第24話 ラブローの捜査

夕日が門の白壁を見事に染めていた。


 孤児院での聞き込みを終えたラブローは西街区に渡り、アルデラン門までやって来ていた。孤児院の院長に会うためだ。


 セレブ御用達の目抜き通りにはいつも通り優雅な空気が流れている。日傘をさして歩く貴婦人、どこかの名士が乗っていると思われる瀟酒な外見の馬車、そして、通りに沿ってずっと続いている花壇だ。


 そこに院長はいた。いつもどおり、腰を曲げて花の世話をしていた。


「セレスティアさん」


 院長はボランティアで花の世話をしているセレスティアだった。彼女の家は資産家で祖父の代から資金を投入して孤児院を運営していたのだ。


「こんにちは、ラブローちゃん」


 セレスティアは顔を上げると、ふうっと一息つき、汗を土まみれの手で汗をぬぐった。


「今日、孤児院に用があって訪ねたんやけど、セレスティアさんが孤児院の院長っち聞いて驚いたよ」


「ああ、そうだよ。子供たちは元気にしていたかい? 遠いからなかなか会いに行けなくてねえ」


「うん、元気そうにしちょったよ」


「そうかい。良かったよ」


 そう言いながらもセレスティアの顔はどこか浮かないように、ラブローには見えた。きっとベクトールの死を知っているに違いない。


「新聞は読んだんかい?」


「……うん、読んだよ」


「あの……ベクトール・マーシュレンさんのこと聞かせてもらえんかな?」


「あの子が亡くなるなんて信じられないねえ。あんな優しい子が、残念だよ。でも、放火を防ごうとしたんだろ? 正義感の強いあの子らしいよ」


「まあ、それはまだ分からんのよ。でも、火事現場におったことは間違いないと思っちょる。セレスティアさん、最近、ベクトールさんに会ったかい?」


「ああ、ベクちゃんはよく顔を見せに来てくれたからね。火事が起きた日の昼間もここに来て、お花の水やりや剪定、葉組みまで手伝ってくれたんだよ」


「ベクトールさんは孤児院でも花壇を作っちょったみたいやけど、花が好きやったんかな?」


「……ベクちゃんはベルメルン中のお花屋さんに出向いていたみたいだったねえ。私もいろんなお店に行くんだけどね、行く先々でベクちゃんの話が出るんだよ。兵隊さんでお花屋に顔を出す人なんて珍しいからね」


「じゃ、やっぱり花が好きやったんやね。俺も花が好きやけど、お店に通おうとは思わんもん」


「そうなのかねえ……」


「ん? 何か引っかかるんかい?」


「いや、別に」


「ベクトールさんが孤児院に来る前は、どこにおったんやろか?」


「ベクちゃんはミューロの出身でねえ、トランドルを北に少し進んだところにある村さ」


「ミューロ……あ、ワインが有名な街やないんかい?」


「そうそう。ラブローちゃん、よく知ってるねえ」


「孤児になったっちゅうことは、ご両親が亡くなったんやろか?」


「そうさ……あれは妙な事件だったねえ。ある日、村の人がみーんな殺されてたんだそうだよ。ベクちゃんとお姉ちゃんだけが助かったんだ」


「どういうこと? 殺人鬼でもおったんやろうか?」


「石で殴られた人、オノで斬られた人、ナイフを刺された人、そりゃあ悲惨だったそうだよ。変な噂もあってねえ」


「変な噂?」


「村の人がお互いを殺し合ったんじゃないかって」


「殺し合った? マジでそげなことあるんかい? セレスティアさん」


「さあ、噂だからねえ」


「誰が言っちょったん?」


「私にベクちゃんを紹介してくれた人。郵便屋のミュンターさん。ミュンターさんはねえ、森に隠れていたベクちゃんとお姉ちゃんを保護してくれたのよ。私も良く覚えていないけど、確か……ミュンターさんは言ってたよ。状況からすると、どう見ても村の人たちはお互い殺し合ったとしか思えないけど、仲が良かった村の人がそんなことするわけないし……ってね。首を捻っていたよ。ミュンターさんは郵便配達でミューロに行くから、村のみんなとも知り合いだったんだ」


