その4 怪盗ルパン&モリアーティ教授から宝石を守れ!!

 私の体感ではあっという間に23時50分になった。

 馬車に乗って博物館へ向かっている最中に、私はホームズに最後の事件の内容を全て明かした。

 何十件も解決し過ぎて、あの世へ行く寸前の顔つきをしていた彼は途端に息を吹き返し、今日一番に目を爛々らんらんと輝かせて、ふがふがと何かを語っていた。

 お目当ての博物館に到着するやいなや、ホームズがトイレに行く時以外見られなかった駆け足で博物館の中へと入る。私も後を追っていると、すでに彼が館長達と話していた。

「ふむふむ、つまり、24時にこの宝石を盗むというんだね?」

 ホームズが親切に彼らが話していた内容を簡潔にまとめて確認してくれている。館長が「はい。その通りです」と返事していた。

 私の懐中時計では、23時55分になっていた。周囲の警官達の緊張も最高潮に達している。ホームズもショーケースに展示された豪華な宝石をマジマジと眺めている。

 ついに24時になった──不気味にシンと静まる館内。誰もが汗を一筋流して、眉唾を飲み込む。

 30秒が経過した──館長が「来ないじゃないか」と呟いた、その時。

 突如暗転する館内。一気に騒ぎ出す警官達。ホームズは何か叫んでいるし、私もどうすればいいか分からず、手当り次第に私の横を通っていく人らしきものを殴る。

 再び明かりがついた。私の目の前には警官が数人倒れている。だが、それよりも宝石はどうなっているのかとその方を見ると──案の定、空っぽだった。

「ふははははは!!」

 どこからともなく声が聞こえる。警官の一人が「あそこにいるぞ!」と指をさす。皆がその方を見ると、宝石を大事そうに抱えている怪盗ルパンが石柱のてっぺんに立っていた。

「ここで会ったが百年目!捕まえてやるぞ!」

 ホームズがどこぞの刑事の雰囲気を醸し出しながら無謀にも柱を登って捕まえようとしている。それに続けと警官達も同様にワッセワッセと芋虫のように列をなしていた。

 そんな奴らを嘲笑うかのように、ルパンはそこから飛び降り、まるでムササビのように滑空して、入り口へと向かっていた。

 一番そこに近かった私が一目散に追いかけて外に出ると──馬車に乗っているルパンとモリアーティ教授が、

「悪いな。ワトソンくん。この空飛ぶ馬車を借りていくよ」

 と、シルクハットを外して別れを告げた。

「ま、待て!」

 私が止めようと一歩踏み出したのもつかの間、ルパンが機械音声に「アメリカまで頼むぞ」と言って馬車を発車させた。

 二歩目を出した時には、時計台のてっぺんまで浮かび、数キロぐらい距離を離していた。

 自然と膝から崩れ落ちた。奴らを取り逃がしただけではなく、何百万もかけて作った馬車も盗まれてしまったのだ。

 ホームズ達もドタバタと遅れてやってきた。警官達は見上げたまま口をあんぐりしていたり、後を追いかけようと馬車に乗り込んだりしていた。

 ホームズはパイプをくわえて考えているような素振りを見せていた。

 誰もがこの状況に絶望し諦めていた時──遠くの方で爆発音が聞こえた。ロンドン塔の近くで花火のように鮮明な光が弾け散っていく光景が目に入った。

「なんだ、あれは?!」

「一体何があったんだ?!」

 警官達は予想だにしていなかった事に慌てふためいていた。私も何が起きたのか分からず、呆然と二つの火の玉が街へと落ちていく様を見ていると、「みなさん」と呼ぶ声が聞こえてきた。

 その場にいた全員が、ある一人に注目した。

 ホームズがパイプを手に持って、してやったりとでも言いたそうな顔をしていた。彼は再び「みなさん」と改めて呼びかけてから話し出した。

「さぞかし驚かれた事でしょう。なぜ私とワトソンが乗ってきた馬車が突然空中で爆発したのか……それはこれが関係してあるのです」

 ホームズがコートのポケットから──何と盗まれたはずの宝石が出てきたのだ。

 これには館長も「それは我が博物館の!でも、なぜ君の手の中に?」と尋ねている。これにホームズは「良い質問だ」と調子の良い声で笑った。

「ルパン達が盗んだのは。あれは宝石に見せかけたなのです」

「ば、爆弾だって?!」

 思わず声を上げてしまった。あのホームズが爆弾を作れるとは考えられなかった。それに、いつ爆弾と宝石をすり替えたのだろう。そもそもなぜ彼は爆弾を用意できたのだろうか。事前に知っていなければこんな事はできないはず。

 頭の中で疑問が満ちていた時、まるで私の心を読んだかのように言った。

「実は昨日、館長からこの事件の相談を持ちかけられていたのです。そこで奴を捕まえる方法を考えた私はある協力者の力を借りて爆弾を作ってもらいました……まさか教授も捕まえるとは予想外でしたけど」

「協力者は誰だ?」

 警官の一人がそう尋ねると、ホームズはこっちに来るように誰かを手招く動作をした。

 すると、そこに現れたのは、なんとコリネットおばさんだった。

「随分昔ですが、彼女は爆弾を作る仕事をしていました。それを知っていた私はあらかじめ彼女に宝石とそっくりに作ってもらうように頼んだのです。そして、それを彼女の旦那である館長に協力して、警官が来る前にすり替えておいたのです」

 彼の話に誰もが開いた口がふさがらなかった。私も顎がはずれそうなくらい開けっ放しだった。私の知らない間にそんな事をしているとは夢にも思わなかった。

 ふと懐中時計に目をやると、24時5分だった。ちゃんと5分以内に解決している所も脱帽せずにはいられなかった。

「驚いたよ、ホームズ」

 私は敬意を込めて彼と握手をかわした。ホームズは小声で「馬車を壊してすまなかった」と謝っていた。

 私は「いいんだ。気にするな。今回の報酬でもっといいのを作る。防犯アラーム付きのをね」と歯を見せて笑った。

 余談だが、警察の捜索により、爆発した馬車の残骸と黒焦げになったルパンとモリアーティ教授が発見された。二人は病院へ1年の入院をした後に裁判へかけられるのだそう。

 時を戻そう。コリネット夫妻を自宅まで送り届けた私とホームズは超絶早いダッシュで帰宅し、24時10分に就寝した。

 そして、ちょうどこの仕事を始めて50年目の朝を迎えたのである。

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ホームズのハードすぎる一日 三玉亞実 @mitama_ami

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