青と黄色と、ときどき黒
オレンジ
第1話 青と黄色
住宅街の一角に、青い屋根にグレーの壁、庭というほどのものはなく、なんとなく刈り込んである庭木の周りに、これまた何となく植えておこうかという体で花が植えられている。
家のローンは35年払い。
定年を過ぎても払い続けなければならない。
2階建の、取り立てて特徴のないごく普通の家。
そこに4人家族とペットが、ありふれた日常を過ごしている。
しかし、人間がペットを飼ってあげていると思っているのはただの傲慢。
もしかしたら、ペットの方が人間に付き合ってあげていると思っているかも知れない。
それは、神のみぞ知る。
《けっ、またこれかよ。俺らの好みが分かってないよな》
《仕方ないよ、あるだけマシだと思わないと》
《お前は検診に行ってたから知らないだろうけど、あいつら美味しそうなの食ってたんだ。なんだかパリパリしてて、香ばしくて、うまっ、を連呼してたんだぜ》
《あー、ポテチっていうんだよ。拾って食べたことあるもん。まず口に入れるとパリッって音がして、香ばしくて味が濃くて塩っけもきいてて、何とも言えない魅惑の味が口いっぱいに広がるんだ》
思い出しただけで、顔がとろけている。
《何だよ、俺にも言ってくれれば食べたのに!なんでお前、黙ってたんだよ!》
《だって言えば横取りするだろ?まだ体格差で負けてるからね》
《お前!!》
《なんだよ!》
一家団欒、いつもの日常。
家族4人、まったりと晩御飯を食べている。
大黒柱の父、井上英介は、ビールを片手に唐揚げをつまみ、油っこいのか「うえっ」意味のない言語を呟いている。
美智子のおっとり母さんは、先ほどから豆がつまめないのか、箸で何度も煮豆を掴もうとしているが、今だに達成出来てない。
一郎兄は、スマホを片手に、口に唐揚げを押し込んだまま、なぜかフリーズしていた。
そして、私、彩(あや)は、家族よりも先ほどから騒々しい場所に気を取られ、口からご飯をこぼしていた。
「彩、ご飯がこぼれてるわよ。」
おっとり母さんが、煮豆と格闘するのをやめ、スプーンを手に取り大量にすくっている。ついでのように注意されたが、私より気になることがあるのでは?
「あー、ごめんごめん。それより、皆んなさっきから気にならないの?」
お父さんも少し赤ら顔で私をチラリと見、兄もフリーズから戻ってきた。
「あれはいつものことだからな。しかし、今日は特にうるさい奴らだ。おーい、お前ら、こうなりたいかぁー!」
酔っ払いが唐揚げを箸でもちあげ、美味そうに口へ運ぶ。
「あいつらがいると賑やかでいいと思ってたけど、何騒いでんだ?案外、俺らの悪口だったりしてな。こら、うるさいぞ!」
リビングの片隅で、先ほどから騒いでいる者達に言う。
お父さんと兄から言われ、一瞬にして黙った。
そして、
『あゆたん、あゆたん、すきー』
シーンとした室内にこだまする。
『キュルル、キュルル、あゆたん、すきー』
ダンッ、激しい音に、口から唐揚げが飛び出しそうだ。
おっとり母さんがいきなり椅子から立ち上がったのだ。
「あなた、あゆたんって誰!」
父さん、ビックリ!
なぜか、兄は下を向く。
『あゆたーん!』
拍車をかけるように、まだ続く言葉。
「あなた!!」
動揺したのか、なぜか唐揚げをビールに突っ込みタレのように浸して食べている父。
「なんのことだよ、しらんよ、あゆたんなんて。一郎じゃないか?なあ?」
兄に振るも、ガン無視されている。
さっきまでのまったりした雰囲気が、ちょっとした修羅場になった。
《よく分からんが揉めてるぜ。俺を唐揚げにするとかいうからだ》
《ねぇ、どこで、あゆたんを覚えたの?》
《イチローがさ、あゆたん、あゆたん言うから覚えたんだよ。お前も俺も、さみしいからとか言ってあいつらの部屋に連れて行かれるだろう?イチローが、あゆたんをよく言ってたから適当に言ってみたら、エイスケが怒られてるぜ》
《んじゃ、違うのも言ってみなよ。他にイチローは何言ってたの?》
『あゆたん、ぢゅー、ぢゅー』
お母さんもお父さんも兄も、声のする方にすかさず向く。
『ぢゅー、ぢゅー、ぢゅー』
そして、カミナリが落ちた。
「あなた!!!」
《へっへっ、怒られてる》
《人間って大変だねぇ》
《お前も喋れよ》
《やだよ、めんどうだもん》
《結構、退屈しないな、後はメシだな》
《美味しい物、食べたいね》
《何でもいいから、違うもの食べたいな》
なぜか、ウチのインコ達の声が朗らかに聞こえる。
先ほどまでギャーギャーうるさかったのに?
私が近づくのは、リビングに置いてあるケージに入った2羽のインコ。
一羽は蛍光色で黄色の雄のセキセイインコ、レモン。
もう一羽は、新入りでやってきた、青い羽衣セキセイインコのアオ。
羽衣インコは羽根が特徴的で、背中に二つの花が咲いたようになっている。
アオの方はまだ喋れない。
アオは小さいからまだよく分からないが、多分雄のインコだ。
よって先ほどから喋っていたのは、先住インコのレモン。
「レモン、もうやめなさい。お父さんが可哀想でしょう。まったく誰が教えたんだか。いい、もう喋らないの!女の人の名前を言ったらダメ!」
怒られて、レモンの目が見開いた気がした。
(ちよっと悪かったかなぁ。レモンは覚えた言葉を喋っているだけだもんね)
『アヤ、しゅきー』
『キュルル、キュルル、アヤ、チュ』
「はぁもう、レモン、激カワ。あぁ、可愛いー。レモン、アオ、私もしゅきー!」
そして、テーブルの上に出されていた今日の晩御飯のトウモロコシを持って来た。
《人間ってちょろいね》
《だな、おやつゲットだぜ》
《またやろうね》
《へへ、暇潰しにちょうどいいや》
もらったトウモロコシにご満悦しながら、今日もインコ達はご機嫌なのである。
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