開花その12 ドワーフ疑惑
過酷なはずの、西の森の中。
季節は秋に向かっているが、それは私の育った北の谷での話。
ここはずっと南の森なので、亜熱帯のジャングルを思い浮かべてもらいたい。
ジャングルなので、密集した藪や、谷や水辺など、歩くのが難しい場所もある。
毒蛇や毒虫だけじゃなく、危険な動植物や不気味な魔物も多く住んでいる。私もある程度の覚悟は、していた。
ところが、だ。
背が高く太い樹木の密生する森の地上は、強い陽差しも届かず下草も育ちにくい。
意外と空間が開けて風も吹き抜け、馬の背に乗りのんびりと歩き続ける一日も多かった。
うっかり居眠りをすると馬から転げ落ちるか、横から伸びる木の枝に頭をぶつける。本来ならばそれもルーナの結界で守ってもらえるのだが、今は放置されていた。
だからある程度の緊張感は、必要だった。ま、それなりにね。
そうなると暇な旅の途中、馬の背に揺られながら賢者様の巾着に入っている菓子や、そこら中に実っている甘い果実を選んでは食べ続ける私、アリソン(五歳)は、やつれるどころか、逆に太っていた。
おかげでフランシスには、ドワーフの子供のようだと、からかわれ続ける。
「姫様、ドワーフは女性でも髭が生えているそうですぞ」
「それは、嘘でしょ」
「でも、姫様もここにお髭が……」
私が慌てて顎に手をやると、先ほどまで食べていたクッキーやパイの欠片が口の周りに沢山残っていた。
もし母上に見つかっていたら、長い説教を聞くことになっただろう。
「うん、森は自由でいいねぇ……」
「姫様は最近、だらけすぎです。馬から降りて少し歩いたらいかがでしょう……」
「そうですよ。このままでは私も間違えて、ドワーフの里へお送りしてしまいそうです」
真面目なプリスカにまで、そんなことを言われる始末だ。
それでも、成長期の食欲は簡単に止まらない。
結局私たちの歩いたルートの近くにドワーフの村は見つからず、ルーナの結界に守られて、虫や蛇に怯えることもなかった。
魔物との遭遇はそれなりに多かったものの、もっと厄介な魔法使いと魔法剣士の敵ではなく、無事にエルフの里までやって来た。
「ここから先が、エルフの里だと言われています」
プリスカは修業時代に当時のパーティと共に一度来たことがあるらしいが、当然中には入れず、そのまま戻ったという。
確かに、フランシスとプリスカは見えない里の結界に阻まれ、それより先へは進めないようだ。
だが二人が油断している隙に、私一人だけが馬に乗ったまま、結界など何もないかのように簡単に素通りしてしまった。
姿の見えなくなった二人に気付いて私が馬を返すと、泣きそうな顔の二人が結界の前に並んで、おろおろしていた。
確かに、荷物の多くは私と共に、馬の背にある。身の回りの最低限のものは各自で持っているが、ここまでの長い旅路を思えば、非常に心もとない。
しかも、王都から長く苦しい旅程を経てやっと目的地まで来たのに、このまま私の姿を見失ったままでは、帰るに帰れない。
こんな深い森の中へ二人だけ取り残されれば、普通の人間なら生きて帰ることは難しい。
ただ、この二人なら問題なく、魔物を食らいながらでも生き延びるだろう。
エルフの里の結界は、馬が何事もなく通り抜けたように、私と一緒であれば通れるようだ。
そこで、馬に乗った私の両側に助さん格さんのように二人を従え、二人も必死で私の足にしがみ付きながら、無事に通過した。
そうして二重の結界を無事に通過すると、周囲の雰囲気がガラリと変わる。
暗く深い森は、明るく花の咲き乱れる美しい森に変化して、足元には石畳の小道が伸びている。
しばらくその景色に見とれていると、前方から武装した数人の男女が歩いてやって来た。
全員が強い魔力の持ち主で、フランシス師匠並みかそれ以上の魔法使いだ。
金髪の整った顔に尖った耳、間違いなく彼らがエルフだろう。
「結界に侵入した者がいると来てみれば、人間ではないか」
