開花その3 旅支度 後編



「フランシス、姉上の居場所がわかったわ」

「まさか?」

 まあ、そう思うだろう。


「本当よ。たぶん……精霊のお告げかな」

「な、なんと……」


「峠を越えた東の森の砦。傭兵が守っている小さな砦よ。そこに捕らえられている」

「精霊のお告げですと? まさか姫様は、精霊と話ができるのですか?」


「まさか。お告げというか、夢の中で姉上の居場所を見たような感じかな」

「わ、わかりました……」

 さすがに魔術師は、こういう非常識な状況の理解が早い。


「できれば、もう少し詳しく話を聞かせていただければ」

「うん」


 私はルーナから、もう少しだけ詳細な状況を聞き出した。


 砦の詳細な場所、姉上の捕らえられている部屋と、その状況。砦にいる賊の人数や特徴などを、夢に見たようにぼやかしながら、語った。


 それを聞いたフランシスは、慌てて部屋を飛び出す。ドタドタと足音が階下へ消えた。


 魔術師の中には、遠視や幻視、夢のお告げなどによる予言などを得意とする術者もいる。フランシスからすれば、私の言葉は単なる妄言でなく、暗闇を照らす一条の光と感じたのだろう。まあ、彼女は私の変な魔力を、一番よく知っているからね。



 騎士団長の指揮下で、魔術師と騎士の精鋭が集められ、極秘裏に砦へ向かった。

 犯行に内部の手引きが疑われる以上、迅速かつ隠密な行動が求められる。


 ルーナの調べで、賊の中に魔術師が少ないことがわかっている。

 砦への先制攻撃は、魔法により行われた。


 姉上の無事が第一の作戦なので、大規模な魔術による簡易結界の破壊と同時に、強力な状態異常系の魔法が一斉に行使された。


 砦の内部にいた人員は瞬時に体が痺れ動けなくなり、多くは意識を失い倒れた。

 続いて突入した騎士団により、姉上は無事に救出された。

 姉上も術で昏倒していたんだけど、それは仕方がない。



 砦にいたのは、最近新たに加わった傭兵たちだったが、そもそも詳しい事情を知っていたとは思えない。上官の命令に従っただけだろう。


 契約している傭兵団の副団長の肝入りで加わった十数人の男たちで、そしてその副団長はまだ依頼者を明かしていない。


 だが、それにしてもお粗末だ。

 傭兵団の副団長も、実行部隊の指揮者も、男爵家の二人の姫の顔を知らぬわけがない。


 実行犯として動いた兵士たちは、明らかに頭の悪い間抜けばかりだったのか、指揮官が特別に阿呆だったのか。その手際の見事さに比べ、あまりにも杜撰な結果である。


 そもそも、本気で私を狙ったのだろうか? 私などを誘拐して、何の利がある?


 この事件に関わった傭兵は、即座に捕らえられ、尋問を受けている。

 契約していた傭兵団も信用を失い、残りの団員も約半数が解雇された。


 それから数日後、突然私が狙われた理由が明らかになる。



 王宮から届いた文により、古代魔獣ウーリ討伐の褒章を与えるため、父上は王宮へと呼ばれた。


 そしてその文には、父上と共に、水晶砕きのアリソンを同席させよ、と記されていたのだ。


 いち早くその情報を掴んでいた何者かが、事前に私の身柄を確保しようと動いたことは明らかだ。いち早く動き過ぎたんだね、きっと。


 一体それに、どんな意味があるのだろう。

 辺境の谷間に住む底辺貴族の我々には、王都の政治や勢力図に関わる思惑は、何一つ伝わらない。


 ただ一つ確実なのは、私は父上と共に王宮へ行く羽目になってしまったことだ。

 しかも、その道中が決して穏やかなものにならないことは、容易に想像ができる。



 そんなの嫌だ。行きたくないよう!



