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水野匡

Day 1

「その絵を譲るつもりはございません」

 その女の人は静かにいった。

 とある海沿いの街にある小さなお店。その店内に飾られているひときわ大きな絵画が私の目を引いた。

 いわく「店の中のものはすべて売り物です」とのことだが、その絵画は売られていなかった。

 その絵画は夜の海と浮かぶ月と女の人を描いた絵画で、繊細で力強く儚くも存在感がありきらきらして眩しいのに深く沈んで真っ暗な絵だった。

 この絵を見たときに私は思った。

 なんて矛盾している絵なんだろう、と。

「その絵は私が描いたものです」

 その女の人は静かにいった。

 その女の人は常に喪服を着ているような人で、どこか変わった感じのある人だった。少なくとも、学校にいるような大人たちとは、どこか“変わって”いた。

 そのお店は、女の人がひとりでやっているお店だった。

 いわく「昔はあの人とふたりで店に立っていました」とのこと。

 あの人、といったとき、女の人の視線は絵に向けられていた。

 その絵のモデルは“あの人”なんですか、と私が訊くと、

「あの人が死んでから描いたものです」

 とだけいった。

 その女の人はかつて“あの人”と一緒に暮らしていたらしい。

 “あの人”とは、一体誰なんだろうか。

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