ホームズのハードすぎる一日

三玉亞実

その1 個室トイレで事件を解決する名探偵

 ホームズは8時に起床し、5分以内に朝食と身支度を済まさなければならない。

 これから膨大な数の事件を解決しなければならないからだ。

 食事は決まってサンドウィッチ。30秒もあれば作れる上、着替えながら食べられるからほぼ毎日の食事の献立になっている。

 私、ワトソンはホームズよりも5分早く起きて、すべての支度を終えたので、あとは彼が終わるのを待つだけである。

「ワトソンくん、ちょっとトイレに行ってもいいかい?」

 おっと、ここで緊急事態発生。ホームズがトイレに行きたいと言い出した。

 顔の表情から察するに大きい方だろう。彼の尻と腸具合にもよるが、早くても3分かかる。

 時計を見れば残り1分になってしまった。金づ──ゴホン、依頼人を待たせる訳にはいかない。

 私は心を鬼にして、ホームズを無理やり外に出させ、家の前に停泊している馬車に乗り込む。

 この馬車は私が作った近未来型の馬車で、声で目的地を言えばそこに行ける。

「マーシャル婦人の屋敷まで頼む」

 私が8時05分になったのを確認し車に向かってそう言うと、馬車に内蔵された機械音声が『かしこまりました』と言って、車輪を

 そして、信じられないスピードで飛行する。そのくらいの速度となるとホームズと私の顔には暴風雨並の風が押し寄せ、口角どころか瞼までひっくり返す。

 さて、こんな表情で申し訳ないが、ここで事件発生から解決までの流れを説明する。

 まず、5分で目的地に到着。もちろん、依頼によっては場所の距離が変わるため、通常の馬車や徒歩では間に合わない(逆もまた然り)。だからこの超高速馬車で向かう。

 目的地に着いたら、待機している依頼人や警官などの話を聞く。もちろんそれも5分で終わらせなければならないため、事前に伝えたい事を紙でまとめて、それをホームズに伝える者が多い。

 ここで、ホームズの見せ場である事件の解決が始まる。もし殺人事件であれば犯人を名指しして、トリックを説明する。無論、5分で。

 そうこう説明していると、馬車が目的の婦人宅に降りた。懐中時計を見ると8時10分ちょうど。完璧だ。

 私は今にも漏らしてしまいそうなホームズを無理やり引っ張って、扉を開ける。

 そこには、マーシャル婦人と容疑者らしき数人の男女、警官1名が綺麗に一列に(私が事前に言っておいた)並んでいた。

 本来ならここで事件の詳細と証言を聞かなければならないのだが、ホームズが限界寸前だったのか、トイレに一直線してしまったのだ。

 仕方なく、ホームズが鎮座している個室の前で、話さなければならなくなった。

 せっかくのミステリーな雰囲気は完全にぶち壊しだし、昨日何食ったのか知らないが、鼻がもげそうなくらいの臭いが漂っている。コンビ解消しようかな。

 こんな悪臭を婦人らに嗅がせる訳にはいかないので、レストルームの外から大きな声で話してもらう事にした。

 婦人の話によると、彼女の三つ下の弟であるトトが刺殺されたらしい。

 警察はトトに恨みを持ち、かつ婦人の屋敷内にいた三人の容疑者、トトの兄と姉、メイドの中から犯人とみているが、三人ともアリバイがある。

 婦人も疑われたが、容疑者のメイドと一緒にクッキーを焼いていたという証言により、犯人ではなくなった。

 一体誰が殺したのか分からないので、ホームズの力を借りたという事だ。綺麗にまとめていて助かる。

 そんな話を聞いている間も、私は懐中時計の時盤に釘付けだった。もう残り2分。これで遅れたら彼の顔面に拳を食らわしてやろうと思った時、ジャーと流れる音が聞こえた。

 ドアが開き、何もかも開放されたかのような顔をしたホームズが姿を現す。

「犯人は分かりましたよ」

 ズボンを整えながらキメ顔をするホームズ。

 私はすかさず時刻を確認する。8時15分。素晴らしい。長年やっているから体内時計に刻み込まれているのだろう。

「犯人は長男のマルコさん、あなただ」

 ホームズが指差す人物に誰もが振り返って注視する。影の薄い頭の男に動揺をみせたのは明らかだった。

「な、なぜだ?!俺はあの時間、庭で草むしりをしていたんだぞ」

「それがトリックなんです。あなたは自分そっくりなカカシを作って、庭に立たせる事で周りの眼を誤魔化す……」

 それにしても、ホームズの頭の回転の速さは何度も驚かされる。どんな難事件だろうと、ちゃんときっかり5分で終わらせてくれる。だから、それに甘えて事件を詰め込めるだけ詰め込んだけどね。

 犯人は観念したのか、膝から崩れ落ちて泣き始めた。ああ、どうしよう。残り1分半なのに。

 しかも、犯人がトトに受けた暴力が許せなかったとか、を語っている泣き所の場面を壊す訳──いや、もう30秒だからそんな事を言っている場合ではない。

「刑事さん、あとは頼みましたよ」

 私は居ても立ってもいられず、半泣きで耳を傾けているホームズの腕を引っ張って、エントランスへと進んでいく。

 ふと振り返ると、婦人や犯人がキョトンとした顔で私達を見ていた。それもそうだ。犯人の見せ場を壊してしまったのだから。

 申し訳程度にシルクハットを外して頭を下げると、次の目的地を車に行った。

「ワトソンくん、途中で帰るのはあんまりじゃないか」

 ホームズが膨れっ面で私を睨んだが、飛行が始まればすぐに崩れ、間抜けな顔に変わった。

 私は、今日の予定を頭の中で繰り返し確認しながら、ヨダレを垂らしていた。

 こんな感じで、本当は一週間ぐらいかけないと解決できなさそうな案件を15分で終わらしている。

 その調子でこなしていると、いつの間にか12時になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る