天使の梯子

亜夷舞モコ/えず

《天使と悪魔と神にささげる前奏曲(プレリュード)》

 

 

「私は裸で母の胎から出て来た。

 また裸で私はかしこへ帰ろう。

 主は与え、主は取られる。

 主の御名はほむべきかな」

 

       《旧約聖書・ヨブ記》より

 

 

 

 

 手回し式人形舞台機巧(からくり)、通称「演舞曲(ミュージック)」。

 大きな紙芝居の屋台のようであり、サイズは二十四型のブラウン管テレビ。それの左に手回しのレバーがある。それを、黒子は回す。彼の右手はレバーを回す。彼の右手は、それだけの為にあり、それ故に筋肉は発達して左右のバランスが悪い。

 黒子はレバーを回していく。

  クルクル。

   クルクル。

 だんだんとテレビの画面であるところの、舞台の幕が開く。小さな機巧の人形劇の舞台の幕が開く。

 パ。

 舞台に灯りが点いた。

 チャラチャラ♪ と音楽が流れる。

 それは壮大な音楽でありながら、機械のスピーカーを通したちゃちなメロディーだった。

 

          †

 

 舞台の真ん中に鎮座するは、天の長・神。その脇を四人の大天使が固める。天使は安っぽいメロディーにのせて、本当の天使が歌っているような荘厳なハーモニーで歌う。

 それは神を称える曲。

 それは神を敬う曲。

 それは神を労る曲。

 それは人を癒す曲であり、悪を遠ざける曲。

 天使の音楽だ。

 そこに小さな黒い人形が、身を縮こめて入ってくる。神の御前まで来ると、天使の曲は止む。そして、卑しい悪魔の音楽が流れる。しかし、スピーカーの音質は相変わらず悪い。

 神の御前で、悪魔・メフィストフェレスは踊る。人形の小躍りを踏む。

 それをただ眺める神と、憎らしげに見つめる天使たち。それは雰囲気だけで、実際に彼らの顔は変わらない。人形でしかないのだから。

 悪魔は踊り終わると、神に顔を向けて話を始める。


「イザナミは言いました。私はおまえの国の人間を毎日1000人殺そうと」


 それは誰にともなく言う、宣誓するように。宣言するように。

 神は答えるように言う。その表情は変わらない。しかし、神の声はまるで天から降る声に聞こえた。


「イザナギは言った。ならば、私は毎日1500の産屋を建てようと」

「フフフ。産屋を建てたところで、人は増えるのかな」

「違うな。それは人の摂理である」


 悪魔は笑う。

 ゲラゲラ、ゲラゲラ。

 そう笑って、神に向かって批判するように言う。

 人形の顔は変わらない。でも、底知れぬ侮蔑と怒りがあった。


「主は人に甘い。人は醜いものですよ。欲にまみれ、欲をむさぼり、欲を欲する。ハハハ……おもしろい言葉だ。欲を、欲するんだから」

「何が言いたいんだ、メフィストフェレス」

「私も欲しいのです。人のタマシイが」


 神は何も言わない。

 悪魔はそれでも話を続ける。


「人のタマシイ。それも満ち足りた瞬間のタマシイ。それはどんな料理も美酒も超越する。私はそれが欲しい」


 神は口を開き言う。


「人は弱い。だが、故に強い。それを忘れてはならん」

「ハハハ、貴様が何もせんならそれでいい。そこで貴様の子等が私に食われるのを見ていろ。私は宣戦するぞ、神よ。私は人を喰らおうぞ」


 メフィストフェレスは舞台から退場する。

 そして、舞台は暗転。声だけが聞こえる。


「愛すべき子等よ。この世は綺麗だ」

 

          †

 

 黒子はレバーを逆に回した。全てが逆再生されて、舞台の幕は閉まった。

 そして、黒子は「演舞曲」を重そうに背負い。舞台を後にした。すべてはここで語られるべきだと。彼は塵一つ残すことなく、舞台を後にした。

そして、幕は閉じる。

幕は閉じて、再び開かれるのだ。

舞台の準備が整えられ、幕は再び開かれるときを。

物語の語られる時を。

さあ、今こそ、始まる。



    《天使と悪魔と神にささげる前奏曲(プレリュード)・了》

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