第6話
孤児院を出て数日が経ったが、寝床が変わったぐらいでラストの生活にあまり変化はなかった。
「この猫で違いないですか?」
「あーらシャミ子ちゃん!今までどーこ行ってたんザマス?」
「間違いないならここにサインをお願いします」
「ウチのシャミ子ちゃんを見つけてくれてほんとーにありがとうごザマス!見かけによらず優秀なんザマスね」
「どうも・・・では失礼します」
この日は迷い猫の捜索依頼。お金持ちの家の猫が逃げ出したため、冒険者ギルドの緊急依頼として出されたものだ。緊急依頼と言っても猫探しのため主に低ランクの冒険者が参加して見事にラストが捕まえたのだった。
因みに冒険者のランクはF~Aに分かれており、Bランク以上が滅多に居ない上級冒険者、Dランク以上がそこそこいる中級冒険者、残りのE、Fランクが最も多い下級冒険者となる。ラスト含め一般人枠で登録している人が多いためである。この枠は危険な仕事は無く、ランクアップもないが信用を積めば一般企業に採用してもらえることもあるため、面接で不利なラストにとってはここの評価は大事である。
「くそ!鉄くずやろうめ!」
「俺らが空からいくら探しても見つからなかったのに」
「報酬は捕まえた奴が7割で残りを他の連中で山分けだから・・・」
「ギルドからも多少貰えるとしても割に合わん」
ラストの他に参加した冒険者達がすごすごと退散していく。
「はーい!流石ラスト君だね!では今回の報酬が金貨7枚と銀貨3枚になります!」
この世界の共通通貨である貨幣の相場は大体ではあるが
・一般企業の新入社員の平均月収金貨23枚
・Aランクモンスター討伐依頼報酬金貨金貨3500枚(山分け)
・家賃相場月金貨5枚~8枚(家のランクによってはそれ以上)
・唐揚げ定食銀貨1枚
・りんご1個銅貨1枚
程である。
「猫さんが無事に戻ってきて依頼者も喜んでましたよ!」
「たまたま運が良かったんです。道端の木の枝の上にいたのを歩いてて見つけたんです」
皮肉にも飛べないからこそ見つけられたと自嘲するラストを見てベルは少し怒ったように言う。
「もう!またそんな言い方!ラスト君の視点だからこそ見つけられたんだよ!」
「・・・どうも」
「自信を持ってラスト君!君にも・・いや、君にしかできないことがあるはずなんだら!」
励ますベルの言葉もそこそこに、ラストは報酬を貰ってギルドを後にする。
借りてる部屋に荷物を放り込み、楽な服に着替えて
ベッドに横になる。
ギシギシ
軋む音を立てるのはベッドとラストの翼の両方だ。
「こんな重くて自由に動かせもしない、着替えるのにも一苦労する翼に何ができるんだって話だよ」
そう呟いてラストは夕飯まで一眠りするのであった。
場所は変わり、静謐な雰囲気が漂う白を基調とした建物。広い庭園のあちこちに花壇や噴水がある。そんな建物の中から声が聞こえる。
「・・・・スター・・ミカ・・」
誰かを呼んでるような甲高い捲し立てる声。
「シスターミカエラ!」
「ひゃい!?」
「また居眠りですか?気を引き締めなさい!あなたは黄金の翼に認められた『神』の御使いである『聖女』候補なんですよ!もっと自覚を持って・・・」
「すぅ・・・」
「・・・って寝てるんじゃありません!何が『すぅ・・』ですか可愛こぶった寝息立ててあなたのいびきはうるさいって苦情が来てるんですよ!」
「ちょっ!?え・・・?あたしそんないびきうるさいの?」
ミカエラの問に何人かの少女が首を縦に振る。
いずれもミカエラと同年代であり、色の濃淡や大小の違いはあるがその背に金色の翼を持っている。
「うるさい」「騒音」「モンスターの声」
「酷いよ~」
「はいはい!静粛に!ではシスターミカエラ、神歴書の四頁三行目の段落からお願いします」
孤児院を出てから数日後、ミカエラは教会に勤めると同時に『聖女』見習いとして勉学に励む日々を送っていた。
「『神』の怒りにより滅ぼされた地上から僅かに生き残った人々は、僅かに残った大地と共に空へと旅立ちました。多くの命と大地を奪ったと同時に我々に翼と魔力と呼ばれる不思議な力を与えた『神』はなんと残酷であると同時に慈悲深いのであろうか」
「はい、そこまで。では次に、翼の色についての一文を」
「はい・・・っと。翼の色は濃淡や色合いの差こそありますが大きく赤、青、黄色、緑、紫、黒、黄金の七色に分けられます。
赤は炎熱の能力に長け、破壊力や攻撃力が高い。
青は水冷の能力に長け、対象の動きを封じたり守りが強い。
黄は雷の能力に長け、瞬発力があり、味方の強化ができる。
緑は風の能力に長け、飛行能力の高さは随一。
紫は翼から化学物質を発生させ、毒や薬を生成する。
黒は重力を操り、物体や人を重くしたり軽くできる。
黄金は希少であらゆる属性を扱い、怪我の治癒や汚染の浄化が可能だが修練に時間がかかる」
「そのとおり、あなた達黄金の翼を持つ者は潜在能力こそ高いですがその分扱いが困難な能力のため代々この教会で保護すると同時にその才能を開花させるための修練を積んでもらいます。そしていずれは教会で『聖女』としてその手腕を振るっていただきます」
ここでミカエラの頭にあるひとつの疑問が浮かぶ。
「司教様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なにかしら?シスターミカエラ」
「黄金の翼を持つ人は必ず『聖女』にならないといけないのですか?」
ミカエラの質問に司教は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに落ち着きを取り戻し、
「『必ずしも』というわけではありません。家庭を持つ者、他の夢を見つけた者、色々な理由で教会を離れる方はいます。あくまでも教会は希少な能力を持つ者の保護と能力の正しい扱い方を学ぶ場ですので」
「そうなんですね」(ボソッ)よかった。
「ですが、わたくしとしてはあなたのように大きく美しい翼を持った方に『聖女』になってもらいたいものですが・・」
「あはは・・そんな」
司教の言葉に愛想笑いを浮かべ謙遜するミカエラ。自分が人々から崇め奉られる存在になるなんて想像もできなかったし、なにより実感もなかった。かといってまだ家庭を持つ予定も他の夢があるわけでもなかった。見つかるまでここで修行を積むのも有りかとミカエラは思った。ただ、『家庭』という単語を聞いた時一番に浮かんだのはラストの顔だった。
(ラストと家庭・・・)
「えへへへへ・・・」
「・・・・シスターミカエラ、あなたはもう少し表情と体型に締まりを持っていただきたいですね」
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