アリソン七歳までの旅路を振り返る



▽五歳編


 辺境の貧乏男爵家の次女に生まれたアリソン・ウッドゲートは、王国の全ての民が五歳になると魔法の才能を調べる「星片の儀」に臨み、その底なしの魔力により儀式用の水晶を爆砕してしまう。


 それと同時に、五歳児のアリソンの脳裏には、前世の記憶が蘇る。

 彼女の前世は、ロッククライミング中に事故で命を落とした、現代の女子大生であった。


 困惑するアリソンが魔力を抑える強力な腕輪を付けたまま谷の館へ戻ると、男爵家に仕えるフランシスという魔法使いを師匠として、魔力の制御をする修行を行うようになった。


 男爵家は南に広がる王都直轄の田園地帯を、北方の森の魔物から守る重要な任務を与えられている。


 家臣や傭兵にも、腕に覚えのある者が多い。その中でも特に優秀なのが、フランシスという二十代後半に差し掛かった、女性魔法使いだった。


 そんなある日、北の森で魔物の暴走が起き、谷も魔物に襲われる。フランシスと共に逃げながら、アリソンはその原因が、封印されていた古代魔獣の復活であることを知る。


 館からの地下通路を逃げていた二人が魔物に襲われたとき、アリソンの魔法が発動し、森中の全ての魔物が時を止めたように動かなくなった。


 それにより、古代魔獣と戦っていた男爵一行も勝利を収め、「水晶砕きのアリソン」の名は王宮にまで伝わる。


 古代魔獣討伐の褒賞を与えるとの名目で、父の男爵と共に王宮へ呼ばれたアリソンは、魔法の師匠兼世話係のフランシスを伴い、王都への旅に出る。


 谷の教会でアリソンの守護精霊となっていた月の精霊ルーナの力で、暴走しがちなアリソンの魔力を制御できるはずだった。


 だが、道中でも魔力は度々暴走し、精霊ルーナは役に立たず、危機に陥る。


 何とか無事に王都へ辿り着いたアリソンだが、王宮では褒賞の他に王子との婚約を迫られ、再び時を止める魔法が発動し、王宮内にいる人物の動きを止めた。


 月の精霊ルーナが王に直接話したことにより、王はアリソンを古の賢者の再来と認め、特別な魔法使いにのみ与える爵位を授与し、王国内での自由を保障した。


 アリソンはフランシスを伴い二人で王宮を脱出し、王都の教会に匿われた。


 アリソンは百五十年前に政争に巻き込まれ謀殺された賢者と同じく、自分がエルフではないかとの疑惑を抱き、王国の西方にあるエルフの里を目指すことに決める。


 教会の雇ったプリスカという若い女性の冒険者を道案内として、フランシスと三人でエルフの里を目指す。


 王都を離れる前に立ち寄った魔術師協会では、会長のケーヒル伯爵が待っていた。

 そこでアリソンは、王家と教会が今後も彼女の監視を続けるであろうことを知る。


 王の与えた通行証は、諸刃の剣だった。使えば王宮に居場所を知られることになる。


 伯爵の助力により、三人は王都の南にあるケーヒル伯爵領を過ぎた場所で一度別れ、途中アリソンは第二の封印魔獣との戦いも切り抜けて、無事に追跡者の目から逃れた。


 その後エルフの森の境界で、第三の魔獣の封印を解こうとする勢力をフランシスとプリスカの二人が撃退し、三人は無事にエルフの里へ辿り着く。


 これにより、月の精霊ルーナとエルフの里にいた太陽の精霊アンナは千年の時を超えて一体となり、光と闇の精霊ルアンナへと戻る。


 ルアンナの力により前世と同じ二十歳の体に変化したアリソンは、暴走する魔法の制御を第一として、修行に励むのだった。


 エルフの里では百歳以下の若いエルフとの共同生活を送ることになり、アリソンの望むエコで穏やかなスローライフが待っていた。


 しかし、同居するエルフの三人娘は、エルフの里を出て人の暮らす街へ出るための経験を欲している。


 アラサーのフランシスも、長命で無欲なエルフとの婚活に見切りをつけ、近隣の獣人の村へ行きたいと願っている。


 アリソンの望む穏やかな暮らしは長く続かず、北方の獣人の村やドワーフの街を見物して回る間に、アリソンの故郷である北の谷が何者かの襲撃を受けていた。


 仲間と別れ、単独で故郷を目指すアリソン。


 故郷の谷の館は教会の一勢力に占拠され、新たな魔獣の封印が解かれる寸前の事態となっていた。


 谷の館から更に北方にある隠し金山へと偶然辿り着いたアリソンは、それが男爵領の守る王国の秘密であることを知る。


 五歳の体に戻ったアリソンは単身谷へ戻り、男爵領を占拠する謎の組織と戦う中で、遂に第三の魔獣の封印が解かれてしまう。


