第4話 強き鳥は雑草を見ない
現在の五羽貴は以下の面々で構成されている。
戦闘力を上げるため、妖狐との大戦で失った両目を治療せずに今も盲目のまま生活を送る
里の中で最も賢く、里の教育や師の斡旋を一手に担う鳥。建設会社と電力会社を人里で経営し、里のインフラ整備にも貢献している
妖狐との大戦では特攻隊長を務め、他の妖を倒して手に入れた戦利品の呪具を身に付けて森を駈ける戦闘狂。今は里の掟を破った鳥の処刑も担当している
最も美しい鳥の座を掲げ、その美貌と幻術で多くの人間を惑わし、子供が多いことから一族繁栄に最も貢献したとして称えられる鳥。美しいだけではないことを大戦で証明してみせた
「魅月が恋をした雄、
里を守れ。
長老を守れ。
同胞を守れ。
眼に映る大事なものを守る強さを手にするため、泪聖は我武者羅に肉体と精神を痛めつけた。それを苦だと思わない鳥だった。流した血は一滴、負った傷はひとつだって無駄にしない。己を厳しく律し、何よりも強さを求め続けた鳥は努力に相応しいだけの力を得た。そして、華月とは違う美しさ──鍛え抜かれた肉体と雄々しくも色気のある顔──を備えた雄に育つ。
妖狐との戦闘が一段と激しかった第三次大戦。敵の返り血を浴びて顔も着物も真っ赤に染まった泪聖の姿を見て、敵味方問わず誰もが恐怖で固まってしまったという。
「今なら、僕は止めるべきだったと断言できる。お前には高望み過ぎる相手だと。お前が
だが、少なくとも当時の華月には僅かな望みがあったのだ。もしかしたら魅月が泪聖の子を産んでくれるかもしれない。優秀な血を引く子供を里にもたらしてくれるかもしれないと。
「でも、到底無理な話だったんだ。自分を変えるための努力を何ひとつしない雌が、貪欲に強さを追求し続ける雄に惚れて、相思相愛になるなんて」
* * *
長寿である鳥は年齢の感覚も独特だ。
華月は泪聖よりも十歳若い。しかし十年や二十年程度では歳の差があるうちに入らない。故に二人は普段から砕けた口調で会話し、まるで同い年であるかのように接していた。
「ふふ。初めて自分の子供を作ったけど、可愛いものだね。君も欲しくなったんじゃない?」
子供の可愛さを自慢したいのか、それとも優秀な雄の子供を増やしたいのか、華月は事あるごとに泪聖を屋敷に呼びつける。雑談だったり酒盛りだったりと状況は様々だったが。
華月の腕に抱かれ、すやすやと眠る赤子──第一子である魅月──を眺めるのは苦ではない。這って動く姿は愛らしいとも思う。いずれは里の守り手となる大切な宝だ。しかし泪聖はいつだって華月の勧めを静かに断る。
「俺はまだ修練が足りない。子を作る暇なんぞ無い」
「何を言ってるんだい君は。先の大戦でも十分な数の妖狐を倒してるじゃないか。そんなことを言ったら僕に子供が居るほうが可笑しいよ」
華月は八十歳。
泪聖は九十歳。
鳥としては若手だが、もっと若い年齢で子を成している鳥もいる。一族の繁栄には子供が欠かせない。優秀な鳥の子が産まれることを多くの鳥が望んでいる。
華月は泪聖の子を見てみたかった。
謙虚なまでに自身の強さを追い求めるこの鳥の血を受け継ぐ子供はどんな鳥に育つだろう。そして、この雄が番に選ぶ雌とはどれほどまでに素晴らしい鳥だろうか。そう思わずにはいられなかった。
時が経ち、魅月が自我を持ってからも華月は泪聖をたびたび屋敷に呼びつけた。泪聖も面倒だとは思いつつ、幹部として必要な意見交換はしたかったので無下に断るわけにもいかない。
そうやって数年経った頃、華月は娘の僅かな変化に気付く。頬を染め、ぼぉっとした表情を浮かべながら泪聖を見つめている魅月。その顔は自身がよく知る類のものだった。
何故なら、それは華月が人々から向けられた表情と全く同じだったからだ。
華月はその美しさ故に男女問わず、そして身分問わず多くの人間を惹きつけた。虜になった者は皆、まるで絵巻物に描かれた天女か天上人を目にしたかのように息を飲む。最初は言葉を交わすことさえできない。
