第5話
「やれやれ、後は……モニカ嬢にサインを貰うだけだな。本当にすまん」
旧知である友とは言え、爵位関係なく息子がしでかしたことにメインサーリオ公爵は深々と頭を下げる。
頭を下げる彼の肩を叩き、首を横に振る。
「お互い、馬鹿な子供を持ちましたな」
そう言って糸目にして笑っていた。
「そうだな。なあ、今のモニカならサインをしてくれるだろうか?」
幼い頃から知っている、我が娘も同然な彼女の行動はある程度把握しているが、確認のために父親の顔色をうかがっていた。
ベディラリーヌ侯爵ハッと息を漏らし、呆れた顔をして二度頷いていた。
「それならいいのだが……正直世話の焼ける話だ」
「ともかくこれで落ち着いてくれれでよいのですが、二度はないでしょうし」
ディオールのサインした紙は二重になっており、サインをした紙には婚姻に関するもの。
その隠されている場所にはいくつかの制約が設けられていた。
「お、おいそれはまだ……モニカのサインがないのだぞ」
「大丈夫です、これでも父親ですから」
それから二人は馬車を走らせモニカの所へ向かう。
夕暮れになっていたが、未だ怒りが収まっていないモニカは一切の躊躇もなく、書かれている内容を全く読むこともなく父親から言われた通りにサインを乱暴に書いて、さっさと部屋から飛び出した。
学園が始まってからというもの、何かと啀み合っている二人だった。けれど、どれもが実にくだらない内容ばかりで、周囲の目からはただじゃれ合っているようにしか見えていなかった。
大抵のことは周りからは冷やかされ、その争いはすぐに収まる。
激しい口喧嘩だったとしても婚約破棄という言葉は今まで無かった。
そのためあの場にいた全員が半信半疑だった。しかし、わずか三日もたたずして両家からの招待状が送られることになる。それをみて誰もが『やっぱり』と呟いていた。
きっかけはほんの些細なもの。
自分から「好き」って言葉が言えないから、相手に言ってもらおうと、それはそれは微笑ましい学園生活を送っていた。
既に学生でなくなった二人は、あの日から一週間後。聖堂の前で再会することになる。
ディオールは白のタキシードを着せられ、モニカは純白のドレス姿。
それだけで何が始まろうとしているのか、二人はすぐに理解する。
「ディオール……ばかっ」
「モニカ……ごめん」
式場からは外野の声はうるさいほど、何度も二人の耳に届いていた。
しかし、二人はその言葉に反応しようにも、突きつけられた突然の婚姻にただ戸惑うばかり。
ディオールは綺麗に整った彼女の姿に赤面し、モニカにとっても視線が右往左往していた。
「モニカ、好きだよ」
その言葉に二人の体がビクリと反応する。
友人の一人が、隣りにいた友人の肩を掴み大きな声で言い放つ。
「ディオール。わたしも……好きよ」
外野が芝居じみたことをしているものの、二人はただ顔を赤くするだけ。
当然、そんな二人を見て外野が黙っているはずもなかった。
二人がその言葉を口にするまで続いていた。
「さっさと言ってしまえ、始まらないだろうが!」
「ディオール! お前、プロポーズの言葉もなしに結婚するつもりか?」
「モニカさん、そんなヘタレなんか止めて俺と結婚してくださーい」
「ディオール様、わたくしはいつでも待ってますわよ」
「ばか、お前は出てくるな!」
ディオールは、モニカを肩を掴む。
向かい合ったモニカの顔はみるみる赤く染まっていく。
「モニカ、好きだ! 俺と結婚してください」
「いいぞ、ディオール。ガンガン攻めろ!」
「攻めろと言っても、ここで誓いのキスをするなよ」
好き勝手言う友人たちだったが、それでも暖かく見守ってくれていた。
ディオールはモニカを抱きしめる。
離したくはない、自分のどうでもいいプライドのため彼女を泣かせてしまった。あの時あんなことをしなければ、モニカが泣くことがなかったと強く抱きしめてしまう。
「モニカごめん。約束する、もう二度と君を泣かせたりはしない」
彼女のためなら、こんなプライドは不要だ。
失うことがどれだけ辛いことか……
「私もう泣いているのだけど……でも、許してあげる。ディオール、宜しくお願いします」
「モニカ、ありがとう」
「馬鹿騒ぎはこれぐらいで、そろそろ始めてもよろしいですかな? 私達も暇ではないのですよ?」
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