 雪深い森の中での戦いに苦戦するアリソンに、南の森で別れた仲間が助太刀に現れる。


 魔獣を倒し、アリソンは五歳の娘として、家族とひと時の安らかな暮らしを満喫するのだった。


 だが、封印された魔獣を復活させようという邪宗の本当の標的は、賢者の再来と言われるアリソンだった。このまま谷に長く滞在することは、許されない。


 故郷を守るためにも、春になれば、再び新たな旅に出ることになる。



▽六歳編


 アリソンは髪と目の色以外を二十歳の日本人だった頃の姿に変え、裕福な商人の娘アリスとして旅に出る。


 同行するのは、フランシス、プリスカと三人のエルフ。

 エルフの希望により、南へ向かい海を見に行く旅となった。


 川沿いに南へ旅を続け、夏の雨季には小さな漁村へ辿り着いた。

 海を満喫したエルフの三人は、そこへ至るまでの旅路にて人間に交じり暮らす街を決め、南海航路で西へ向かうアリソンたちと別れ陸路を北へ向かう。


 一方エルフの森との境界を流れる川の河口にある小村ベルーザへやって来たアリソンたちは、今年は海の魔物の活動が活発で定期船の運行や漁業に深刻な問題が起きていることを知る。


 アリソンは自ら舟を建造し、ベルーザを拠点に、魔物退治のため海へ出る。


 嵐の中で漂流する大型貨物船を救ったアリソンたちだが、帆柱を損傷した大型船と共に無人島へ流れ着く。


 無人島では水と食料の確保と船の修理に明け暮れるが、島の周囲は魔物が多く、帰路の航海は困難が予想される。


 フランシスとプリスカは貨物船の護衛に雇われていた海の冒険者や船員に協力し、島からの脱出準備に奔走する。


 島には古い祠があり、ここにも古代魔獣が封印されているようだった。

 嵐による大雨で大規模な土砂崩れが起き、火山の噴火で溶岩に閉じ込められていた二体の大型の魔物が復活する。


 一体は島を守る鳥型の魔物で、もう一体はその魔物を討伐するために南の大陸の人間から派遣された、ウミヘビ型の魔物であった。


 二体の魔物の話により、この島は古代には南北の大陸に暮らす人間たちが交流する航路の中継点として栄えていたことを知る。

 しかし島の文明は火山の噴火により吹き飛び、島は山の一部だけを残して海に沈んだ。


 大雨の夜、地滑りにより古代人の暮らしていた街が地上に現れ、アンデッドとなった住民が遭難者たちを襲う。

 それをアリソンの魔法で浄化し、二体の魔物はアリソンの使い魔となる。


 ウミヘビの魔物に守られ、大型船は北へと出航し、困難の末に大陸の港町へ帰還する。


 フランシスは海の冒険者の若者シオネと結婚することになり、アリソンたちと別れるが、代わりにその妹のセルカが仲間に加わる。


 プリスカと共に三人は、街で暮らし始めたエルフを訪ねることにした。

 慣れない陸路を進むのに苦戦する、若いセルカ。

 どうにか三人の暮らす家へ辿り着いたが、何者かにカーラが襲われていた。襲撃者は逃げたが、カーラの代わりにセルカが攫われてしまう。


 既にこの家ではカーラが一人で暮らしていて、他の二人はそれぞれ別の街へ行った事を知る。


 その後無事にセルカを救出したものの、他の町に住む二人のエルフが心配で、カーラも一緒にリンジーの住む街マツマツへ向かう。


 マツマツでも賊がリンジーを狙って動いていた。賊を撃退後、リンジーを加えた五人はネリンの住む王都へ向かう。


 王都で冒険者をしていたネリンは、既に行方不明になっていた。

 王都の魔術師協会へ行くと、世話になっているケーヒル伯爵が最近の不穏な噂を教えてくれた。


 何者かが王家の隠し金山とウッドゲート子爵の関係を怪しんで、探っているらしい。

 三人のエルフもどうやら昨冬ウッドゲート家の館に滞在していたことにより、狙われているようだった。


 アリソン自らがカーラに姿を変えて囮となり、無事ネリンを救出し誘拐犯の一味を拘束した。しかし、賊の狙いは来年王都の学園へ入学する子爵家の長男、つまりアリソンの兄であることを知る。


 アリソンはケーヒル伯爵の協力により来春学園へ入学し、兄の近くで守る決意をする。


 同時に臣下の二人も貴族家で働きながら、従者として学園へ同行する準備を始めた。



▽七歳編


 魔術師協会の後援者であるリッケン侯爵家の養女になったアリソンは、十歳の新入生としてアリス・リッケンの名で王立学園へ入学し、二人の従者と共に学園の寮で生活を始めた。