泪聖を前にすれば、魅月は人間と同位置に立っているも等しい状態だった。
幹部の娘という点では一般の鳥よりは間違いなく近しい立場に居るだろう。だがそれだけだ。泪聖が屋敷に立ち寄ろうと思うのは、誘い主が華月だからだ。ともに大戦を切り抜けた華月だからだ。魅月は単なるおまけに過ぎない。
魅月の恋煩いも短い間だろう。好きにさせておこうと思ったが、いよいよ来年に元服の儀を迎える頃になっても恋心は燃え尽きる様子を見せない。
華月は今後のことについて娘と話し合うことにした。
「そんなに泪聖が好きなら、泪聖に弟子入りするかい? 僕としてはお勧めしないけどね」
泪聖は荒い修行をつけることで有名な鳥だった。彼の弟子になって命を落とす若い鳥は少なくない。だが、強さが全てであるこの里に於いて泪聖を非難する鳥は居ない。
自分が泪聖の弟子になれば死ぬだろうことは魅月も予想が付いていたらしい。魅月は俯く。
「僕の子として恥ずかしくないように鍛えてやったつもりだけど、泪聖の弟子として耐えられるかは保証できない。あいつは手抜きを知らない雄だから」
魅月なら間違いなく死ぬだろう。
いや、最初から弟子には要らんと断わられる可能性もある。
泪聖は誰でも弟子にするような鳥ではない。ある程度は耐えられる鳥、見込んだ鳥だけを受け入れる。魅月はそんな器には当てはまらない。
「私は、父上の弟子になりたいです」
「僕の弟子に?」
「はい。華氏の一族の第一子は、父に弟子入りするのが慣例なのでしょう?」
慣例というほどでもない。
ただ単に、父や祖父が第一子の成長を間近で見ていたいと思ったからこそ師匠として傍にいることを選んだのだ。そう思わせるほどの才能が第一子にあったからだ。
魅月には無いものを、過去の長子は持っていただけのことである。
「僕の弟子になれば泪聖といつでも会える、なんて思ってないだろうね」
「そ、そんなことは」
「僕が泪聖を呼ぶのは、泪聖が友だからだ。同じ幹部として交流を続けたいからだよ。お前を喜ばせたいとか恋を応援しようという気持ちは一切無い。それでもいいのかい」
無条件で子を愛せるのは親だけだ。
だが、子が望むこと全てを叶えてやるのは親の義務ではない。
叶えてやるに相応しい行動をした者であれば華月は喜んで手助けをしてやる。そうしないということは、そういうことなのだ。
「僕は弟子が自分の子だろうと容赦しないよ。兄や姉がしごかれた姿も見てきたからね。甘やかすつもりはない」
強さを求める鳥の基準はそれぞれだ。
傷を癒す術を最も重んじる鳥。
里を守る結界術こそ第一だという鳥。
生き永らえる人肉を手に入れるに有力な幻術こそ真の強さだという鳥。
弱き者、邪悪な敵を滅ぼすのに有利な戦闘術を極めた鳥が最強だという鳥。
魅月は父以外の鳥の弟子になる選択肢もあった。だが、魅月は父じゃないと嫌だと言う。
華月は娘の本心が分かっていた。
要は、泪聖に会う機会を失いたくないのだ。
華月以外の弟子になった場合、まずその師匠の屋敷で生活することになる。師匠のもとで鍛え学ぶ他、師匠の世話もしなければならない。しかも一番下の弟子となれば、華月の娘といえど洗濯や掃除など下女のような仕事もこなさなければならない。そうしていれば自然と実家に行く機会も減ってしまう。
それに引き換え、華月の弟子としてこのまま屋敷に留まれば、機会を伺えば泪聖に会うことが叶うかもしれない。娘というだけでなく、弟子という立場も加われば世間話くらいはできるかもしれない。下女のように働くのも免除されるかもしれない。
そう思ったからかい? とまでは訊かなかったが。
「せいぜい僕の下で学び、泪聖に相応しい雌になれるよう努力するんだね。そうしなければ死ぬのが
華月は父として厳しく告げる。
それを娘が聞いたことは終ぞ無かったが。
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