第8話

「り、『緑翼』様!聖教会の方から爆発音が!」


「うむ、聴こえておる!すぐに上級冒険者たちを向かわせろ!」


「「はっ!」」




『緑翼』ムラクモの能力は、風を操る緑系統の翼の能力の中でも規模、出力ともに最高クラスであり、そこにムラクモ本人の技量が加わることで街全体の大気に意識を張り巡らせ、エコーロケーションのように状況を把握していた。




「む・・?」


「どうされましたか?」


「急いだ方がいい。良くない気配を感じる。


・・・む!既に1人、走って教会へ向かっている者がいる」


「走る・・・?飛んで行った方が遥かに速いのにわざわざ走って行くなんて。仮に飛べない者だとしても殆どが老人や幼子、怪我や病気で飛べなくなった者です。そんな戦力にならない者がわざわざ危険な所へ向かうなんて」


「・・・・この音、まさかあの『錆色』の少年か!」
















「はっ、はっ、はっ・・・ミカ!待ってろ!」




ラストは全速で走っていた。背中の翼が擦れ嫌な金属音が響き渡る。




「くそっ・・・こんな重いだけの翼さえなければ」




昔から邪魔な物でしかなかった。この翼のせいで両親から捨てられ、周りからも迫害を受ける日々を送り続けた。ラスト本人も最低限の火や水しかだせず、座学だけの役立たずだと批難された。




(そうだよ、確かに俺は普通の翼だったとしても魔力もろくに扱えないダメな奴だ。使えない錆びた翼に約立たずの俺、まさにお似合いの組み合わせだったわけだ。でもよ)




そんな彼を受け入れてくれた家族がいた。導き育ててくれたキリュウ、自分を恐れず兄と慕ってくれた子ども達、そして、いつも傍で見守ってくれたミカエラ。彼ら彼女らのおかげでラストは腐らず生きることが出来た。




(そんな俺でも、家族を守りたいんだよ!)




ぐんっと足に力を込めラストは駆け出す。もうすでに20分以上全速力で走っているがその足取りは力強かった。そのとき、教会の方から爆発音が響き、土煙が舞い上がる。




「な・・・!なんだ!?くそっ!頼む、無事でいてくれ!」




祈るように心の中で叫び駆け出す。その上を何人かの人影が通り越していく。




「おい!錆色のぉ!」




そのうちの1人に呼び止められる。ラストは足を止めず走りながら上を見上げる。




「あんた達は?」


「この街の上級冒険者だ!聖教会の方で起こった爆発について調査と救助に向かう!おまえはすぐに避難しろ!」


「そこに家族がいるんだ!俺も行かせてください!」


「だめだ!もし万が一魔物や悪魔による襲撃だった場合、戦えないお前がいても邪魔になるだけだ!」




冒険者の言うことは正しかった。


ただそれでもラストはミカエラにもしものことがあればと考えると引き下がれなかった。




「おい!そんなやつほっとけよ!」


「わかっている!・・・我々は行く!君の家族とやらも必ず送り届ける。だから大人しく我々の指示に従ってくれ!」




そう言い残して冒険者達は教会へ向かっていった。流石のラストも飛べる彼らには追いつけず、あっという間に見えなくなってしまった。




「くそ、飛べるやつはやっぱり速いな」




それでもラストは止まらなかった。




「俺だって冒険者なんだ!下級冒険者として、避難の援助をする!」




自分に言い聞かせるように言うとラストは真っ直ぐ教会へ走っていった。



「はぁ、はぁ、はぁ、・・・そんな、司教様」




頭から血を流し、足取りもおぼつかないながらも、ミカエラは睨みつける。


司教だったものを




「いけませんねシスターミカエラ。もうすでに皆いきましたよ?あとはあなただけですヨ」




司教の形をした何かが指をミカエラの方に向ける。その瞬間指先が光り、嫌な予感を察知したミカエラが飛び退いた箇所が炸裂する。




「きゃあ!」




爆風に煽られ床を転がる。それでもすぐに体勢を建て直し、ミカエラは建物の向こう側へと駆ける。




(早く逃げないと!伝えなきゃ!司教様が怪物だって!)




最初の爆発で2人の聖女候補の子が瓦礫に潰された。


残ったもう1人は錯乱したところを怪物に見つかり殺された。1人残されたミカエラは負傷しながらも、懸命に逃げ回っていた。




(飛んだらあの光に狙い撃ちされる・・・)




そのためミカエラは建物の陰に隠れながら少しずつ教会の外へと向かっていた。




「ど~こですか~?しすたーミカエラ~?」




怪物の声が響く。人語を話す魔物など、ミカエラは聞いた事もなかった。




(まさかあれが悪魔・・?)




