5 僕と隼人
八王子駅南口から、少し登った北斜面中腹に探偵事務所『ハヤブサの目』はある。一階が事務所、二階は三LDKの住居、僕と
一階は、ドアを入ると広がる事務所、右側に階段があって二階に通じる。事務所にはソファーセットがあるだけだが、カウンター代わりのローチェストに仕切られて、奥には書架が並んでいる。ローチェストを回り込んで書架の並ぶエリアに行くと端のほうに簡易キッチンがある。だが、ま、事務所が使われることは滅多にない。僕たちはさっさと、居心地のいい二階へと足を運んだ。
二階のリビングで、ソファーを隼人が占領する。
「
言うなりゴロンと横になり、ソファーの座面と背もたれの継ぎ目に顔を突っ込む。隼人、やっぱり眠かったんだね……
「奥羽のヤツ、どこまで行ったのかなぁ」
「
(バンちゃん! 鳥ってね、割と虚弱体質なんだよっ!)
いつだったか隼人が僕に言った。
(鳥類ってさ、少なくとも空を飛べるヤツは消化時間が短くて、常に下痢気味。しかも、骨粗しょう症――さっさと消化して排泄する、わざわざ大と小を分けたりしないんだ。体重を軽くするため骨はスッカスカ、空を飛ぶためさ。そんな感じで実は結構ひ
ハヤブサで急降下したうえ、カノプス壺を出現させたり消失したり、そうだ、見えない壁も出していた。ウジャドの目も何回か使ったはずだ。普段、何にもしないでピヨピヨ文句ばっかり言っている隼人にしてはよく働いた。きっとクタクタだ。それにしたって隼人、おまえ神だろ? もう少しなんとかならないのか?
そうは思うものの、奏さんがタバコを吸い始めれば必ず貰いタバコの隼人が起きもせず、コーヒーの匂いが立ち込めても反応しないとなると、そっとしておこうと思ってしまう。バンちゃんは隼人に甘すぎると、
息苦しさを覚えて
ちなみに
「バンちゃんが起きた!」
ダイニングで隼人の声が響き、コーヒーを催促される。たまには自分でやりなよと思うけれど、やっぱり言えない。
寝ている間に奥羽さんも来ていたようで、打ち合わせはすっかり終わっていた。
「で、僕は何をすればいいの?」
僕の質問に、隼人が不思議そうな顔をする。
「バンちゃんに任せる仕事なんてあるの?」
コーヒーカップに顔を隠して
「バンちゃんはバンちゃん! ボクのご飯作ってコーヒー淹れて一緒に寝てりゃあいんだよっ!」
「まるで嫁だな」
奥羽さんがぼそっと言って、満が今度は面白くなさそうな顔をする。
「読め? ル・ヌ・ペレト・エム・ヘルでも持ってくりゃあ、読んであげなくもないよ」
ル・ヌ・ペレト・エム・ヘル――『死者の書』だ。
「読むんだな? 本当に読むんだな? ここの一階の本棚にあるのは判っているんだぞ?」
「フン! どうせ
「聞いてみなくちゃ判らんだろうがっ!」
奥羽さんが立ち上がり、ピョンピョン左右に飛び始める。
「うっさいっ!」
隼人が奥羽さんと遊んでいる間に奏さんが僕に簡単な説明をしてくれた。
雨を降らせる怪異の正体は判らない。が、朔たちの屋敷と
どちらにしても判断材料が少なすぎる。隼人は朔と満、奥羽さん、奏さんにそれぞれ調査を命じ、具体的な指示を出した。
「奏ちゃん!」
素っ頓狂に隼人が叫ぶ。
「バンちゃんに余計なこと言うな!」
奥羽さんと遊んでいると思ったら、ちゃっかり僕と奏さんの話を聞いていたらしい。
「もう帰って! コーヒー飲み終わったらさっさと帰って! ボク、もう眠たいんだよっ!」
隼人が言い終わる前に奥羽さんは階段を降り始めている。朔に促され満が何か言いたげに帰っていく。『それじゃ、隼人を頼んだよ』と奏さんも帰っていった。
「ボク、シャワー。バンちゃん、ちゃんと片付けて」
戸締りをして台所を片付け終わるころ、シャワーを終えた隼人が戻り、交代で僕もシャワーを使う。髪を拭きながらシャワーから出てくると、リビングのソファーで隼人が僕を待っていた。とっくに自分の部屋で寝ていると思ったのに。
上半身は裸のままだ。まぁ、寝るときはいつもそうだ。僕を見るとスックと立ち上がりムッとした顔で僕に近づいてくる。
「バンちゃん……」
「はいっ?」
コイツ、怒ってる、マジで怒ってる。いつもの冗談と違う……
「本当に、モアモアちゃんたちの正体が判らなかった?」
僕を
「うん……全然わからなかった」
「本当に? 血に敏感な吸血鬼じゃなかったっけ?」
「あ……でも、判らなかった」
隼人の髪が腕の動きで揺れる。ほんの少し赤み掛かった黒髪、真直ぐでサラサラで肩に届く長さで切り揃えられている。
小柄で細身だけれど均整の取れた身体、無駄な脂肪も余計な筋肉もない、だからこそ空を飛べる美しい身体――隼人、おまえ、なんて綺麗なんだろう? 僕はつい、
髪を拭いていたタオルを放り投げ、隼人がニヤリと笑う。僕の首に腕を回し、首を少し傾ける。
「隼人……」
「お腹いっぱいになった?……なら、もう寝よう。明日は忙しい」
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