第2話 ご近所さんで友達未満の男の子はカッコいい

「おはよう!」

「おはよう……」


 どこか気まずげな朝日あさひ君の声に少し苦笑してしまう。


「優等生二人が揃って遅刻か。珍しいな……」


 二限目を担当している現国の先生が目を丸くしていた。

 確かに、私も朝日君もほとんど無遅刻無欠席。

 それがここまで遅刻すればびっくりもするだろう。


「ちょっと駅で人助けをしてたんです。だよね?」

「そこまでたいそうなものじゃないんだけどなあ」

「朝日君はもう少し胸を張った方がいいと思うの」

「いやまあ。当然のことをしただけというか……」


 朝の一幕を見ていた私の正直な感想は一言で言うと、カッコいい。

 言葉にするのも恥ずかしいけど、朝日君のことは前からずっと気になっていた。

 それに加えて、今朝のテキパキとした動き。

 オロオロすることもなく動ける朝日君に改めて惚れ直してしまった。

 そんな風に毅然としていた彼なのに、今は恥ずかしそうにしている。

 それがギャップでさらに可愛く思えてしまう。


「もうお前ら結婚すればいいんじゃね?」

「そうだそうだー」

「家も近所なんでしょ。お似合いだよー」


 皆、本気で言ってるわけじゃないんだろう

 たまたま、私たちが一緒に登校してきていた。

 でもって、親しげに話しているからのからかいの言葉。

 そんなからかいの言葉に朝日君はどう反応するんだろう?

 そう思っていたのだけど。


「別にそんなんじゃないって。家が近くで時々雑談するくらいだって」


 その声色は照れているんだろうか?

 それとも、鬱陶しく思っているんだろうか。

 もし、前者だったらいいなあ。そう思ってしまうけど。

 でも、後者の方がありそう。


 そんな揺れる気持ちを抱えながら着席したのだった。


◇◇◇◇


(はあ……やっぱり朝日君はかっこいいなあ)


 ぼんやりと授業を受けながら考えるのは彼のこと。


 小中高と一緒で時々クラスも一緒だからわかる。

 朝日君は本当に優しい。

 たとえば、


「スマホ買い替えようと思ってるんだけど、朝日詳しいだろ。いいの知らないか?」


 友達からそう相談されれば、用途やスペック、色々を聞いて。

 そして、おそらく裏で徹底的に調べて、翌日に何事もなかったように要望にあった機種を教えてあげている。


 昔から男女分け隔てなく接するものだから、女の子からもよく悩み相談を引き受けている。特に、親と折り合いが悪いとか人間関係の悩みをよく相談されているみたいだった。


 私は彼に悩みを打ち明けたわけじゃないけど、友達からの評価はといえば


「朝日君って、親身になって話を聞いてくれるよね。ほんとにいい子ってカンジ」

「そうそう。でも、大人っていう感じでもなくてちょっとピュアなとこもいいよね」


 そんな感じで好意的なものが多かった。

 イケメンで体格に優れていて、運動も得意で、みたいなタイプではないけど。

 いぶし銀的な魅力があるのが朝日亮あさひりょうという男の子だった。


(朝日君はきっとあのことは忘れてるんだろうなあ)


 昔、小学校高学年の頃。

 優等生ぶった態度が気に食わないとかで一時期私はイジメを受けていた。

 ランドセルを蹴倒されたり、給食のパンをランドセルに詰め込まれたり。

 そんな地味だけど、傷つく嫌がらせの数々。


 決定的な証拠があるわけでもないので黙って耐えていた日々は唐突に終わった。

 別に朝日君がいじめっ子の前に立ちはだかってかばってくれたわけじゃない。

 朝日君はそういうアピールが逆効果になることをわかっていた節すらある。

 実際、それより前にかばってくれた子がいたけど、いじめっ子のいじめはかえって陰湿化しただけだった。


 じゃあ、朝日君はどうしたのかといえば、いじめの首謀者と取り巻き、どういうイジメが行われていたのかを担任の先生に細かく報告していたらしいのだ。最初は、


「そんなの子ども同士の喧嘩でしょ?」


と取り合わなかった担任の先生だったけど。生徒からの評判が良い先生にも同じようにいじめ被害を報告するに至って動かざるを得なかったらしい。


 この辺りは小学校を卒業した後に、お世話になった先生に聞いた話なのだけど、


「朝日君はすっごく頭がいい子だからねえ。あの子は大人の世界をよく見てるよ」


 そう苦笑いしながら語っていたのをよく覚えている。


 そんな、目立つでもなくひっそりと誰かの助けになれる朝日君がいつもうらやましくて、中学に入った後は彼のことをよく目で追うようになっていた。


 「ご近所さん」じゃなくてもう一歩踏み込みたいと思うまでにそう長い時間はかからなかったのだけど、踏み込めない理由があった。


 中学に入った後のある日のこと。たまたま、家を出る時間が同じで校舎まで一緒に歩いたことがあった。それは良かったのだけど、校舎に入ろうとするタイミングで一言。


「僕は先に行くから」

「え?」

「こないだ、仲良く話してただけで恋人でもないのにからかわれてた奴いたでしょ。箱田さんもそういうのは嫌だろうし」

「私はその、別に気にしないけど……」


 本音だった。その頃から、少し気になっていた存在だったから、からかわれるのは恥ずかしいけどそれより一緒にいてもっと知りたいという気持ちが勝っていた。


「いやいや。遠慮しなくていいから。それじゃ」


 なのに、朝日君はそんな風にそっけなく先に校舎に入ってしまったのだった。

 それ以来、私たちの間で成立した暗黙のルール。

 基本的に、校舎には一緒に入らない。


 それに、私にしてみれば朝日君の言葉が気遣いなのか、距離を取ろうとしての言葉かわからなかった。だから、だから、朝にたまたまタイミングがあった時に話せるのは私のちょっとした楽しみだった。


(結局、私は朝日君の事が好きなんだよね)


 本人には言ったことがないけど、時々、わざと登校タイミングを合わせて一緒に登校したことだってある。でも、今日の件ですら距離が縮まらなかった。このままだと想いが届く日は永遠に来ないような気がする。


(あ、でも)


 閃いたのは、朝に助けたおじさんをダシにするというアイデア。普段、教室内では話しかける勇気が出なかったけど、あの後、おじさんがどうなったんだろうということにすればきっと。こんなことを考えている時点で私はダメダメなのだけど。


(それでも、勇気を出さなきゃ)


 このまま、ただのご近所さんで居たくない。

 だから、昼休みになって私は決意を秘めて彼の机に向かって行った。

 そして、


「朝日君。ちょっと話があるんだけど、一緒にお昼食べない?」


 これまでの人生で一番の勇気を振り絞ってそう声をかけたのだった。

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