070 vs水龍ケリアロン
水龍との戦いに、意味などない。
今求められているのは、水龍に挑んだミリヤムをなだめ、二人でこの場を離れる決断を下すことに他ならない。
「……血が騒ぐねえ」
未知との遭遇は、彼女の中に潜む原始的な闘争本能を刺激し、内なる情熱を存分に引き出していた。生前には決して味わうことのなかった水龍との対峙は、キッカに興奮を与えていたのだ。
この世界に転移してからのキッカの日々は、もどかしさの連続であった。拳では解決できないことばかりに直面し、己の無力さを思い知らされ、苛立ちや焦燥感が心身に重苦しい影を落としていた。
だからこそ――彼女は戦うことで、重荷から解き放たれることを渇望していた。要は、思いっきり暴れて、スッキリしたいと。
「今度こそ、負けないもんね~」
湖畔の静寂を破るように、ミリヤムが一歩を踏み出した。少し遅れて、キッカも続く。気付けば空は重たい雲で覆われていた。不吉な雰囲気に包まれながら、再びかの水龍に挑む。
「――っ!」
水龍の巨体が湖面を割り、天を衝くようにして現れる。その迫力に圧倒されながらも、二人は戦いに挑む。
まず最初に仕掛けたのは、ミリヤムだった。
水龍の巨体を縫うようにせっいんし、手にした鋭利なナイフを分厚いうろこの隙間へと繰り出す。先ほどは弾かれたその一撃だったが――迷いのない一撃は、確かな衝撃を水龍に与えた。
「切れないっ……! でも!」
反動を押し殺し、状態を捻って斬撃を繰り出した。一度でダメなら、何度でも。小柄な体格を生かした手数こそが、ミリヤムの武器である。
方や水龍は、ミリヤムを弾き落そうと巨体を振り払うが、上手くとらえることができない。
「まずは一発、ご挨拶だな」
天を舞う少女が、空中で腰を深々と下ろしていた。ぐっと力をため、握り拳を作る。キッカと水龍の瞳が交錯した。その直後、すさまじい威力の一撃が、水龍の額に向けて放たれた。
上空に鎮座していた水龍が、水面へと叩きつけられていく。想定外の一撃の重さに、さすがの水龍も驚きを隠せず、追撃への反応が鈍ってしまった。それを逃すほど、相手は甘くない。
「おなか、かわいいねえ」
ミリヤムのナイフが、腹部の柔らかいうろこをとらえた。たちまち水龍は苦痛の声を上げ、激しい抵抗をみせる。巨体を強引に暴れさせ、組み付いたキッカとミリヤムを引き剝がそうとする。だが、その動きはキッカの予測通り。無防備を晒した水龍の顎へ、二度目のカウンターパンチがさく裂した。
激しい雄たけびとともに、水中へと沈んでいく水龍。一旦距離をとった二人は、ぎりぎりの緊張感の中で構えを崩すことなく維持したまま。
「……参ったな、思いっきり殴ったんだが」
水中に沈んだ水龍の気配が、激しさを増して空気を震わせる。
見事な連携で一旦は優位に立った気でいたが、それで終わるほど龍は甘くはない。
再び水龍が水面から現れ、空に昇った。湖を支配する王者としての威厳を示すかのように、巨大な方向を繰り出す。
――勝てない。
ダメージを負った様子もなければ、本気を出しているとも思えない。水龍の油断から一矢報いたものの、生物としての存在の差がまざまざと見せつけられてしまう。
「予想よりも、ちょっぴりやばめ?」
「ちょっぴりどころじゃねえな」
ナイトメアの存在が、キッカの脳裏をかすめる。目の前の水龍との戦いに、すべてを吐き出すべきか? と。胸元に忍ばせていた銃へと手を伸ばしたところで――予想外の展開が訪れた。
「――お主らは、そんなことをしている場合か? え?」
「……え?」
水龍の方から、言葉を投げかけてきたのだ。
「魔女の苦しみの声が聞こえてくる。あれは、貴様らの仲間だろう」
「!?」
その言葉が、チリアートを指しているのは明白だった。
「お、お前……! しゃべれるのか……!」
「我を誰だと思うておる。湖畔の主、水龍ケリアロンぞ?」
そして、ケリアロンは続ける。
「このままでは、あの娘がナイトメアに堕ちてしまうぞ?」
呆れたような声色だった。
しかしそれは、キッカたちの闘争心を消すには十分すぎた。
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