6月9日(木)

青森土産

 今日が、旅の最終日。

 折角、青森に来たんだからと五所川原の金木にある太宰治の生家に行こうとしたが、五能線のダイヤが複雑だったために断念した。

 青い森鉄道に勤める知り合いに相談してみたが、どうやら一日潰さないと観光できないらしい。

 片道一時間半。そして電車も一、二時間に一本という噛み合いの悪さから、学生時代にトライしたが一度もたどり着けず。社会人になった今でも一度も訪れたことがない。

 目と鼻の先にあるのに歯痒い思いをしながら、憧れの文豪に近づけないのは一つの縁なのかもしれないと半ば諦める。

 僕は朝食を取るためにホテルから歩いて15分の虹のマートへやって来た。

 人生とは、手に入るものでやりくりしていくしていくしか無いんだよ。そもそも、持っていないものに縛られずにの考えを教えてくださったのはあなたじゃないですか、ゼミの先生。と、旅の始まりにをとうとうと説教くれた教授に中指を立てつつ、虹のマート内で売られている惣菜を物色する。

 ここはいわゆる屋内型の朝市で、新鮮な魚介や野菜、果物の他、それらを調理した惣菜を多数揃えた僕のお気に入りの場所だった。

 学生時代、大学の講義が始まる前に朝食を摂りたい時はいつもこの場所で食べていた。

 朝の8時ともなると、市場内には惣菜を買いに来た客で溢れており、イガメンチやおにぎり、芋の煮っころがしの並べられた売り場の前には列ができていた。


 僕は空かせた腹を抑え、市場で忙しそうにしているお母さんからママカレー、イガメンチ、鶏つくね、豚汁を購入する。

 飲食スペースには、清潔なプラスチック製の机と椅子、そして電子レンジが置いてある。三席あるうちの二席は、近所のお父さん、お母さんたちが座って談笑していた。僕が机に買い込んだ惣菜を広げると、彼らは微笑ましい目をこちらに向けてくる。軽く会釈し、まずは先割れスプーンを手に取った。

 ママカレーは、じゃがいも、人参、玉ねぎ、豚肉の入った、まさに一般家庭のカレーだった。ほんのりと甘い口当たりが沁みる。津軽のお母さんたちの顔が浮かんでくるようだ。

 そして、イガメンチ。津軽の郷土料理であり、細かく刻んだイカのゲソをお好み焼きの種に加えて焼いてある。こちらも、ゲソの風味と、キャベツのほろっとした食べごたえがクセになる優しい味がした。大学時代に弘前が第二の故郷に思えるほど、この場所にお世話になったことを、僕は思い出していた。

 そして具沢山の豚汁。汁の中に白菜や大根がこれでもかと入っていて美味しい。角切りの豚肉が豚汁の出汁をちゃんと演出している。クーラーがきいた中で食べる豚汁は、最高に美味しい。そして鶏のつみれも、甘い餡がかかっていて美味しかった。


 朝食を食べ終えた僕は、残された時間でやるべきことに思案していた。惣菜さとうの弁当を取りに行く4時まではまだ時間がある。

 そういえば、まだお土産を買っていなかった。職場の人からは青森の珍味であるホヤを頼まれていたので、僕は青森に行くことにした。


 青森駅を出ると、左手にはランドマークである青森ベイブリッジがある。橋の上に登ると、遠くに津軽海峡が見えた。この風景を見ないと青森に来たという実感がわかない人もいるのではないか。そう思うくらいここは僕にとって印象深い場所だった。

 青森駅の近くには土産屋がいくつかある。中でもA-FACTRYは、お酒好きのおっさんだけではなく、女性ウケが良さそうなスパークリングワインのシードルが売られており、お洒落めなおみやげが買える。

 そもそも初めて津軽に足を踏み入れたときも、想像以上に街中がお洒落で度肝を抜かれた。東北と思って侮っていたが、実際は舶来文化やキリスト教の名残が残る、情緒あふれる城下町、及び港町が弘前市と青森市のイメージだ。

 今回は寿司屋の職人用の土産なので、お洒落な土産は次の機会にするが、おそらく遠くない未来、僕はまたこの津軽の地を踏むことになる。

 来年ゼミの教授の最終講義があるため、また来なければならない。なんやかんや、縁というのは切ろうと思っても切れないものなのだと実感する。


 駅から歩いて3分、活祭市場ぴあに入ると、観光客は僕一人だけでガランとしていた。

 屋内の一本道の左右に、林檎や青森の海産物を加工した土産がずらりと並んでおり、おじいちゃんとおばあちゃんがいずれの店も営業していた。

 一軒目に入る。椅子に座る海産物屋のおばあちゃんに「富山の寿司職人に食べさせる青森の土産」をオーダーすると、斜向かいのおじいちゃんのお店を案内された。どうやら二人は夫婦らしい。

 早速、冷凍されていたホヤの塩辛を購入する。

 店を出ようとした時、僕はおばあちゃんに呼び止められた。

「ちょっと、お兄さん。私達もよく食べる、美味しいものが入荷してるんだけど……」

 何々? おばあちゃんに着いていき渡されたそれは、現地で味付けしたアジの瓶詰めだという。確かに青森の味を知っておくのは、料理人にとって大事なことかもしれない。

 そういってレジに並んだ僕の手にはホヤの塩辛、アジの瓶詰め、そしてイカの塩辛を持っていた。全く商売上手なおばあちゃんだ。まんまと口車に乗せられたぜ。

 僕が土産を購入して店を出ると、真ん前の店のおばあちゃんが僕を呼び止める。

 何でも林檎があるから食べていけという。食べさせてもらったのはジョナゴールドとフジ。ジョナゴールドは酸味があるさっぱりとした味で、フジは甘みのある王道の濃い味。どちらも学生時代に知り合いの農家からダンボールでもらっていたので、利き林檎が出来るほど、僕の舌は林檎を知っている。

 店を出る頃には海産物の入った保冷バッグと、林檎のお菓子満載のレジ袋が僕の両手にぶら下がっていたのだった。


 これだけ土産探しを満喫しても、まだまだ惣菜さとうまでは時間が有り余っていた。

 せっかくなので活鮮市場ぴあの地下階段を下り、階下の和菓子屋でTwitterでおすすめされたを購入。おやつタイムとした。

 僕を観光客だと判断したのか、和菓子屋のお姉さんは、140円のみつかけもちを100円に値引きしてくれた。近くの公園のベンチで早速喫食する。ねっとりした濃い甘さの黒糖が歯ごたえのある餅にかかっており、食べごたえ十分だった。たった100円でこの満足感。おすすめしてくれたフォロワーさんには感謝だ。


 時計をみると丁度いい時間になっていた。

 僕は女子高校生の津軽弁を背中で聞きながら、弘前行きの電車に乗り込んだ。

 梅雨前なのに、空はカラカラに乾いている。

 津軽の初夏は、暑かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る