 王都へ向けて旅立つ支度が、大急ぎで始まっている。


 行くのが父上だけなら、軽装で馬に乗って護衛の騎士と共に出かけることだって可能だろう。だが、私のような幼児を伴うとなると、話はまったく変わる。


 さすがに私の体力では、馬に乗った長旅には耐えられない。


 この辺境の谷から普通に男爵家の馬車で王都へ向かえば、優に一か月以上の長旅となる。


 谷の南に広がる王室直轄地の一番近い街まで行けば、そこから王都までは比較的広い街道に、便数は多くないが、駅馬車が整備されていた。


 さすがに男爵一行が一般客と共に駅馬車に乗るわけにはいかぬが、チャーター便のようなことは可能だろう。

 父上と私と近従(フランシスと侍女二人くらいか)だけが御者付きの駅馬車に乗り、騎士が護衛として同行する案も検討された。


 しかし私自身が何者かに狙われている現状を考えると、借り物の駅馬車で移動するのは色々な意味で躊躇われた。


 そこで男爵家の特別な馬車を使い、駅のある町ごとに馬を替え、馬車を整備しながらなるべく急ぎで走れば、何とかひと月以内に到着できるであろう、ということになった。


 それでも、天候や様々なアクシデントを考慮に入れれば、やはりひと月以上の余裕が必要になる。場合によっては、馬車の中で一夜を過ごすような事態もあるだろう。


 この世界の長距離移動は、なかなか厳しいようだ。


 さて、有り余る時間を持て余す旅になるのは間違いない。同行するフランシスも、馬車の中でも可能な魔術修業の考察に悩んでいた。


 まあ、半分以上は、王都でいい男を見つけたいという、不純な動機に心が占められているようだったが。



 私はといえば、王都へ行けば、賢者様について多くの情報が得られるのではないか、と期待している。


 伝説によれば、賢者エドウィン・ハーラーは齢百五十年歳を超えてなお若々しく健康であったという。


 奸計にはめられ不慮の死を遂げなければ、なお百年以上生きたのではないかと伝えられるが、本当だとすれば、長命なエルフの血を濃く引いていた可能性が高い。


 エルフは西の深い森から出ず人とは距離を置いて暮らしているので、今ではその姿を見る者は少ない。


 他にもドワーフや獣人族などの亜人の住む街もあるが、多くは人間との接触を避け、人里から遠く離れた土地で暮らしている。


 実は、男爵領のある北の森には彼らの住まう村が幾つかあり、古くから交易を続けている。


 魔物の多いこの森では、人族同士で無駄な争いをせず、互いに不干渉という原則を守りながら、共存しているのだ。


 遠く西方の伯爵家の五男だった先祖がこの地へ来て以来、男爵家は多くの亜人と分け隔てなく関わり、領民もまた同じく差別意識は少ない。


 もしかしたら、伯爵家は西の地に今も住むと言われるエルフ族とも、何らかの交流があったのかもしれない。


 この北の森でも、特に深い森の奥に棲む猟師の村などでは、日常的に亜人族との交流があるようだ。


 人族よりも精霊との親和性が高い彼らは、高度な魔術を使う者が多い。

 ひょっとしたら、エルフも北の森のどこかに隠れ、ひっそりと暮らしているのかもしれない。


 この世界の仕組みが少しずつ明らかになると共に、どうやら私は里の人間よりも、亜人種と呼ばれる彼らに近い存在なのかもしれないと、思うようになった。



 そんな話を確認するように、一通りルーナにも説明していると、「たぶんそうでしょう」と頭の中で、軽く言った。


 最近急速にルーナの話し方が普通になり、ここでの暮らしに馴染んでいることがよく伺える。


 堅苦しいのは嫌いだから、それは、いいことなんだけどね。


「昔はもっと、人族は互いに交わりながら一緒に暮らしていましたから」

 ルーナは言う。そういえば、先祖返りというのもたまにある、と聞いたことがある。


「だからきっとアリソン様は、あと百年くらいはこのままなのかも……」

「えっ?」


 聞き捨てならない一言であった


「そ、それはどういう意味?」


「エルフなどは千年以上も生きますから、中には生まれて百年程は子供の姿でいる者もいます。大抵は十代から二十代で一度成長が止まりますが、中にはアリソン様みたいに、お子様のままでしばらく成長しない子もいますので」