先頭を歩く、ひと際魔力の大きな男が、私たちに声を掛けた。弓を持って、ロビンフッドのような姿をしている。
「どうやって入ったのだ?」
「いや、私と一緒にみんな入れたんだけど……」
私は、馬の上から彼らを見下ろす形になる。
「ん? お前は人間じゃないな」
「えっ?」
「その小さな体に丸い顔、ドワーフの子供か」
げっ、またドワーフと呼ばれてしまった。
「しかし、なぜドワーフが我らの結界を破る?」
私をドワーフと呼ぶなっ! と言いたかったが、なんとなくドワーフに失礼な気がして、止めた。
「あの、私はエルフじゃないの?」
「違うな。エルフが結界を通るには、結界の一部解除の魔法を使う。だがお前は結界自体を無効化し侵入した。そんなことができるエルフはいない」
「うそー」
「だが人間でもないようだし、ドワーフか獣人か……」
「いやしかし、エルフにできないことを、人間やドワーフにできるはずもない……」
なるほど、わかった。こいつは頭が悪いな。
「貴様、何者だ?」
それは、こっちが聞きたい。エルフにもドワーフにもできないのなら、何故私をドワーフと呼ぶのだ! 腹が立つ。エルフというのは、こんな愚鈍な連中なのだろうか。
「姫様は、賢者様ですぞ」
私よりも、フランシスが怒っていた。
「なんだと。確かに以前人間の世界で賢者と呼ばれていたエルフがいたのは事実だ。貴様はその男の娘の、ハーフエルフなのか?」
「いいえ、その賢者様とは何の縁もない、ただの人間の小娘のはずなのですけどねぇ」
私は困惑している。
そもそも、私が人間でもエルフでもなく、ドワーフだという根拠もない。
人を見た目で判断してはいけないよ。父上は優しく、そう教えてくれた。
そもそも私自身が、エルフじゃないかと言われてその気になって、遥々こんな場所までやって来たというのだから、とんだ間抜けな勘違い野郎じゃないか。
あれ、でも、なんか他の目的があったような……
道中でフランシスに散々からかわれていたように、自分はドワーフなのだろうか?
私は悩む。
確かに自分の耳は尖っていない。
「そうだ。ドワーフの耳も尖っていないぞ」
簡単に言うルーナ。
「べ、別に、ドワーフだっていいもん」
「その通り。姫様は姫様ですからな」
そうだ。たまにはルーナも、いいことを言うじゃないか。でも、ルーナは何か知っているんじゃないのか?
「まあいい。とりあえず村へ行って話を聞こう」
先頭のロビンフッドが、そう提案した。
まあ、喧嘩にならずに済んで、よかった。
「悪いが、武器は預からせてもらう」
それは、仕方がなかろう。
「二人とも、ここは従ってね」
「承知しました」
フランシスとプリスカが、所持していた短刀や剣をエルフの男に手渡した。
しかし、私は一番肝心なことを聞いていなかった。
「あの、ここはエルフの里でいいんですよね」
「そうだ、間違いない」
「でも今、村へ行くって」
「ああ、この里を治める長が住む村へ、お前たちを連れて行く」
「この結界の中に、エルフの村がたくさんあるの?」
「そうだ。結界に囲まれた広い森の中に、村が幾つもある。それがここ、エルフの里だ」
なるほど。
私は漠然と、森に囲まれた広い駐車場のある温泉付き保養施設みたいなのを想像していた。
土産は当然、エルフ饅頭とかエルフの月だろう。賢者様の巾着の中に、常備しておかねば。
そんなわけあるかっ!
くーっ、声に出してボケたい日本語である。
誰にも突っ込んでもらえないのが辛い。苦渋の脳内一人ボケ突っ込みであった。
仕方なく、ロビンフッド一行の後について、呑気に歩いて村へ向かった。
先頭のロビンは、団体客が迷子にならぬよう旗を掲げて歩いている。
いや、あれは長弓の飾りなのか?
一気に修学旅行の気分になって、気分は上がっている。
私は歩きながら思う。
ドワーフでもいい、たくましく育ってほしい。
終
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