学園の授業で教わった人類の脅威となる存在。魔物より知力に長け、妄執的に人類を滅ぼそうとする存在。


どうして人を集中的に狙うかはわからない。わからないが自分が命を狙われていることだけは明白だった。




(どうしよう、どうしたらいいの?怖いよ・・・ラスト)




普段明るく振舞っているミカエラだが、元を辿れば彼女もラストと同じ孤児である。偶然黄金の翼を授かった彼女をお金目的で他国に売ろうとした両親から助けられ孤児院に預けられた。そのことはラストとキリュウ院長しか知らず、似たような境遇でずっと一緒に育ってきたラストは彼女にとって心の拠り所だった。




(ラスト・・・もう避難してるのかな。なら、私のこと待ってるはず。行かなきゃ)




ぎゅっと唇を噛み締め震える手足に力を入れる。


意を決して物陰から飛び出し






「ミツケタ」


「!!」




顔の半分を占めるギョロりとした巨大な1つ目。ミカエラより3回りも4回りも大きな黒光りする身体。そこから生える手足はそれ1つで人間1人分の大きさを誇る。そして何より目を引くのが真っ黒な皮膜の翼と、うねうねと気味悪く蠢く尻尾。


元の司教の面影すらないその化け物はミカエラを見据えてニヤリと笑う。




「黄金のツバサ、いただきます!!」




化け物が牙を剥き出しにして襲いかかる。


その瞬間、炎の雷、風の刃が化け物の身体や周囲に着弾し炸裂する。




「なンだ?」


「きゃああ!」




ミカエラの周りには分厚い水の壁が展開し、爆風から彼女の身を守る。異変を察知した冒険者達が救援に来てくれたのだった。




「すまない!遅くなった!」


「保護対象1名確認!あとは得体の知れない怪物」


「デカいわね」




次々と魔法が炸裂し、化け物の動きを封じる。


その間に冒険者の1人がミカエラの救出に成功する。




「もう大丈夫!さあ、飛べるか?」


「は、はい!なんとか」




ミカエラが飛び立って逃げようとするが




「ギギ、ウザい!」




怪物が巨大な尻尾を振り回す。ただそれだけで無数の魔法や周囲の瓦礫を粉々に吹き飛ばし、辺りを蹂躙する。




「がっ!?」


「馬鹿な!」




距離をとっていた冒険者達も薙払われ、壁や地面に叩きつけられる。




「クズ蝿共が!オマエらみたいな羽虫の魔法なんてこの俺に効くわけないだロウガ!」




耳障りな咆哮をあげのたまう怪物。長い手足で冒険者達を次々と捕らえ、握り潰し、叩き潰す。


いつの間にか辺りは血と無数の羽が散らばる無残な光景へと変わっていた。




「ひぃ、あ・・ああ!」


ガチガチと歯を鳴らしてミカエラは立ち竦む。あっという間の惨劇。自分を助けに来た冒険者達が無残に地面に転がる姿を見てミカエラは自らの死を悟った。


そんなミカエラに対し化物はねっとりとした声で語る。




「あんしんしな・・オマエはスグには殺さない。黄金の翼を持つ聖女。聖女のチカラをとりこめば、俺はもっと強くナレル。喜べ、お前はオレの血となり肉になるんだ」


「い、いやあ!」


「忌々しい聖女の数を減らして、オレ達の住みやすい世界を、俺のチカラをあいつらより強く・・・あはははは!いい事づくめだ!」




怪物は嗤う。極上の餌を前に喜ぶその姿はまさに醜悪そのもの。




「だ、誰があんたみたいな化物のエサになんか・・・」


「いただきマース」


「!!きゃあああ!いや!助けて助けて!ラスト・・・!」




抵抗も虚しく、悲痛な叫びと共にミカエラの姿は怪物の口の中へと消えていった。




(うぐ・・苦しい・・生臭い、気持ち悪い・・助け・・・て)




薄れゆく意識の中、最期に思い浮かんだのは幼馴染み且つ家族である少年のものだった。ミカエラは諦めたように意識を闇へと手放していった。




「ミカァァアアアア!!」


「!!」




直後、瓦礫を粉砕しながら突き進んで来たラストが、全力疾走の勢いのまま怪物の腹に全体重を乗せた拳を叩きつける!




「ゲァ!?うげえぇぇ!!?」




鈍い音とともに怪物の胴体が大きく歪み、もんどり打って倒れる。その瞬間怪物の口から飲み込まれたミカエラが吐き出される。




「ミカ!」




投げ出されたミカエラを抱きとめ、すぐに意識の確認をとる。




「ミカ・・!おい!ミカ!しっかりしろ!」


「・・・っ!ゲホッゲホッ!」


「ミカ・・」




幸い目立った外傷も無く、意識は無いが呼吸もある。


ラストは安心してミカエラの身体を地面に横たえる。


そして、自らの大切な存在を脅かそうとした存在へ向き直る。




「ば・・バカな。このセカイの人間が、タダの拳で俺にダメージを・・・」


「てめぇがなんなのかは知らねえが・・・ぶっ殺す!



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