第3話 魅月の誕生、妹弟の誕生


 華月は己の汚点──ひいては華氏の一族の恥部──といえる魅月みづきの過去と現在を、幾度となく多くの幹部達に語ってきた。


 昇格したばかりの幹部といえど、一般の鳥に比べれば発言力も影響力も強くなる。戒めとして魅月のことを語り継ぐには絶好の機会といえた。


 全ては同じ過ちを繰り返させないため。自分の子供、孫、曾孫、血の繋がらない弟子に至るまで。己の手の届く範囲から愚かな鳥を出さないようにするためである。


 華月は座椅子の背もたれによしかかり、そっと目を閉じる。脳裏に思い浮かべるのは数百年前の晩のことだ。


「魅月が生まれたのは二百五十年前。僕がまだ八十歳の頃だった」



  *  *  *



 華絃の第三子、華月の子がじき産まれる。


 華月の子を孕んだ雌が産気づいたらしいと知らせを耳にした里の鳥たちは色めき立っていた。当時の長老も今か今かと待ち望むほどであった。


 人間と違い、子が生まれるまで年単位の時間を要する鳥にとって出産は非常に喜ばしい出来事だ。幹部級の鳥、特殊な血筋の鳥で雛が誕生することは特に尊ばれる。


 華月は「月をも魅了する鳥となるように」という願いを込めて、誕生したばかりの娘に魅月と名付けた。


 魅月は周囲の期待を裏切らず美しく成長していったが、祖父や父には遠く及ばなかった。他の鳥と比べれば容貌の面で優れていたのは明らかである。しかし華氏の一族で、と限定すれば話は別だった。


「私は華月の第一子。華絃様の孫」


 周囲から美しいと褒められても心から喜ぶことのできない魅月は、父と祖父は偉大な鳥だと誇りに思うことで自分を強引に納得させた。私の身体には華氏の血が流れている。誰もが羨む血筋と環境を手にしている。強い鳥たちは助けを求めればすぐに手を差し伸べてくれる、と。


 もしも魅月が一人っ子だったなら、これ以上誰とも比較されることなく穏やかな生活を送ることが出来ただろう。後に愚か者と罵られる確率を少しでも減らすことにも繋がったかもしれない。


 だが一族繁栄を願う華月はその後も順調に子を成していく。魅月に妹弟が誕生することで、より深い闇に突き落とされることとなる。


 魅月が生まれた十年後、妹の朧月おぼろづきが産まれた。朧月は美しさこそ魅月に劣ったものの、戦闘力においては他の姉弟を軽々と凌駕した。華月の弟である皇華おうかに弟子入りし、荒々しい修行に耐える過程で類まれなる戦闘術の才能を開花させていった。実は皇華の娘じゃないかと噂されるほどである。


 朧月の誕生から十五年後、弟の狂月きょうげつが産まれる。柔らかな気配や神秘的な雰囲気が華絃に似ていると他の鳥から評され、華絃自身も幼少の頃の自分を見ているようだとよく口にしていた。その後狂月は里で最も賢いといわれる鳥の弟子となり、知識だけではなく幻術の使い方も吸収していく。


 狂月の誕生から十五年後、弟の蒼月そうげつが産まれた。蒼月は鳥としては珍しく虚弱体質だったが、それを差し引いてもあり余るだけの才能に恵まれた。書物を読むだけで術を発動させ、新たな術を考案し、それを他の鳥に伝授する。その身体から幹部に昇格できなかったため最期まで弟子を取らなかったが、多くの鳥に貴重な術を与えた功績は後に語り継がれるほどである。


 圧倒的な強さを誇る妹、朧月。


 美しく賢い弟、狂月。


 天賦の才を持つ弟、蒼月。


 三人がそれぞれ異なった長所を持ち、停滞することなく見事に成長させている。優秀な子が多いと他の親鳥は羨ましがっていたものだ。


 それに引き換え、魅月は特に秀でたものは何も持っていなかった。強さも、美しさも、賢さも、素質も何もかも妹弟が持っている。それは本来自分が手にする筈だったものなのか、はたまたそういう運命だったのかは知らない。


 しかし魅月とて幹部の子だ。優秀な鳥は里にとって必要な存在だと理解している。鳥同士の間に生まれた純血の鳥で、ましてや血を分けた妹弟なのだ。たとえ自身が劣っていようとも、悔しさはあっても、可愛い妹弟には変わらない。


 そう、思っていたのに──。



  *  *  *



「改めて叔母様や叔父様の話を聞くと、あまりの凄さにため息が出そうになります」

「ああ。蒼月様にお会いできないのが本当に残念でならない。俺ならどんな術を授けていただけただろうか」


 帝麗は息をつきながら呟き、帝牙は今は亡き叔父への憧れを瞳にたたえながら絶望する。その様子を華月は楽しそうに眺めていた。


 朧月と狂月は今も存命している鳥だ。現在は数人の子と弟子を持つ立派な壱の幹部である。双子の元服の儀や宴にも勿論参列しており、行事以外でも顔を合わせることが多い親戚だ。


「どうだい。ここまでで魅月のことは何となくでも把握できたかな」

「母様が凡庸な鳥だったというのは分かりました。華氏の血と環境に甘んじてしまったのですね」

「話を聞く限り、妹弟に負けないように頑張る、という気概も無いように思う。努力でどうにかしようとは考えなかったんだな」


 華月の語りは非常に分かりやすい。


 ただ魅月と妹弟の誕生を聞いただけだというのに、どんな生活ぶりだったのかが手に取るように分かる。


「生まれた順番は関係なく、努力は鳥を裏切らない。これは絶対の理だ」


 人間は努力しても無駄になってしまうことが多い。素質を見極められなかったり、時期ではなかったりと理由は様々だが。


 しかし鳥は違う。


 鍛錬を積まなければ衰えて死ぬ宿命を持つ鳥は、努力すればするだけの効果を手にできる。術の系統に関して向き不向きはあれど、無駄になることは決して無い。費やした努力は必ず報われる。


「母様は修行を怠っていたのですか」

「曲がりなりにも僕の子だし、幹部の子として示しがつかないからそれなりに鍛えたよ。僕は魅月の師匠だからね」

「華月様が師匠に?」

「そう。まぁこれは後の話に繋がるから、今はここまでの回答に留めておこう」


 華月はひと段落ついたかのように脚を組む。


「元服の年齢にも満たない頃、魅月は一人の雄に一目惚れをした」


 恋とは恐ろしい。


 必ず手に入るものでも、思い通りにいくものでもないくせに。そのくせ対象者を善いようにも悪いようにも強制的に変化を与える。


 そしてそれを他者が止めることは叶わない。


「どんな鳥に恋をしたのですか? 今も生きてらっしゃいますか?」


 華月は口元に笑みを浮かべる。悪寒を覚えるほどに冷徹な微笑みだった。


「現長老の次に権力を持ち、次期長老として候補に挙がる鳥。そして五羽貴の頂点に君臨する鳥。泪聖るいせいだよ」

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