第12話元赤穂藩筆頭家老・大石内蔵助

 切腹か……。

 随分と配慮して頂いた事だ。

 通常、我々のようなは「斬首」が言い渡されるものだ。

 武士としての立場と対面を重んじた上での裁決なのだろう。

 庭先での切腹とあるが畳を用意してくれる厚遇ぶり。有難い事だ。


 細川殿は御公儀に再審判をしてもらえるように書状を出して下さったが無駄だろう。


 儂を含めた47名が挙って「主君の仇討ちである」と訴えても徒労を組んで夜半に吉良邸へ押し込んだ事は紛れもない事実。仇討ち許可すら取っておらぬのだ。御公儀は「組織」ぐるみであるが故に仇討ちとは認めないという立場を取ったのであろう。


 いやはや、流石は御公儀。


 田舎侍の儂など及びもつかぬ方々が揃うておられる。一枚処か、二枚も三枚もあちらが上手であった。

 


 「忠義厚き赤穂は天晴である。まさに『武士の鏡』ともいうべき振る舞い。それ故にを申し付ける」


 

 

 その言葉を聞いた時は吹き出しそうになったものよ。

 顔にはださなんだ自分を褒めてやりたい位だ。


 今頃、他にお預けになっている同士の者達も自分達の処遇を聞いている頃だろう。

 きっと酷く慌てているに違いない。


 『武士の鏡』……か。


 皮肉なものだ。

 討ち入りを果たした者の中で一体どれだけの者が本当に殿の事を思っていたのか……。

 再士官を求め、親戚縁者の伝手を使って他家に仕官していった者もいる。武士の身分を捨てた者も、出家した者もいる。そのどれらにもなれなかった。それが我らだ。


 大学様を担いで御家再興を願っていたがそれも叶わなかった。

 広島の浅野本家にお預かりの身になってしまっては赤穂浅野家の再興の望みは消えた。


 本来ならそこで諦めれば良いものを……仇討ち士官など愚かな事を言いだした馬鹿がなんと多かった事か。なんとか言いくるめて別に士官先を紹介したり、親兄弟たちに説得させたりと大変であった。残った者は天下一の大バカ者どもだ。

 最初読んだ計画書も穴だらけの杜撰のものだった。

 あれでは上手くいくどころか他家に仕官した者達にまで迷惑が被るというもの。


 を打ったが儂の負けのようだ。


 御公儀に対する民衆の不満、武士としての価値観の急速な変化、そして「忠義や忠孝」を重んじる公方様。

 賭け事に負けた事はないと自負していたが……此度は相手が悪かったか。


 寺坂の暇乞い状を出させておいて正解であったな。

 奴には、もし儂たちの身にが起こっても迂闊な事は決して洩らさないように言い含めていた。義理堅い男だからその辺は大丈夫であろう。


 

 ――あら楽や 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし

 




 

 「大石殿、お時間でございます」


 

 ――極楽の 道はひとすぢ 君ともに 阿弥陀をそへて 四十八人


 

 恨み言はあの世で聞こう。

 

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