アイを叫べ!
一体、何が本物なのだろう。
どれほど考えてもわからない。
――自分は一体、なんなのだろう。
「ケイトくんっ! なにを考えているの?」
「うわ! ……なんだ、愛沙か」
俺の幼馴染の
邪魔だ、どっか行っていろ。それが本音なのだが、言いにくい。怒らせると面倒なのだ。
「で、なんの用だ」
「昨日、デートするって約束したよね?」
「それがなんだ」
そもそもした覚えすらないが。ただ、愛沙が「一緒に出かけよう」なんて言ってきたから、眠気半分面倒くささ半分でぼんやり頷いただけなのだが。
「お迎えに来たよ!」
「なんでだよ!」
まさか、こうなってしまうとは。
「どこ行こうか。遊園地? 水族館? それとも……」
「ラブホなんて行かないぞ。下ネタも大概にしてくれ」
「ちぇー」
言われる前に、予防する。生まれてからおよそ十五年もの付き合いだ。流石にこの位はわかってしまう。
……それにしても、ここ最近よく下ネタを持ち出すようになったけど、どうしたのだろう。その程度は気にしないが。
「……鈍感な男は嫌われるよっ?」
「一体何のことだ」
おかしな奴だ。
「じゃあ、行こうよ!」
「いまその場所を決めているんだろうが」
「そうだったね」
そう言って愛沙は笑った。
その顔は、妙に可愛らしく見えた。
「顔、赤いよ? 何かあった? もしかして……」
「い、いや、なんでもないからなっ!」
「ツンデレさんだね!」
「ち、ちがうから!」
俺たちは、結局、高台の公園に出かけた。
「ここって、なんでこんなにコンビニが少ないんだろうね」
「仕方ないさ。ここは田舎なんだからさ」
電車がカーブを曲がるときの耳障りな金属音が鳴り響く。
夕日に照らされる川をみながら、思った。
「いつかは、ここも……」
「なになに!?」
「ちょっ!」
愛沙が邪魔をする。
でも、いつかはみんな、すべて――。
「どうしたの? ……泣いているの?」
「……なんでもねーよ」
「……」
俺って、一体、なんだろう。
――俺の存在は誰のためにあるのだろう。
――――何のために……。
「――ねえ……――ねえってば! ――ケイトくん!」
いつの間にか、俺は眠っていた。
「……結局、これでよかったのか?」
ベンチに座っていた。
空は赤く、日は西から俺たちを照らす。
「うん。ほら、きれいじゃない、この景色」
夕焼けを指差しながら、愛沙は笑った。
こういう時だけは可愛いんだよな。
「さっきの寝顔、面白かったよ?」
「…………」
口さえなければな。
「……今日のケイトくん、なにかおかしいよ」
「なんだ? 急に」
そんなことを言うなんて、珍しい。
「さっきだって、ボーっとして……。いまも。いつもはこんなことないのに」
「あっ……、あ、ああ。何でもねーよ」
「……嘘つき」
あ、これ、駄目なパターンか。
正直に言おう。
「……笑うなよ? ……実は、俺はなんで自分が生きてるかわからないんだ」
それを聞いた愛沙は盛大に吹き出した。
「おいっ! 笑うなっていっただろ!」
「あっはっははは……。いや、そんなことで悩んでいたのかって思うと……」
俺はムキになって、言い返した。
「何がおかしい」
「だって……。みんな、生きていたいから、生きているんじゃ、ないの?」
「…………」
笑いながら、さも当然のごとく言う愛沙に、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「はぁ、はぁ……。笑い疲れた……。好きな人にそんなこと言われると、ちょっと寂しくなっちゃうな~」
「ぜんぜん寂しそうには……あれ? いま、好きって」
「もしかして、気付かなかったの? いままで、ず~っと」
俺はつい顔を赤くした。
「うん、それでこそ、いつものケイトくんだ」
「な、なにがだよ!」
「だから、こんな君が、だいす――」
その瞬間だ。
地震が襲ってきたのは。
縦に少し揺れた、と思ったら、一気に地面が揺れだした。
立てないほど、激しい。
町が壊れて行く音がする。
電車がブレーキで止まる金属音が、断続的に響いて――ついには巨大な金属槐が公園の中に飛び込む。
出た火花で、木が燃え出す。豊かな自然に囲まれているこの公園はあっという間に火の海と化した。
「こ、怖い……」
愛沙はそう言って、俺の腕にしがみついた。
眺めていた赤い空はいつしか藍色に変わり――いや、急激に灰色に染まる。
濃いグレーの空からは、すぐに雨が降り出す。
地震の揺れが、収まった。
怖い。怖い。怖い。
襲い来る恐怖に耐える。
恐怖、恐怖、恐怖。
でも、それ以上に、怖いことがあった。
「愛沙……」
失いたくない。大切なもの。
天変地異よりも、彼女を失うことのほうが、とてもこわかった。
「行くぞ」
俺は告げた。
「どこに?」
「どこでも、だ」
強く思った。感じ取った。悟った。
愛沙を、守りきる。それこそが、俺の生きる意味なのだと。
走った。愛沙の華奢な腕を掴んで。
バケツをひっくり返したような大雨にぬれながら。
それでも消えない劫火を避けながら。
走った。
川岸の道路。そこに流れ出す、ひざほどの高さまである奔流をさかのぼって、走る、走る、走り続ける。
「もう……駄目……」
「あきらめるなよ!」
ゴゴゴゴゴ……
地響きが聞こえる。
振り返ると、奥に見える新幹線の橋がこちらに向かって近づいていた。
川が逆流して、橋を押し流しているのだろう。
危ない。逃げなければ。
走る。走る。ただ、ひたすらに。
さらに、それより手前にあった道路橋までもが流されている。
さっきまで座っていたベンチも、いまや木片になってしまった。
目の前の、私鉄の鉄橋が、バキバキと音を立てて、壊れてしまった。
走った。走った。努力は、無駄だった。
激しすぎる奔流が、俺たちを飲み込んだ。
掴んでいたぬくもりを手繰り寄せて、抱きしめようとする――が、そこにはもう、なにもなかった。
俺は、流れに逆らって、腕を、伸ばす。
でも、なにもなくて、俺は、ながされて――。
無力感。絶望。
あきらめたく、なかった。
出来な、かった。
そして、轟音が響く。
圧倒的質量。
熱が、生まれ――
すべてが、消滅、した。
無残な最期。
起こった事を悟りながら、光に手を伸ばした。
言えなかった、あの言葉。
『こんな君が、だいすきだよ』
二人は、抱きあった。
柔らかな光のなかで。
心の夕日は、彼らを祝福するように、輝き続けていた――。
*
初出:2019年度 とある高校の文化祭小冊子
(別ペンネーム、また身バレ防止のため学校名などは伏せさせていただきます)
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