「ベクトールさんから事件について何でもいいけん、聞いたことはあるかえ?」


「ベクちゃんは、何も覚えていないみたいだったねえ。あんまり深く聞くのもかわいそうだしね」


「その事件、何か花は関係しちょらんかな? ベクトールさん、花には何か特別な思いがあったみたいなんや」

「うーん、ちょっと分からないねえ。あ、そうだ。ベクちゃんから預かった物の中に何かあるかもしれないね。ウチの孤児院にやってきた時に持ってた荷物なんかが入ってたと思うよ」


「マジ? それ、どこにあるんかな? セレスティアさん!」


 ラブローは興奮気味に聞いた。


「孤児院さ」


「えー、ホントかいな!」


 ラブローは、腰から砕け落ちた。孤児院からここまで二時間以上かかった。またそれを引き返すとなると大変だ。


「私が一緒に行ってやりたいところだけど……」


「いいよいいよ、そんな。大変だもの」


「そうだ。私が一筆書いてやるから、手紙を持って行きな。話が早いと思うよ」


「ありがとう、セレスティアさん」


 もう日は落ちかけようとしていた。夜の気配が街を漂い始めていた。




 ネイピアはジューゴの鍛冶屋の二階にいた。


 船着場でエレメナと別れてからジューゴと二人で路地裏を辿ってなんとかここに辿り着いたのだ。昼間にメイレレスたちと騒ぎを起こしたせいか、街を歩く巡察隊や衛兵の数が増えていた。隊長のビールズは是が非でもネイピアを捕らえようというつもりらしい。


 階下からジューゴがコーヒーを淹れて運んできた。


「ほらよ」カップをぶっきらぼうに突き出す。


「サンキュー、おっさん」


 ジューゴが窓から通りを見下ろすと、巡察隊員が二人歩いている。


「ったく何で、坊やの捜索に躍起になるんだ? そんなことよりロマを探すのが先だろう? 事件を解決しろよ! 事件を! 本末転倒だろうが‼︎」ジューゴは怒りを隠そうとしなかった。


「俺が屋根伝いの大捕物やっちまったからなあ。そんな姿を市民の皆さんに見られて巡察隊のメンツを潰しちまったわけさ。俺は単なる脱走兵じゃねえからな。捜査のためとは言え、命令に背いちまった。軍隊の中じゃ紛れもねえお尋ね者なんだよ。俺を捕らえて裁かねえと軍の威厳を保てねえんだ」


「威厳だと? んなもんにこだわってるからロクな仕事ができねえんだよ」


「それも一理ある。だがな、威厳ってのも意外と大事だったりするんだよ。俺みたいなのを簡単に許してちゃ軍隊なんて成り立たねえ」


「じゃ、お前は罰を受けることになるのか?」


「そうだ」


「お前が事件を解決してもか?」


「例外はねえよ」


「ケッ! やってらんねえな」


「まあとにかく、ここにいれば俺は見つからねえ。おっさんのおかげだ。まさか巡察隊を毛嫌いしていらっしゃるジューゴ団長が匿ってるとは誰も思わねえだろ」


「これからどうする? 坊や。じっとしてても何も進まんぞ」


「明日また地下街に潜入しに行くしかねえか……」


「埒があかねえよ。ドレア人の家は千軒以上あるんだぞ。一軒一軒ロマがいねえかこっそり見張るか?」


「まあ、厳しいよな」


「ブン屋の姉ちゃんにもう一回頼めねえか? ドレア人との橋渡しを」


「……悪いがそれは無理だな。ずっと考えてたんだけど俺は分からねえもの。エレメナちゃんに何て言えばいいか……かける言葉がカケラも見つからねえんだ」


「クソっ!」ジューゴは椅子を蹴り飛ばした。


「あとはラブローだな。アイツが何かつかんでくれてるといいんだが……」


 ネイピアは手付かずだったコーヒーをようやく一口すすった。

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