 同じクラスには、五歳の時に国王から婚約を迫られたクラウド第三王子と、実兄のブランドンがいる。それに王都で宝飾品を扱う商人の娘エイミーを加えた四人は、クラウド殿下の強い意向もあり、課外活動として揃って錬金術研究会へ入会した。


 見習いの四人は錬金術の基礎を学ぶプログラムにより実験を繰り返し、アリス以外の三人は順調に技術を習得していく。

 魔力の制御が不安定なアリスだけは初歩的な実験で躓き、何故か爆発を繰り返した。


 そんな中、学園の貴族と獣人との間に微妙な空気が流れ始める。

 獣人の古物商が売った聖杯が原因で、ある貴族が呪われ体調を崩している。


 古物商と呪われた貴族の子息は共に学園の生徒で、その対立がアリスの同級生の獣人にも飛び火して、学園内の空気が荒れていた。


 アリスの活躍により貴族の呪いは解けたが、聖杯を王都に持ち込んだ聖職者は姿を消していた。


 兄を狙う一味との関係も含めて、クラウド王子の警護責任者と連携して調査を進めるアリスであったが、消えた司祭が王都内の教会に残した幾つかの痕跡以外は、何も見つからない。


 それどころか、兄の身に迫る危機の兆候すら見えないのだった。


 授業においては、養子にしてくれたリッケン侯爵家の名誉のためにも、無様な成績は残せない。


 決して学科の成績が悪いわけでもないが、入学式当日から非常識な魔法による事件を起こすアリスのユニークな存在は学園中に知れ渡り、変人揃いの錬金術研究会の中でも際立っている。


 アリスは不器用で何をするかわからない珍獣として、研究会のペットのような位置を得ていた。


 短い夏休みの後に行われた学園の試験では、そんなアリスがクラウド王子を抑え学年トップの成績となり、学内は騒然とする。


 俄かにアリスの周囲が賑やかになるが、本人は全く関心を持たない。


 それよりも、学園長の隠し部屋を盗聴していた警備担当者ステファニーを呼び出し詰問したところ、前年からアリソンの周囲で起きた事件の多くが、彼女の指示によることが判明した。


 どうやら、兄ブランドンの身が狙われているという疑惑自体が捏造であったらしい。


 ステファニーはエルフであり、王国の諜報部門の長でもあった。

 彼女はクラウド王子の人柄と才能に魅かれ、次期国王に推しつつアリソンを婚約者に迎えようと陰謀を巡らせていた。


 王国は、三人の王子を担ごうとする三つの派閥争いに加え、亜人との融和政策に反発する貴族至上主義派の台頭も露になり、混乱している。


 時を同じくして現宰相の体調が悪化し、次期宰相を巡る憶測も飛び交い始めていた。


 自らの謀略が露見したステファニーは土下座して謝罪し、以後騒乱の収拾に努めることを約束する。


 学園には平穏な日々が訪れ、アリソンが学園に留まる理由も消えたかに思えたが、行方不明の謎の司祭だけが、ステファニーの計画外の出来事として残った。


 秋の収穫祭を終え冬が訪れ、学園の一年が終わろうとしているが、ステファニーによる捜査も空しく司祭の姿は捉えられない。

 そして二月の下旬、ついに学園の卒業式を迎えた。


 式には学園の生徒全員と卒業生の家族と共に、王族と国の主だった貴族が揃って出席する。

 台上では学園長自らが、卒業生一人一人に卒業メダルを首にかけている。


 その最後の一人が舞台を降りて自分の席へ戻った瞬間、並んだ胸のメダルが光を発して中空に巨大な魔法陣が浮かぶ。


 周囲の魔力を吸い上げ拡大する魔法陣は、王国の魔法騎士が集団殲滅戦で使う最高位の軍事魔術の応用であった。


 このままでは講堂が消し飛び、王家と主だった貴族が命を落とす。隣接する王宮への被害も甚大だろう。


 魔法陣の発動を止めようとアリスは考えを巡らすが、時間が足りない。仕方なく、席を蹴って魔法陣へ近付いた。


 自らの結界で魔法陣を包みその威力を封じる事だけが、その場を守る唯一の方法であった。


 アリスは自分の魔力全てを結界に込めて、軍事魔術の大爆発を食い止めた。

 しかし、自分の身を守る結界を作る余裕がない。


 魔法陣による爆発を結界内に閉じ込め、自身はルアンナの結界により守られて、アリスの身は守られた。しかしアリスはここが引き時と考え、認識阻害魔法により姿を消して、講堂の天窓から脱出する。


 自らの命と引き換えに王国の危機を救った少女アリス・リッケンは、救国の英雄と称えられた。

 それは、学園との別れを意味している。


 十一歳になったアリス・リッケンは消え、七歳のアリソン・ウッドゲートは一人で故郷へ戻る。


 まだ雪の残る谷の館で本当の家族と再会し、春休みに馬車で帰省する兄ブランドンを待つのだ。








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