「……???」


「アリソン様も、きっとそんな感じなのかなって思いました……」

「うそっ!!!」


「大丈夫、私はずっと傍でお仕えしますから」


 勘弁してくれぇ……


「だけど私から見ればアリソン様は、既に大人顔負けの頭脳をお持ちです。本当に五歳児なのか、大いに疑わしいところですねぇ」


 いや、それには色々事情があるのだ……


「でもね、百年くらい、あっという間ですよぉ」

「あんた、一体何年生きてるのよ」


「さぁ? 精霊は自分の年齢など覚えていません」

 これでは、まったく話にならない。


「嫌だ、私は早く大人になりたい!」


「じゃ、さっさと変化の魔法を覚えましょう」

「何それ?」


「文字通り、見た目の姿を変える魔法です」

「えっと、それは私が覚えるの?」


「いえ、アリソン様は精霊を行使すればいいのですから」

 おお、やっと光が見えてきた。


「ということは、どの精霊に命じればいいの?」


「変化の魔法が得意な子は、うーん、今はこの辺にはいませんねぇ」

「大丈夫、そのうち会えるでしょう」


「そのうちって、五十年後とかじゃないわよね?」

「さあ?」

 ああ、せっかく差した光が、雲の影に……


「そんなの待てない。自力でその魔法を覚える方法はないの?」


「うーん、百年くらい修行すれば、何とかなるかも……」

「それじゃ意味ないの!」


 見た目が五歳児のままで、これ以上成長しなかったら……

 これでは、私の数年後の未来さえ怪しくなってきた。



 それはそれとして、姉上を誘拐した黒幕を知ろうと、捜査をする王宮直轄の警備隊が早くも館へ到着している。


 一部は近隣の街に常駐する諜報機関か情報部隊のようだが、遅れて秘密警察本隊も到着し、我々の王都行きの護衛を務めてくれるようだ。


 彼らにしても、私に関する情報の出どころには、首を傾げているらしい。


 しかも、私を拉致しようとした黒幕もその目的も、結局のところ何も解明されていない。今回の尋問で名前の出た何人かの有力者にしても、証拠も何もなく、これ以上の追及は難しいようだ。


 その意図も目的も、更には誰かからそそのかされたり脅迫されたりといった痕跡も、何も出てこない。


 依然として、謎は深い。


 なんでそんなことを、館に幽閉されている五歳児が知っているかって?


 へへ、私にはルーナという超優秀なエージェントがいるからね。


 よくわからないのだが、ルーナのような高位精霊と話の出来る人間というのは、どうも他に例のないような事態らしい。


 それこそエルフや賢者様以外には、歴史上も前例のない荒唐無稽な話だという。


 ここで言う歴史とは、フランシスのような意識高い系上級魔術師でも一部分しか知らないような、特別な集団だけに伝わる歴史という意味を含むらしい。


 私はルーナのことは、最初から隠している。


 そのルーナが、最近館に見慣れぬ者が増えていると伝え、色々と情報を集めてくれている。


 聞けば聞くほど不可解で、気の重くなる話ばかりなのだが。


 当のルーナはお気楽で、人間のやることなどたかが知れていると、暢気なものだ。


 しかし人が多く集まる都のような場所では、何が起こるかわからない。

 そんな場所では他の精霊たちの力も必要となるだろうと、無用に私の不安を煽ってくれる。


 有難いけど、いやもう、精霊は間に合ってるんで……


 はあ。それでも、旅立ちの時は近い。



 終



  

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