23 乗り掛かった泥船
珍しく、
僕以外の誰かと一緒に眠っている隼人を見るのは長い付き合いの中でも滅多になかった。バンちゃんじゃなきゃダメという言葉を信じて、背中を貸すのはいつも僕だった。心底信用できる相手じゃなきゃダメなんだと隼人は言った。
ま、朔と満は別格、不思議と僕も嫉妬を感じない。穏やかな時間が流れる午後のひと時だ。深夜に予測されるトプトプちゃんとの対決を控えている。嵐の前の静けさ。
と、ピヨッと隼人が頭をあげる。
「
すぐに一階のドアが開く音がする。ドアの音に気が付いた朔と満も目を覚ます。コンビニに行ってくる、そう言って出かけた奏さんだった。きっと隼人に何かを
コーヒー
奏さんが買ってきたのはプリンだった。ほかにも何か買ってきたようだけど、隼人が頼んだのは、プリンを一人に二個ずつだ。今すぐ食べて、あとでまた食べようと思っているんだ。残りのプリンとそれ以外を奏さんが冷蔵庫にしまった。
生クリームが絞り出してあるプリン、朔は苦手なのか、生クリームを
ったく、仕方ないなぁ……黙って僕も朔の真似をして隼人のプリンに生クリームを乗せてあげる。にんまりと、嬉しそうな顔をした隼人だ。
「そういえば、隼人、
奏さんが隼人に訊いた。
「珠ちゃん? 猫又の珠ちゃん? なに、それ?」
隼人が口の端にはみ出した生クリームをペロリと舐める。
「珠ちゃんとは
「おまえのお見舞いにこないだ来たんだ。隼人、寝てたからなぁ」
「なにぃ! お見舞いって、なんで珠ちゃん、ボクが怪我したって知ってんだよっ?」
「奥羽が言ったんじゃないか?」
「それじゃ何? ボクが羽を
「隼人、まずは落ち着いてプリン食えや」
「落ち着いてなんかいられるもんか! 羽根を毟られた鳥族って、もう目も当てられないくらい惨めなんだ、瘦せっぽちで、お肌はブツブツで。いつもの優雅さも美しさもぶっ飛んで、プライド滅茶苦茶……奏ちゃんなんかに判るもんか!」
と涙目になりつつ、ちらりと隼人、プリンを見る。
「でも、まー、今は奥羽ちゃん、いないもんね、プリン食べよう」
と、ニッコリするとプリンを食べ始める。隼人、その切り替えの恐ろしいくらいの速さ、
ニヤニヤ笑いながら、奏さんが僕に言う。
「それにしてもバン、プリンを隼人に出した時、珠が来たって言わなかったんだ?」
「うん、ごめん、うっかりしてた。ほかの事に気を取られてた」
ほかの事……隼人の機嫌取りだ。
「ふぅん――珠ちゃん、元気だった?」
と隼人、怒鳴られるようなことを言わないよう気をつけながら僕が答える。
「うん、元気は元気だった。お金の使い方を覚えたんだって。それで隼人にプリンを買ってきたんだって言ってた」
「へぇ、お金、どこで手に入れたんだろう?」
「そこまで聞いてないよ――そうだ、なんかね、山の水が枯れたって言ってた。だから
「山の水?」
「うん、珠ちゃんが住んでる隣の山だって。その山から妖怪たちが大挙して――」
「バンちゃん!」
「はいっ?」
「なんでそんな大事なこと、今まで黙っていたんだよ!?」
これ、大事なことだったのか? 猫又の願掛けが? いや、そうじゃなく?
「まぁ、いい。プリン食べ終わったらコーヒー持って全員、リビングへ。検討会を始めるからね――朔ちゃん、地図、持ってきて」
珠ちゃんが住んでいる山は神奈川県の
東に街道が通り、その街道から西に延びる二本の道で挟まれているが、その二本の道はどちらも発電のための施設、大松湖に行きついて巡回する。大松湖を堰き止めるのが本松ダムだが、この湖、揚水式発電施設で流れ込む川はない。大松湖と本松ダムに行くにはこの二本――繋がってるのだから一本か、しか道はない。
「トプトプちゃんの本体は水を支配しているとボクは見ている」
リビングのソファーで隼人が言った。
「珠ちゃんが住んでいる山の隣山の水が枯れた。これ、トプトプ本体に関係しているとみるのが順当――でも、その隣山にトプトプ本体が潜んでいると考えるのは短絡的だよね」
地図を見ながら隼人がさらに言う。
「大松城跡の半分が今は墓地。城跡のすぐ横に
「満月城と同じ流れの武将だったらしいぞ。次々に落城する際、そこに集まって善後策を練ったんじゃないのかね」
奏さんがそう言い、
「この大松城が地域の、当時の最有力者の住まいだったってことだね――でも、これで武者モアちゃんの正体が本当に判った」
隼人が安心した顔をする。
「そして、
「どうする、隼人?」
訊いたのは朔だ。だが、それに答えず隼人は奏さんに訊いた。
「奏ちゃん、すぐに車、出せる? とりあえず行ってみようと思う。地図じゃ判らない何かが隠されているって感じる」
「うーーーーん」
「隼人、そんな地名の場所ってのは、必ず大昔から続く『
「奏ちゃん……」
隼人が奏さんの顔をまじまじと見る。
「奏ちゃん、
「ん?」
奏さんが照れたような笑みを見せる。
「そうだな、どっちもだな」
すると隼人がニッコリ笑った。
「ありがとう、奏ちゃん――奏ちゃんも、ほかのみんなもボクが守る。何にも心配いらない。大丈夫」
奏さんはそんな隼人の言葉を信用なんかしていない。顔を見れば判る。でも、隼人にこう答えた。
「そうだな――こうなったら乗り掛かった舟、毒を食らわば皿まで、隼人に付き合うよ」
奏さんの言葉に、朔も満も力強く頷く。それに隼人がニッコリ笑む。
「それじゃ、バンちゃん、行こうか」
隼人が僕の腕に、いつものようにしがみ付く。
なんだよ、僕にはなんにも確認しないのかよ?――ま、言われなくとも一緒に行くさ。
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