を開いたのだ。

 あの勉強とテストがとても大嫌いな、あの空宮が。


「ふふん、なんと今回私は46点を取ったのです!!」

「なん……だと!?」


 にわかには信じられない。あの空宮が46点。

 そんなに今回のテスト簡単だったか?いやそんなことはない。割と普通に難しかったはずだ。なのに、あいつが46点。


「ほらっ、私は点数言ったよ?次は刻の番!」


 空宮は悲観している俺の事などどうでもいいらしく、ズバズバと聞いてくる。

 あぁ、メンタルが削られる……。



✲✲✲



 放課後。

 俺は教室を出て、交流棟へとショートカット出来る渡り廊下に向かった。

 すると後ろから誰かが小走りで近づいてくる。

 もう誰なのか予想出来ている自分が怖い。


「刻ー、一緒に帰ろ〜」


 やはりその正体は、空宮だった。


「無理だ。今日は用事がある」

「用事?刻に何があるの?」


 こいつ完全に俺を暇人扱いしてるな。

 間違いではないんだけど。


「この前も、刻と一緒に帰ろうとしたらいなかったし。何かしてるの?」

「部活だよ」


 俺は短く的確に言った。

 間違いも何も無い、真実を。

 だが、空宮にはそれが信じられなかったらしく「うっそだ〜」とか言ってる。


「マジだよ」

「え、マジなの?」

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