第5話 偏屈な自警団長

自警団長は街はずれにある鍛冶屋の親父だ。名をジューゴ・バン・マルディナードという。


目の下から頬にかけて裂けた大きな傷が特徴だ。かつては従軍していたこともあるというから、その時にできた傷だろう。一見すると、海賊にしか見えない。


「なんだ、お前は」


 警戒心を隠そうともせず、ジューゴは燃えたぎる炉の前から睨みつけた。ネイピアが入り口から声をかけたところだった。


「俺はルーニー・ネイピア大尉。今日から巡察隊の班長の任にあたる。自警団長のアンタに挨拶をしにきたんだが──」


「帰れ」さっきよりも敵意が込められた声だった。


ラブローは思わず「ひいっ」と小声を漏らした。しかし、ネイピアは臆することなく、近づいていく。


「は、班長!」


「聞こえなかったか? 帰れと言っただろ」


 ジューゴは、叩いていた剣をネイピアに向けて威嚇した。


 ネイピアの額から汗がしたたり落ちた。炉に熱せられてここは異常に熱い。背中や脇の下にも汗が伝うのを感じる。


 張り詰めた緊張感の中、ネイピアは笑顔をつくった。

「俺はアンタの敵じゃないんだがなあ。ほら、その証に」

 ネイピアは作業台の上に袋を置いた。


「手土産だ。珍しいぞー。俺も露店でさっき初めて見たばっかりなんだが」

 ネイピアは袋から、みかんほどの大きさのものを一つ取り出した。


「ラブロー、これ何て言ったっけ?」


「え、えーと確か、マンジューです」


「ああ、そうそう。マンジューだ。随分と遠い東の果ての国のお菓子なんだってよ。団長、食べたことある?」睨みをきかせているジューゴにかまわず、ネイピアはマイペースで続ける。


「実はまだ俺も食ってねえんだ。じゃ、お先にいただきます」と一口で平らげた。


「なんだこれ? え? この中に入ってる黒いやつ。食べたことねえ味だ。美味すぎるだろー、これ!」


「マジっすか? 俺にも一つ」ラブローが言った。


「ダメだ。これは団長のだ。諦めろ」


「えー! そんなあ……」


「茶番はやめろ」ジューゴはそう言うと、ネイピアを突き飛ばした。


 確かにその茶番は作戦だった。ジューゴをマンジューの話に巻き込み、最終的にラブローに一個分け与えさせる、という流れをネイピアたちは想定していた。


そして、「団長、イイやつじゃん」と褒め称えて気分を良くさせ、仲良くなるという算段だ。発案者はネイピア。ラブローは反対だった。


「いてえな。おっさんよ、随分と荒っぽい歓迎の仕方してくれるじゃねえか」

ネイピアは完全にキレていた。


「おい、おっさん。こっちはな、仲良くしようと思ってわざわざこんな汚え穴ぐらに出向いてやってんだ。クソ熱くて我慢できねえ。俺自身が薫製になっちまったらどうしてくれるんだ‼︎」


 ネイピアはゆっくりと体を起こしながら、ジューゴに近づいて行った。


「班長! 喧嘩はダメっす!」入り口にいたラブローが駆け寄る。「クールダウンっす。クールにやらんと、班長!」


「いいか、おっさん。自警団だけでこのベルメルンが守れると思ってるんだろうがな、とんだおママごとだ。そして、巡察隊も同じくおママごとだろうよ。でもな、自警団と巡察隊が協力し合えばおママごとじゃなくなるんだよ、わかんねえのか、クソハゲ!」


 ネイピアはジューゴに食ってかかろうとした。


「班長! もう帰りましょう!」すかさずラブローが止めに入る。


「お前らのせいだろうが」ジューゴは重い口を開いた。

そして、一気にまくしたてた。


「お前らがもう少しまともなら、こうはなってねえ。まともじゃねえから俺たちがやるしかねえんだ。確かに今、ベルメルンの治安は乱れてる。俺たちはなあ、猫の手だって借りてえくらいの状況なんだよ。でもな、お前らは猫じゃねえ。猫にもなれやしねえ役立たずなんだよ‼︎」


 黙って聞いていたネイピアが少しの間のあと、口を開いた。


「じゃ、ネズミか? 俺たちは」


「バカ言うな。ネズミの方がずっとマシだ。地震が起きるのを知らせてくれる」


「じゃ、百歩譲ってネズミが役立つとしよう。でもな、どう転んだってネズミにはできねえことがある。アイツらはしゃべれねえんだよ。猫も同じだ。おっさんにいいことを教えてやろう。俺はしゃべれる。言葉を話せる。これがどういうことか分かるか? 力を合わせられるってことなんだ」


「フン、そしてその天から与えられたありがたい言葉を使って、お前らは嘘をつく」ジューゴは落ち着き払った様子で言った。その目には明らかに失望の色が見てとれた。


 ネイピアは思わず口ごもってしまった。


「ガリガリ小僧を連れてさっさと帰れ、ムキムキ坊や」


そう言うとジューゴは炉の前に戻り、鉄を打ち始めた。これ以上は何も言うことはない。背中がそう言っていた。




「班長、ケンカしてどうするんですか‼︎」しかめっ面のラブローが言った。


「すまんすまん」ネイピアは苦笑いしながら答えた。


二人は夕日に染まった石畳を歩いて城へ戻ろうとしていた。


「やっぱりバレてましたね、作戦」


「お前の芝居が下手過ぎたな」


「僕のせいじゃないっしょ‼︎」


「意外とこの手はうまくいってたんだがなあ」


「えー! マジっすか⁉︎」


「ジューゴ・バン・マルディナードか……なかなかの野郎だ。アイツは絶対に味方にしねえとな、ラブロー」


「そうなればいいっち思いますけど……果てしなく無理なんやないかと思います」


「そうかあ? そうとも限らねえぞ。実際、今日はちゃんと会話ができただろ?」


「……たしかに。あんなにしゃべる団長は珍し……いや、初めて見たんやないかっち思います。いつも怖い顔して黙っちょりますし、口開いたと思ったら『帰れ』しか言わんし」


「会話は交渉の第一歩だ。たとえ怒鳴り合いになってもな」


「まさか班長、わざと……」


「俺はただ短気なだけだよ」


「さすが班長っす」ラブローは感心したようにうなずいた。そして、笑いながら付け加えた。「でも、〈ムキムキ坊や〉って。あの時の班長の顔……俺のこと? みたいな」


「お前も〈ガリガリ小僧〉って言われてたじゃねえか」


「僕はいいんです。いいんですよ。見たまんまやけん。けど……班長のは、笑えました。〈ムキムキ坊や〉って、団長もなかなかセンスありますね」


「俺のどこが〈ムキムキ坊や〉だ⁉︎」


「完璧に〈ムキムキ坊や〉やと思いますよ。班長、強烈にガタイが良いんやけど、目がクリクリしちょって童顔で、まさに坊やって感じやし」ラブローはまだ笑いが止まらない。


「お前、恐ろしく失礼なやつだな」


「アハハ、すみません」


 長く伸びる影を追いかけながら、ネイピアは程よい疲労感を感じていた。


 広場に出ると、あれほど賑わっていた露店は姿を消しており、人影もまばらだった。夜の闇がもうそこまで来ていた。

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